第20話
お仕事が終わり、旅館に戻ってきたところで、わたしは早速おふたり──晴海さんと雪さんの部屋へと押しかけました。
「さぁ、何が訊きたいの? 断っておくけど、何でもは教えられないわよ」
「──多少の“間接的知識”はあれど、なにせ我々もまた、
雪さん、自分で耳年増って言っちゃうんですか!?
……って、そうじゃなくて。
「晴海さんも雪さんも落ち着いてください。わたしが国枝先輩の告白に応えられない理由は、おふたりとも百もご承知でしょう?」
精一杯目に力を込めて、ふたりの顔を見つめますが──なぜか、おふたりとも、「訳が分からないよ」といった胡乱な表情をされています。
「ん? なんでよ? そりゃあ、国枝先輩は知る人ぞ知る、2年男子の隠れ優良物件だから、アンタに嫉妬するヤツとかもいるかもしれないけど、もし良からぬ行動に出る輩がいたら、そこはあたしたちが何とでもしてあげるわ」
「当然、肯定。友情は見返りを求めない──でも、ジュースくらい奢ってくれてもよいのよ?」
いえ、(手段はともかく)友誼に篤い友達がいてくれたことは、とっても幸いなのですけれど、ソコが問題なのではなくですね……。
「晴海さん、雪さん、思い出してください。わたしは、ホントは
どうしてなのか、我ながら口にするのがすごく抵抗感のある台詞でしたけど、それでも渋々絞り出したその言葉を聞いたふたりの反応は、非常に対称的でした。
「…………あっ! そーよ、そーだったわ! ごみーん、すっかり忘れてた~」
少し“間”があったものの、晴海さんは、わたしたちの立場交換という“真相”を思い出してくださったのですが……。
「──??? 恭子が何をいいたいのか、よくわからない」
雪さんは、いつもの
「あのぅ……念のためにお聞きしますけど、雪さん、それ、本気でおっしゃってます?」
「?? 本気、とは?」
晴海さんの悪ノリにつきあうことはあれど、(比較的)理性的な雪さんが、この期に及んでしらばっくれている──という線は低いでしょう。
「どういうことなんですか、
「いや、いきなりあたしにフられても。うーん、うーん……あ、そうか!」
「あ~、ま~、だいたいの予測はついたわ。これから説明するけど──特に恭子、怒らないで聞いてね?」
* * *
鶴橋家の女に代々伝わる魔女の技術、魔女術(ウィッチクラフト)とでも呼ぶべきソレは、いくつかのタイプに分類されるが、その中でも“暗示(?)”に関わる系統の術には明確な特徴がある。
発動後、いくつかの例外条件に当て嵌まる者以外には、問答無用で力を即発揮し、「術が発動したこと」自体認識できなくなるのだ。
その例外条件とは、ひとつは術を使った側である施術者本人、つぎに術をかけられた側、いわゆる被術者。最後は、「その術の発動を目の前で目撃した人」だ。
「だから、例外条件の一番目であるあたし、二番目であるアンタ、三番目に該当する雪は、それぞれあの日のことを覚えている──はずなんだけど」
ただし、この“例外条件”該当者も、完全に術の影響から逃れられるわけではない。
長時間経つと、術によって変更/歪曲された“現実”の影響を徐々に受け、最終的には、他の者同様に「術によって起こった変化」を「当然のもの」として受け入れるようになるのだ──という。
「その影響が出やすいのは、やはり三番ね。だから、あれから三週間近く経った今では、目撃しただけの雪はほとんどそのことを忘れてる、ってワケ」
「なるほど。でも、その言い方ですと、二番の被術者であるわたしの方が、施術者である晴海さんよりも、本来は影響を受けているはずなのでは?」
先程までの様子を見た限りでは、時々失念することはあったとは言え、それでも忘れ去るまでいかなかった
「ああ、ソコはあたしが施術時に、ちょこっと細工したからね。下手にアンタが本当は香吾だって意識し過ぎると色々マズいだろうと思って、施/被術者への
それに、国枝からの告白で
「理屈はわかりましたけど──このままで大丈夫なんですか?」
「これが何ヵ月・何年もって言うなら別だけど、あと1週間くらいだし、へーきへっちゃらよ」
「それに、あたし同様、アンタの体にも魔女の血を引く鶴橋家の血は流れているわけだし」と、まるで「ヘビは自分の毒では死なない」みたいな雑なノリでバッサリ片付ける晴海。
「国枝先輩からの告白についても、“元”に戻れば反動で“無かったこと”になるだろうから問題ないわ!」
「あいかわらず、晴海の“術”の力はデタラメ。もしそれが真実なら、“暗示”と言いながら、単なる精神操作系というより、むしろ事象改変系である可能性が高い」
呆れたような感心したような口調で平然とコメントする雪も、それなりに非常識人と言えよう。
だが……。
(もしかしたら──ううん、まずはアッチの意思も確かめないと)
恭子の方は、“何か”を思いついたようだ。
(もし実現したら──わたしは“わたし”のままでいられるかもしれない)
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