February×Noise~腐れ縁と異世界転移し世界を救う~

アール

第一章 変わりゆくモノ(転移編)

第1話 二月と騒音

『今日で 俺の安息の日々は終わりか…』


 一人の少年が残念そうに力無く呟く。何故なら今日は春休み明けの始業式だからだ。

 彼の名前は如月蓮きさらぎれん、首の真ん中辺りの長さの黒色のショートヘアで肌は色白く深い青色の目が特徴な極々普通の中学2年生だ。

 いつからか人と関わることが苦手となった彼は進んで群れず一人で行動してきた。一人でいれば誰かに気を遣うこともなく人間関係によって生じる衝突も無い。

 ただ彼が人間である以上人と関わる場面は多々あり、表面上の愛想を振りまき面倒ごとを避けてきた。

 こんな生き方をしてきたせいもあって、本やアニメ、ゲームやネット、創作と言った一人で刺激を受け取ることができる娯楽に没頭していた。


 今日は春休み明けの始業式だ、蓮はいつも通り7時に起き余裕を持って登校する。

 蓮は朝食ができるまでの間ニュース番組を見ていた。

 しかしいつもとは一風変わったニュースが報じられている。

 内容は道路や建造物の一部が不自然に損傷しており、事後現場で片翼状態の鳩が発見され、女性一名が行方不明なっているとのことだった。


 惨状を見て不思議に思った蓮はこう発言した。


「……妙だな…まるで空間ごとえぐり取られているみたいだな……」


 そのときちょうど朝食の準備を終えた母が来た。母は蓮によく似ていて、肩あたりまで髪を伸ばしている。


「まーた、蓮ちゃん変なこと言っちゃってそんな非現実的なこと起きるわけないでしょ

アニメの見すぎよ。

 それに昨日も夜更かししちゃって新学期早々我が子がもし寝坊して遅刻なんてしたらお母さん恥ずかしいわ」


 この発言を聞いて少しムッとした蓮は母に言い放った。


「それは余計な心配だよ母さん、今まで俺が寝坊して遅刻したことなんて無かっただろ。

 それと、この惨状を見て俺は母さんがどんな現実的な回答をするのか気になるな」


 少し考えたそぶりを見せた後母は答えた。


「……うーん…そうねぇ…変質者が暴れたとか?」


「ふっ、非現実的だね…」


 と蓮は皮肉交じりに返答し、卵焼きを口に入れた。


パコーンッ!!


「ウルセェエェェエェッ!!んなことどーでもいいから着替えてぇッ!歯磨いてぇッ!学校行きやがれェエェェッ!!!」


 さっきまでとは別人のようになった母は思いっ切り蓮の頬をぶったたき怒鳴りつけた。

 そしてぶったたかれ、転倒した蓮の周りには咀嚼中だった卵焼きが散らばった。

 早々にそれらを掃除し、支度を済ませ家を後にした。


「あんなに怒ることないだろ…」


 と左頬を赤くした蓮はあきれながらつぶやいた。


(確かにムッとして大人げない発言をしてしまったことは認めよう。だがあれが親ひいては大人がする行動なのか?

 おそらくだが2人しかいない状況で立場が低い俺だからやったのだ。よそでは誰でも仮面をかぶるものだ、俺だってそうだ。

 さっきの場面においても人間は本音で語り合い近づけば近づくほどお互いを傷つけてしまう)


「……ヤマアラシのジレンマだな…」


 思考を巡らせた結果出た言葉はどこかで聞いたことのあるような言い回しだった。

 たとえ家族であろうとも仮面をかぶり深く関わり合うのを避け一人でいることを決意した。


 直後、蓮は背後に誰かが駆け寄ってくる気配を感じた。


「よぉ2月!新学期早々辛気くせぇ顔してるなぁ!

 お!お!おぉ~~どーしたよ~ほっぺ真っ赤にしちゃってYO

お前の頬真っ赤、俺は韻を踏むラッパー』


(今日は災難続きだ、朝の一件に加えこいつに遭遇してしまうとは…

 ついでに2月とは奴が勝手に付けた俺のあだ名だ)


『俺の名前は音村騒おとむらそう

イヤホン抜いて音漏らそうか?』


 この男こと音村騒おとむらそうはソリッドショートの茶髪で黄緑がかった黄色の目が特徴の男だ。

 よく分からないことを言った後、イヤホンをケータイからブチ抜きヒップホップのbgmらしき音楽を大音量で垂れ流した。


『毎度、毎度迷惑だ。やめてくれないか?』


 蓮はこんな事を言っても意味はないことは重々承知だがとりあえず言った。


『今日遅かったじゃん?どしたん?話聞こか?』


 音村は蓮の話なんて聞かず一方的に自分のペースで話してくる。


『相変わらず、人の話を聞かないな。

 お前とは話になんないし相手していて疲れるから俺に関わらないでくれ』


 そんな音村に蓮は呆れながら関わらないよう告げた。


『いーじゃん、いーじゃん減るもんじゃなし。

 遅れたのその頬と関係あるんしょ?』


 音村は蓮の赤くなった右頬を見て、それが蓮が遅れた理由であると推測した。


『減るんだよ時間や体力、精神力がな。

 遅れたのが頬に関係あってもお前には関係ない』


 蓮は音むらとの会話によって減りゆくものを告げ音村を突き放す。


『ほらほら、今日あったのもなんかの縁だし言っちゃって、言っちゃって』


 そんな蓮をものともせずしつこく理由を聞いてくる。


(遅れなかったら奴に出くわさなかったし、そもそもの遅れた元凶に腹が立つ何が遅刻したら恥ずかしいだ、おめーのせいで余計に今時間取らされてんだよ…

 あー何もかも全てが嫌、そして面倒だ)


 考えることが面倒くさくなった蓮から出たものは大変稚拙な言葉だった。


『うるせぇ!ばーか!俺は走って学校行くからお前だけ遅刻してろ!』


 あえて遅刻してやっても良かったのだが、蓮は逃げるかのように音村を後にした。


『んー、もうちょっとあいつ人に心開いてもいいと思うんだがなぁ。ありゃあ心配だ』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 学校に着くと生徒たちがクラスの割り振りが書かれてある貼り紙に群がっていた。

 生徒たちはまた一緒だの離れ離れになっただのクラス替えの結果に一喜一憂していた。

 蓮はそれを馬鹿らしく思いながら見ていたが一応蓮もクラス替えの結果を確認した。


(俺は奴と一緒にさえならなければそれでいい)


……………蓮は結果を見て絶望した。


『俺が何をしたって言うんだ…』


 人生のうまく行かなさを実感し、蓮は力無く呟いた。


『おやおや、蓮ちゃーんまた同じクラスになっちゃったね』


 遅れてきた音村が蓮のそばに近づきご機嫌そうにそう言った。


『フッ…悪夢が覚めると思ったのだがまさか再来してしまうとはな。

 俺は先に行くから、お前はせいぜい他のやつとお喋りしてな』


 蓮はそう言って奴と関わらまいとその場を後にした。


『んー、如月の喋り方ってアニメやゲームとかのクール系?

 キャラみたいな雰囲気あるよなぁもしかしてそういうの意識してる?』


 そんな蓮を御構い無しに音村は蓮の後を追い楽しげに話しかけてくる。


『否定はしない。というかなぜ付いてくる?

 お前には他に喋り相手がいるだろ、俺である必要はないんじゃないか?

 後、どうでもいいけど呼び方安定しなさすぎだろ』


 蓮は何故、音村がこうも付き纏うのか疑問に思った。


『おっとこれは意外思ったより素直で冷静な返しだねぇ。

 まぁ他の奴である必要もないからね』


 音村はいつも通り適当なことを言う。


『…お、そうこう言ってる間に教室着いたね』


 蓮は音村を無視して座席表を確認して席に着いた。


(…不幸中の幸いだな。)


 幸いにも蓮と音村の席は離れていた。


『あの人が例の如月君?学年上位の成績で且つ、運動神経も顔も中々って話じゃん?

 ちょっとお話ししてみようかしら』


 蓮のことが気になった女子生徒が近くの生徒と楽しげに会話している。


『如月?やめとけ!やめとけ!軽くあしらわれるだけだぜ。一緒にメシ食おうぜって誘っても楽しいんだか、楽しくないんだか…

 如月蓮13歳帰宅部。授業や課題は真面目にそつなくこなすが今ひとつ情熱のない男…

 文武共に成績優秀でクールっぽい顔と雰囲気から女子生徒には"モテる"が積極性の無さと素っ気なさもあいまって教員陣からの印象はあまり良くないんだぜ。

 悪いやつじゃあないんだが面白みもない…特に気にかける必要もない男さ…』


 女子生徒と会話している男子生徒がずいぶんと詳しく蓮の説明をした。


『ず、随分詳しいのね…そういや音村君とよくいるって聞いたことあるけど音村君は彼のことどう思う?』


 女子生徒は蓮とよくいる音村に蓮への見解を尋ねた。


『んーそうだな。あいつは面白いぜ』


 音村は先程の男子生徒とは違った感想を述べる。


『他の人とは随分違う感想ね』


 女子生徒は他の人と意見が違う音村に少し驚く。


『まぁいいや。音村もまた同じクラスだな今年もよろしくな!』


 男子生徒は話題を逸らし、挨拶を行った。


『おう!よろしく!』


『よろしくね』


 男子生徒の挨拶に音村と女子生徒は挨拶を返す。


(音村も俺と同じくらいの成績は取ってるし色々と積極性もあり社交的だから人気が出るのは当然だな)


 蓮が彼らの会話を聞きながら適当に時間を過ごしていると教員が来て挨拶が始まった。


『おーいお前らホームルーム始めるぞー席につけー』


『よーし席に着いたな俺がお前らの担任になった鈴木だ。

 まぁ自己紹介とかめんどくせぇと思うし、今日の流れを説明すっから後は各自適当にやれよー』


(担任が適当で有名な鈴木なのはラッキーだ)


『20分後に始業式あっからそれまでに整列して体育館に向かえなー。

 人数確認忘れずにな、そんあと各自で飯食って13時から夕方まで部勧誘あっから部活入ってるやつらは部ごとでそれぞれ取りかかれー、部活入ってない奴はそのまま帰っていいぞー』


 担任の鈴木は1日の流れを説明した。


(よし、これは帰宅部の特権だな)


 始業式終わったら今日はもうバスケ部に所属している音村と接することはないだろうと蓮は安堵したのもつかの間の出来事だった。


『んじゃ〜学級委員決めるけどやりたいやついるかー?』


シーン…


 学級委員に立候補する生徒はいなかった。


『まぁ予想はしてたな。じゃ恨みっこなしで1から30までランダムに数字が出る俺のスマホアプリで決めるぞー』


『えぇー!』


 鈴木の提案に生徒たちは一斉に驚く。


『んじゃ〜行くぞー』


 驚く生徒達を御構い無しに鈴木はアプリを起動した。


(確率は30分の1…大丈夫なはずだ…)


 蓮は他の生徒同様学級委員の回避を望んだ。


『んーと出た出た11番だな。

 11番は〜如月だな。って事で学級委員は決まりだな。学級委員は部勧誘の見回りと補助があったはずだからよろしくなー。

 部勧誘よりそっちを優先してくれまぁ確か如月は所属してなかったからそこは気にしなくていいか

って事でよろしくな』


『なん…だと…』


 蓮は絶望感の淵に立たされた。


『うしっ!各自解散!始業式の時間気をつけてな〜

 おりゃ〜先行くから如月みんなのまとめ役頼んだぞ〜』


(なんていうことだ。

 おそらくこれは人生最悪の日確定だろ…嘘だと言ってくれ…)


 蓮は4月1日という日が一生のトラウマになった。


『えぇ〜まじかよ‼︎如月が学級委員かよー!

こいつの命令聞きたくねぇ〜』


 今叫んだ男は所謂スクールカーストの上位に君臨するバスケ部のエースの王練寺弥沙士おうれんじひさしだ。

 金髪オールバックの尖った髪型をしており青眼で目つきが悪いのが特徴だ。周りからチヤホヤされている傲慢な男である。


『そうか、じゃあんたが変わってくれるか?

 俺だってなりたくてなったわけじゃないしな』


 王練寺に対して蓮は思ったことをそのまま口に出した。


『チッ!おい、誰か学級委員やる奴いるぅ?

正直、こいつじゃなかったら誰でもいいんだよなぁ!』


 王練寺は苛々を募らせ半ば怒鳴り声といっても差し支えない大声を出している。


(何故俺はこいつにここまで敵視されているんだ?心当たりなんて微塵もないぞ…)


 ここまで目の敵にされ蓮は若干の戸惑いを感じた。


『んじゃ、俺やってやんよ。オレンジそれで良き?』


 名乗りを上げたのは音村だった。


『まぁ騒ならいいけどよ。オレンジ呼びはやめろ』


 どうやら、王練寺も納得したようだ。


『まぁただ蓮には条件があるけどね』


 音村は蓮に対して学級委員の交代に対して条件を出してきた。


『条件?それは一体なんだ?』


(こいつの口車に乗るのは癪だが王練寺のこともある。聞くだけ聞いてみるか)


 蓮は音村が出す条件になんて絶対従いたくはないが王練寺のこともあり、聞くだけ聞いてみることにした。


『俺っちが出す条件はねぇ、蓮が俺に対して5つ借りを作ることだな。』


(5つ!?多過ぎだろ!こいつの借りなんて1つでも巨大な目の上のタンコブなのに5つなんて抱えてられるか!)


 蓮は戸惑ったが王練寺が鋭い眼光で睨みをきかせてきたっていうのもあるが、何よりこの1年間の学級委員である事での面倒ごとや午後からの見回りなどを考慮し決断した。


『いいだろう、その条件飲もう。

 だが借りといっても常識的な範囲であまり俺が不快にならないので頼むぞ』


 蓮は条件は飲んだがとんでもない厄介ごとのリスクを減らすため意味はあるかわからないが音村に借りの難易度を抑えるように伝えた。


『俺をなんだと思ってんのよ!

 まぁちょっとしたお願いくらいだからそんな身構えなくてもいいからよぉ〜』


 蓮の決定に音村も笑い気味に賛同した。


『って事で貸し1つ使うぞ〜

 今日の見回りで俺の補助を頼むぜ。

一人でぐるぐるしてても楽しくないしな!』


 いきなり音村は貸しを1つ使う宣言をした。


(…正直午後の自由を奪われながらこいつと二人で見回りなんて絶対に拒否したいところだが…

 他の生徒達が見ている中で借りを作り一般的には大したことのないお願いを断る訳にもいかないよなぁ…)


『背に腹はかえられぬか…いいだろう』


(あと4つ…)


 渋々蓮は音村の条件を飲んだ。


『おう!蓮ありがとな!よしみんなそろそろ整列して始業式に向かうぞー』


『ヘーイ』


 生徒達は音村の指示に従う。


(やはり音村が指揮をすると連帯感が生まれた。俺だとこうはいかないだろう。音村には最初から立候補してもらいたいものだ。)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『……〜であるからして〜』


 学校恒例の話が長すぎる校長のお出ましだ。


『うわぁ〜話なげぇよぉ〜…』


 生徒達は校長の長話に耐えかね悲痛の声を漏らしていた。


『私からは以上です。一同!礼!』


(ふぅやっと終わったか…せめて長話は座りながら聞かせてもらえないものか…

 本来ならこれで解放されるのだが…)


『れーん!一緒に飯食ってそのまま見回り行こうぜ!』


 校長の長話で疲弊した蓮に向かって飛んできたのは音村の大声だった。


(やれやれ、一息つく間もないな…)


『残念だが、俺はもともと家に帰って昼食を取る予定だったから食べ物を持ってない。

 他の連中と一緒に食べるがいいさ、見回りには付き合ってやるよ借りだしな。13時に学生玄関前でいいな?』


 蓮はその場しのぎの言葉を発し音村を後にしようとした。


『13時学生玄関おっけー。悪りぃな付き合わせちゃって、お詫びと言っちゃなんだが俺の分の飯分けてやるよ!』


 音村は蓮を見回りに付き添わせたことで蓮が家に帰って昼食がとれないことを悪いと思ったのか自分の分を分けることを提案してきた。これは蓮にはとっては予想外の返答だった。


『…いやいいよ、売店で買うし。売店すぐ売り切れるから早くいかないとなじゃあな』


(奴に借りをまた作るのも嫌だしな。ほっといてくれたらこっちも楽なのだが…)


 蓮は音村の提案を拒否し、売店へ急いだ。


『売店売り切れでーす!』


 ようやく最前列にたどり着いたと思った蓮に待ち受けていたのは売り切れという恐ろしい言葉だった。


(朝もろくに食べれてないのに、これで見回りってまじかよ…)


 蓮は絶望し、肩を下ろしながら撤退した。


(動いたら尚更腹が減るしな約束の13時の少し前まで寝るか…)


 蓮は12:50分にスマホでアラームをセットし木陰で横になった。


ドサッ!


『うぉ!?』


 蓮が眠っているといきなり食料が入った袋が投げ込まれた。


『それ食いな、その様子だとなんも買えなかったんしょ?』


 食料袋を投げ込んだのは音村だった。


『買えなかったのは事実だがこれは受け取れないな、せっかくのご厚意だが俺は眠いし朝それなりに食べたから言うほど腹も減ってないから遠慮しておくよ』


グゥ〜


 音村から食べ物を貰うことを断った直後蓮の腹は情けない音を鳴らした。


『ハハハッ、どうやら体は正直のようだねぇ〜』


 蓮は音村に虚勢を見破られた挙句、からかわれプライドがヅダボロになった。


『…たとえ腹が減っていたとしてもお前にこれ以上借りは作りたくない、気を使う必要はない…』


 蓮は赤面で且つ歯を食いしばりながらなけなしの精神力を振り絞った。


『いや、正直見てらんないし。そこまで意地張ることなくない?気楽に行こうぜ?な?』


 これでもかと意地を張る蓮に対して音村は諭すかのように言葉を投げかける。


『……』


 蓮はそんな音村に対して言い返す言葉もなく黙りこくっていた。

 何を言い返したとしても惨めな気持ちが高まるだけだということを理解していたからだ。


『あ〜、分かった!貸し1つ使うから食え!』


 暫しの沈黙の後音村から予想外の提案が出された。


 蓮はわざわざ貸し1つ使われてまで食べろと言われた現実にとてつもなく惨めな気持ちになった。


『…いや、貸しは使わなくていい…ありがたく頂くよ。

 借りを1つ返したと思ったらまた借りができてしまったな。ここまでして俺に食べさせるのは正直疑問だよ』


 蓮は音村の発言に対して折れ、素直に受け入れた。これが一番楽だと悟ったからだ。


『…別に貸し借りなんてどーでもいいのよ。

 俺がやりたくてやったんだし。まぁ何つーか…見回りの途中で空腹でぶっ倒られても俺が困るし』


 音村はどこか落ち着いた様子で最もらしい表面的な動機を発した。


『モグ…モグ…ゴクン…』


『それはさぞかし最もらしい言い分だがそもそもお前が何故ここまで俺のことを気にするのかが分からん』


 音村から貰ったサンドイッチを食べた後、

プライドが崩壊した蓮はお構い無しに音村に質問を投げかける。


『蓮ってさぁ、それなりに色々できるじゃんなのにさぁ何で人と距離取ってんのかなぁて。

 いくらでも寄り添ってくる人がいるはずなのにあえて1人を選ぶ。

 俺とは真逆なのよね。俺は楽しいことも悲しいことも仲良く皆んなで分かち合いたいと思うのよね。折角縁があったんだし。

 俺とは全然価値観が違うからこそそんなお前に興味を持ったわけ』


 音村が言ったことは嘘偽りない本心なのだろう。何故かはわからないが蓮は感覚的にそう感じ取った。


『まぁ俺は一人でいる方が気が楽だからな。

 お前とはそもそもの性質が違うのかもしれないな』


 己のプライドや外面を気にする事で仮面を被っていた蓮だったが、立春の雪解けのようにそれらは崩れ去った。それが清々しくも感じた。


『1人が気が楽っていう割には今すげ〜リラックスしてるようにも見えるな、なんか雲が晴れたかのような清々しい顔してるぜ。

 さっきまで結構表情曇ってたのによ』


 蓮の心境の変化を見透かしたかのように音村が語った。


『まぁ、なんだ気にしても仕方がないことを気にしても色々と無駄なことが分かっただけさ』


 蓮は今までの事を振り返り自分なりの結論を出した。


『ふっ、一歩前進したな』


 音村は蓮に対しまた分かったかのような口調で一言放った。


『一歩前進ねぇ…全く何処に一歩踏み出したのやら…』


 若干、皮肉混じりに蓮は返答した。


ピ、ピ、ピピー!


 蓮が呟いた直後、設定していたアラームが鳴った。


『お!そろそろ時間だな!蓮見回り行こうぜ!』


 ご機嫌そうに音村は蓮を催促した。


『へい、へい』


 蓮は気怠げに返答した。


(やれやれ、ただの部勧誘の見回りだぜ何が楽しいんだか…)


 蓮は楽しそうな音村を横目に一瞬疑問を抱いたが気にしても仕方が無い為、そのまま音村について行った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


カキーン!カキーン!


 よく似た二人の野球部員が地面にボールを落とさず互いにバットで打ち返しあっている。


『おぉ〜!』


 見学者達はその様子に歓声を上げた。


『オッ!出た出た!野球部名物!バッティングキャッチボール!これは一卵性の双子だからこそできる!完璧に息があった連携!』


 音村は見学者同様、野球部のパフォーマンスに興奮しているようだ。


『まさしく…阿吽の呼吸だな…

ってかこれ人間技じゃ無いだろ…』


(バッティングキャッチボールっていう言葉も謎すぎる…)


 野球部員の人間離れした技に蓮も驚きを隠せない。


カキーン!カキーン!


『99!100!ワァー!!』


 見学者はバッティングキャチボールのカウントを行っている。


『以上!野球部でした!』


 何とあの双子はバッティングキャッチボールなるものを100回ノーミスで継続したようだ。


『これ…テレビだとか、動画サイトとか然るべきところで公開して広告つけるべきだろ…それだけの価値はあるぞ…』


 今日の蓮は野球部員のパフォーマンスにそれだけの価値があることを確信した。


『んー去年は確か51回だったかな。あと双子相当練習したね。

 ともかく次行こぜ!まだまだ部活はいっぱいあるんだからよ!』


 そう言った音村に蓮はついて行く。


 今日の野球部員のパフォーマンスがSNSに拡散されとんでも無い閲覧数を獲得したのは後の話である。野球部のパフォーマンス後蓮と音村は次々と部活の見回りを行う。


『オッ!陸上部の100メートル走だ!さすが陸上部足が速いぞ!』


 音村は陸上部の足の速さを見て盛り上がる。


『お、そうだな。さっきと比べてえらく普通だな…』


 蓮は野球部のパフォーマンスを見た後に普通の100メートル走を見てギャップを感じる。


『オォー!テニス部の4本ラケットクルクル!あの部員、サーブの前やコートチェンジの際ルーティンとしてラケット回しをしていたが…

 まさか4本同時にそれをやってのけるとは!オォー!さらにラケットでジャグリングだァ!』


 先程の普通の100メートル走とは打って変わって、またも可笑しなパフォーマンスが始まった。音村はそれを嬉々として解説している。


『何部って言ったけ?サーカス団じゃないの?』


 蓮はテニス部のテニスとはかけ離れたパフォーマンス見て本当にテニス部かを疑う。


『オッー!卓球部のチキータだ!チキータ!チキータァ!』


 比較的普通な卓球部のパフォーマンスだが音村はいつも通りのハイテンションで見学する。


『ありがとう卓球部普通でいてくれて…卓球部が普通じゃなかったら俺は何を信じていいかわからない…』


 蓮は卓球部が普通であって欲しいと思っており、望み通りの卓球部の普通のパフォーマンスを見て安堵する。


『オッ!剣道部主将の弓打ちだ!一発ど真ん中!流石!武士の家庭!家では薙刀も扱ってて実戦に備えて馬に乗りながらあらゆる武器を扱ってるらしいぜ!』


 音村は剣道部かどうかすら怪しいパフォーマンスと剣道部主将見てかなり舞い上がっている。


『………???????』


 蓮は何が何だか分からなくなり何も言えなかった。


『次行こうぜ!』


 ハイテンションな音村はその勢いのまま次の部へと蓮を誘う。


『お、おう…』


 そうして日が降り、音村との部勧誘の見回りが終り当たり前のように帰り道音村は蓮に付いてくる。


『いや〜!最高に楽しかった!!蓮のおかげだな!』


 音村は満足げに蓮に言った。


『別に俺は何もしてねぇよ。て言うか見回りって何の意味があんの?

 ただ見学してただけじゃないか』


 蓮は今回の部勧誘の見回りの意味が見出せず音村に尋ねた。


『んーとねぇ…ちゃんと部活動がそれぞれで対応するスポーツだったり文化の魅力を伝えているかチェックするって意味もあるね。

 部員欲しさに部活と全然関係ないことやってないか取り締まるのも見回りの一環だな!』


 音村は見回りの意味と仕事内容を今更説明した。


『もう…俺はツッコむ体力ないよ…』


 蓮は今日色々ありすぎて疲弊している。


『まぁこの仕事本来は教員の仕事なんだけどね!

 鈴木先生面倒くさがりだから結構野放しになってるところもあるけど!』


 音村は笑いながらそう言い放ち、蓮は何故部勧誘があれに荒れているかを深く納得した。


『んぁの教員!ふざけんな!学級委員に自分の仕事押し付けやがって!それとちゃんと管理しろ!

 こんな雑な仕事で給料貰ってんじゃねぇぞ!少しでも適当な教員でラッキーって思った俺が馬鹿だったわ!

 それに学級委員決める時も適当だしよ!今日俺がどんだけ振り回されたと思ってんだ!

フゥ…フゥ…』


 今日、色々あり過ぎた蓮には心と言葉を繋ぐ管にフィルターなど存在しなかった。


『落ち着いた…?』


 音村は叫び尽くした蓮に笑い気味に優しく声をかけた。


『今日朝から随分荒れてたけど…何があったか話してみ?

 こんだけ蓮が叫ぶの初めて見たから興味ある。この際吐いて楽になったら?』


 音村は今の蓮なら答えてくれると思いご機嫌そうに質問した。


『まぁ…どうせ拒否してもしつこく聞いてくるだけだろ…分かった言ってやる…』


 蓮は今日朝あったことからありのまま音村に話した。


『朝あんなことがあったのに無神経にお前は…かくかくしかじか…』


 蓮は音村に呆れながら今日あったことを告げる。


『ごめんて!まぁ今日そんな事あったんなら家に帰りづらいでしょ!飯食いに行こう!そのあとゲーセンやらカラオケやら行こう!

 蓮色々溜まってるだろうし!ストレス発散しようぜ!俺が奢ってやる!』


 音村は蓮に対して悪いと思ったのか随分の気前の良い提案をする。


『まぁ、どうせ断っても昼の二の舞だ…

 いいだろう!ここまで来たらとことん付き合ってやる!俺の全てを解放する!奢り?男に二言はないよなぁ!?』


 蓮は断っても意味がないことを理解している。だったらもうあれこれ考えずに制限なしにハメを外すことにした。


『おうよ!よくぞ言ってくれた!行くぜ!レッツラパーリナイッ!!フゥー↑』


 そんな蓮に対して音村は勢いよく対応した。


『ふぅ…?』


 蓮は音村に続いた。


 こうして、二人男子中学生の夜会が始まった…この夜会を境に二人の運命は大きく揺れ動くこととなる…

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