第9話

 近年やや寂れ気味ではあるものの、一応、国内有数の避暑地である猪狩沢は、実態は田舎町ですが、駅前にそれなりの規模の繁華街があり、また都内に本店を持つ百貨店の支店も営業しています。

 もっともその支店も、都市部のデパートのような十階建てを越える大規模なものではなく、せいぜいが大きめのファッションビル程度の代物ですが。


 とは言え、本来は中一男子である“僕”は、ファッションビルなんて来たことがあまりなかったので、晴海さんたちに連れて来られたものの、わたしは落ち着かなげにキョロキョロしてしまいました。


 「──意外に品揃えは良さそう」

 「そのようね。良かった、これなら「恭子ちゃん☆ラブリー変身プロジェクト」の遂行は可能ねっ!」


 晴海さん、何ですか、その頭の悪そうなネーミング……って言うか、わたし本人の意思は!?


 「今回に限っては無し!」


 晴海さん、身内おとうとどころか友人相手でも容赦ありませんね!?


 「──ちょっと待って。この話はいつものハルミの気まぐれ暴走100%というワケではない」


 わたしが内心ゲンナリしていること察したのか、雪さんがフォローを入れてきました。


 「猪狩沢でのバイトは2週間の予定。その間、着回すには“朝日奈恭子”の私服は少し不足気味」


 ……そう言えば、朝日奈家じたくで中味を用意されて渡された旅行用バッグは、晴海さんや雪さんが持ってきたカバンとかに比べると、随分小さかったですね。


 「恭子は、あんまり腕力ちからないからね。でも、男子ならともかく、あたしたちくらいの年代のが、半月間3セットの服を着回してるのはどうかと思うワケよ」


 なるほど。晴海さんの言いたいことは理解しました。

 そういうコトなら仕方ありません。このバイト旅行中は「朝日奈恭子として」なるべく自然に振る舞うという約束もしています。

 「JKが友達と服を買いに行く」という流れも、ある種のテンプレでしょうから、お付き合いしましょう。


 「最初から、そう言ってくだされば良かったのに……」

 「こーゆーのはノリよ、ノリ♪」


 悪びれずにパチンとウィンクする晴海さん。


 「──という表向きの理由ぜんいのほかに、“朝日奈恭子アナタ”を着せ替え人形にして愛でたいという動機よくぼうも多少ある模様」


 雪さん、上げてすぐに落さないで!?


 ***


 結局その後、「もちろん善意の割合が大半を占める」という雪さんの言葉を信じて、わたしは晴海さんの言う「なんちゃらプロジェクト」に付き合うことにしました。


 とはいえ、服選び自体はおふたりとも真面目に検討してくださって、最終的に夏らしい(そして今のわたしに似合いそうな)キャミソールと薄手のスカートなどの試着・購入を勧められたので、ファッションに疎いわたしとしては、むしろ助かったというべきでしょう。


 ブラとショーツの替えを買うために下着コーナーに連れて行かれた時は少し恥ずかしかったですが、この一週間わたしも身に着けてきたモノなので、それほど動揺はせずに済みました。


 「え~、そんな地味な下着買うの? こういう黒のスケスケのとかにしない?」


 水色でおとなしめのデザインの上下セットを手に取ったわたしに、晴海さんが文句を言ってましたが、さすがそれはちょっと難度が高いです。


 「──確かに、“朝日奈恭子”の体型プロポーションには、ハルミが手にしているような代物モノは不向き」


 ありがとう、雪さん! でも、ちょっとだけ自分の貧乳ツルペタ体型が恨めしく感じるのは、きっと気のいですよね。


 「“朝日奈恭子”には、こちらのレースとフリル満載のラベンダー色のブラとショーツが、きっとよく似合う」


 ちょ、あなたまでボケないでください! わたしひとりではツッコミきれません!!


 そして、お買い物のあとは、荷物をロッカーに預けて、ビルの最上階にあるボーリング場で遊ぶという話になったのですが……。


 「あれ、朝日奈さん?」

 「えっ、先輩!?」


 何という偶然でしょうか。

 ボーリング場の受付スペースで、昨晩、朝に続いて、またも先輩──国枝逸樹さんとバッタリ顔を合わせることになったのです。


 「おーい、逸樹、レーン空いたらしいぞ……って、なんだ知り合いか?」


 先輩より少し年長の、大学生くらいの青年と女性のコンビが、背後から歩み寄ってきました。


 「あ、うん。通ってる高校の後輩の子」

 「は、はい。恒聖高校一年の朝日奈恭子と申します」


 先輩の知り合いらしいふたりに向かって、自己紹介しつつ頭を下げます。


 「お、礼儀正しいね。俺は逸樹こいつの従兄で六車むぐるま大学2回生の立花陽光(たちばな・ひかる)、よろしくな!」

 「陽光のカノジョの森村美登里(もりむら・みどり)よ。よろしくね♪」


 先輩の従兄さんとその彼女さんも、気さくに挨拶してくださいました。

 どうやら悪い人ではなさそうです。


 「恭子~、レーンが空くまで15分くらいかかるらしいわ。仕方ないから、ちょっと休憩してましょ──って、誰?」


 折良くか折悪しくか、レーンの予約をして戻ってきた晴海さんたちも、わたしたちに気付いたようです。


 「えっとですね……」


 この場で両方の陣営と面識があるのは、わたししかいません(一応先輩も晴海さんと雪さんのことは“知って”はいるのでしょうが、知人とまでは言えませんし)。

 予想外の遭遇に軽く混乱しつつも、頑張って何とか簡単な説明をすることはできました。


 「ほぅほぅ、逸樹くんの後輩ちゃんたち、ね……ふむ」

 「へぇ~、ウチの高校の先輩か。そう言えば見覚えはあるわね」


 あ、何だか、イヤな予感がします。

 この森村さんって方、なんだか無駄に晴海さんとノリが合いそうな……。


 「「ねぇ、よかったら、一緒にボーリングしない?」」


 嗚呼、やっぱり……。

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