第14話【コックランナー】

カレーライス弁当を食べ終わったチルチルはコーヒー牛乳をストローで啜りながら満面の笑みで俺を見つめてきていた。どうやらカレーライスを気に行ってくれたらしい。話を聞けばコーヒー牛乳の甘さにも惚れてしまったようである。その眼差しが糖分にとろけている。


「このコーヒー味のミルクは甘くて旨々です。御主人様が持ってきてくれる食事も飲み物もすへてが極上の美味ばかり。しゅごいです。本当にしゅごいです」


あまりの美味しさにチルチルの舌が回っていない。まったくもって可愛い奴め。見ているだけで頭を撫で撫でしてやりたくなってくる。


そして俺はコンビニ弁当のゴミをビニール袋に詰めるとアパートに持ち帰った。プラッチックゴミは異世界に残しては行けないだろう。自然の摂理を損ねてしまう。


それから四畳半の寝床から毛布を持って再び異世界に戻る。その毛布をチルチルに渡すと今日はここで寝ることにした。毛布に包まったチルチルはあっという間に寝てしまう。本当にこの子は寝付きが良いのである。寝顔も可愛い。


そしてチルチルが眠ると俺は星が瞬く夜空を見上げながら考える。何せ夜は暇だ。眠らない俺にはすることがない。スマホは電波が立っていないから使えない。アパートから何か本でも持ってきて読んでいようかな。そんなことを俺が考えていると眼の前の草がガサガサと揺れた。何かが叢の中に居る。


俺は目を凝らし耳を澄ました。赤い月光に照らし出された草木の中に何かが潜んている気配を感じ取る。しかも一体ではない。複数の気配を感じるのだ。どうやら囲まれている。


俺はチルチルの横の鞄からバールを引っこ抜いてから彼女を揺すって起こした。真夜中に起こされたチルチルは目をこすりながら訊いてきた。


「ど、どうなされました、御主人様……?」


まだ目が冴えないチルチルが俺に訊いてくるが俺は骨の手でチルチルの口元を押さえて黙らせる。その行為でチルチルも悟ってくれたようだ。自分たちが囲まれていることに――。


チルチルは瞳を引き締めると鼻を凝らす。上を向いてクンカクンカと臭いで周囲を把握しようとしていた。


「御主人様、完全に囲まれています。族はおそらくコックランナーでしょう。数は十数体は居ると思われます」


チルチルの鼻は鋭いらしい。臭いだけで敵の種類も数すらも悟れるようだ。ほんに獣人の鼻は優秀だな。


俺はバールを握りしめるとチルチルの前に出る。彼女は俺が守らなければなるまい。保護者としての勤めである。


そんな気が前で俺が構えていると、叢の中から黒い図体を揺らしながら槍を持ったゴキブリが二足歩行で歩み出てきた。


漆黒の体に長い触覚。背中には大きく黒い翼を有している。身長は160センチほどはある小判型の体型。六本ほど手足があるが後ろ足の二本で立っている。二足歩行で立っているゴキブリだった。残りの腕四本で槍を構えていた。その姿はただ二足歩行で立ち槍を構えるゴキブリの姿だった。だが、キモい。それがキモ過ぎる。


こ、これぞまさにモンスターだ……。


二足歩行する巨大ゴキブリを見て俺が思った感想がそれだった。こいつらとは仲良く出来ないと思えた。生理的に受け付けないのである。


そんな感じで俺の腰が引けていると叢の中から次々と巨大ゴキブリが歩み出てくる。その数は10匹は超えていた。まだ他にも叢の中に潜んでいる。


俺は視線でチルチルにサインを送る。コックランナーたるモンスターの情報が知りたかったからである。すると俺の意図を察してくれたチルチルがコックランナーについて語りだした。


「コックランナーとは草原で遭遇率の高いポピュラーな虫系モンスターです。草原の掃除屋と呼ばれ他のモンスターなどの死体を食べてくれるモンスターですが、それと同時に草原の非常食と呼ばれもしているモンスターですね」


や、やっぱりこいつを食うのか……。他の冒険者もこいつらを食べちゃうのね……。怖ぁ〜。


「戦力的にスケルトンやコボルトよりは少し強いかも知れませんが、御主人様の敵ではないでしょう」


それを聞いて少し安心した。ならば負けることはないだろう。


なので俺は一歩強く踏み出した。この際だ。ゴキブリ野郎なんて皆殺しにしてやるぜ。そう意気込みながら闘志を燃やす。


だが、俺の闘志とは裏腹にコックランナーたちは槍を捨てて唐突に両膝を着いた。土下座する。


えっ、なに?


俺が疑問に思い呆然としているとコックランナーの代表が人語で語りだす。


「貴方様ガ、我ガ娘ヲ助ケテ頂イタ御方デ御座イマスネ!」


土下座から頭を地面に擦り付けるコックランナーたち。どうやら敵意は無いようだ。それどころか俺に敬意を評している。


なんだ、これは?


俺は唐突なことに呆然としてしまった。戦う気も失せる。


すると藪の中から小柄なコックランナーが姿を表した。子供のコックランナーで、先ほどチルチルに捕まって食べられかけていた奴である。この子が助けた我が娘なのかな?


「先程ハ助ケテ頂キ誠ニ有難ウゴザイマス。父ニ貴方様ノオ話シタラ是非ニトモオ礼ガシタイトノ事デ」


鶴の恩返しならぬゴキブリの恩返しが来た!


なんか、嫌だわ〜……。生理的に嫌だわ〜……。ビジュアルだけでアウトであるのにさ〜。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る