第1章

1話:死にかけ少年は死神と出会う

 俺が学校が嫌だなんて泣き続けなければ母は突然に家族旅行を思いついたりしなかっただろうか。

 父も遠出を旅しようなんて計画をたてなかっただろうか。


 あるいは、クラスメイトの誘いの電話に自分が猜疑心を持ち合わせ断っていれば……




 考えても不毛なだけなのに。


 自責の念で押し潰されそうになる。


 皐月蒼汰。

小学四年生。


 四月で不登校状態になり、五月に再登校するも心ない仕打ちを受け早退。六月、気分転換に家族旅行をするも、交通事故にあい両親が他界。


 小学校四年生で、俺は本当の意味でひとりぼっちになってしまった。


◆◆◆


 両親の遺産は俺一人生きていけるくらい充分にあった。

 小学生だった俺は児童用の寮に入ることになった。あれから家がどうなったのかは知らない。

 心のケアのため、鷹松市の横にある、少しだけ田舎の緑の多い隣町・たけ宮市みやしまで引っ越した。

 自分はまだ小学生のため、寮の隣にある中学まで義務教育をまっとうし、高校生になったら寮から出て、自力で生活してもらうと入寮前にどっしり体型の寮母から言われた。入る前に出ること言うてどうよ。

 それでも衣食住は確保された小中学時代。

 高校はこの町のどこかでいいやとなげやりに安い公立高校を受験して無事合格。そのまま入学した。

 入学して初めて知ったのだが、この高校、たけ宮市立第一高等学校みやしりつだいいちこうとうがっこうは県内でトップクラスの進学校だそうだ。

 学校の校舎からぶら下がる垂れ幕には【祝! 東大合格七名】と誇らしげに風に揺れていた。

 学力主義な高校に入ってしまったと後悔しても、もう遅い。

 嫌な予感は的中通りより斜め上に悪い意味で予想を越えた。

「うちは学力だけじゃないよ。スポーツに芸術、部活に行事にボランティアと全てのことに全力でやってもらうよ!!」

 全力でこの場から逃げてもいいですかなんて言ったら熱弁している紅ジャージ女教師に鉄拳くらいそうだから諦める。最悪だ。やる気どころか生きる気力もないのに、全力で何もかも取り組めなんて、俺への処刑方だろ。


 そんな俺でも入学からひと月は頑張ったが、五月で限界。

 授業にはギリギリついていけているが、そのあとに生活費と奨学金を払うためのバイトがある。

 放課後は毎日夜八時までバイト。それから宿題と予習、小テストの勉強と睡眠時間削りまくりで早朝は食費節約のため自炊&昼飯のお弁当づくり。

 バイト先でまかないの食事をいただき、夕食はなかなか豪華だが、それで心身共に疲れがとれるかは別問題で。

 めちゃくちゃ疲れた。

 自分、何のために頑張っているんだ状態。

 だって、全力で取り組める学校の奴らは、全力で生活費稼いでいる俺みたいな環境じゃない恵まれた土台がある奴らの話じゃん?

 全力で言ったら俺が一番全力で生きてるよ。

 なのに、学校で居眠りしたり、小テストの順位が下がると「君は全力だしてるか?」って。

 頑張っている基準や定義は行動の成果だけでなく、もしタグが追加できるなら“自身の環境において”を採用してくれ。俺はこんな世界もう散々だ。


 俺はいつのまにか、県内トップクラスの高校の屋上フェンスを乗り越えていた。

 本当に限界なんだ。

 もう終わりにさせてくれ。


 俺は空に身を投げた。



「やれやれ。君はいつも五月に何かしらやらかすねぇ」



 …………え?



 目を開けるとそこには真っ青な青空。


自分はいつ空を見上げた?

 ……と思ったら仰向けになって寝ていた。

 よく見たら今まさに飛び降りた校舎の屋上が空に向かって伸びている。

 コンクリの上に直立で横になるとなかなかしんどいものがあるな、なんて呑気に考えている場合か。


 自分は確かに屋上から飛び降りた。

 フェンスを乗り越え、自分の脚で宙へ身を投げた感覚も覚えている。

 一体どうして自分の体は無事なんだ?


「それは死神・・である私の加護を君に与えたからさ」

 仰ぐ空の蒼色に白の面積が割り込んできた。

 ていうか、今なにか聞こえたよな。

 死神の加護だと? 

 じゃあこの視界の端にうつる白いのが死神?

「死神なのに白いんだな……」

「……君はどこを見ているんだ」

 いいかげん体を起こせ!

 グイーっと乱暴な上体起こしをされ、やっと自分が校舎裏の職員専用の駐車場に寝ていたことがわかる。そして話しかける人物も確認。


 死神と名乗り話しかけたのはどこか不思議な魅力を放つ容姿をした中学生くらいの少女だった。

 黒いフード付きの真っ黒なパーカーに下に着込んだ襟元から覗くワイシャツは白。小柄ながらもスラリと長く伸びた肢体には白黒ボーダーのハイソックス。華奢な体躯に不釣り合いな大きなショルダーバッグも漆黒。フードをかぶってもはみ出す下めに結ったツインテールは純白。銀ではなく本当に真っ白。

 少女が自ら死神と名乗るだけあり、かなり浮き世離れした容姿だ。


「奇跡を授かった人間の第一声が恩人の下着の色だとは、思わず救った命をクーリングオフしようと考えたよ」

「そ、そうだったのか……。ごめんなさい」

 じゃなくて、いや悪いと思うけど、いま聞きたいことが山ほどある。

「俺は屋上から飛び降りた。四階建ての校舎から落下してなぜ無傷なんだ? 死神の加護ってなんだ俺に何をした!?」

「落ち着け」

 息継ぎなしで質問を投げ掛け肩で息をする。

 なんだ、加護受けても普通に疲れるので、ゾンビのように無敵になったわけではなさそうだ。

 死神の少女は「一気に聞くなら右から左に流すからね」

 若干不機嫌。

「今から言うこと、君はどうせ理解しきれないと思うから手短に話すけど」

 にしてもいちいち上からな態度だなこの死神。

 死神の少女はコホンと咳払いし、こうなった経緯を説明し始めた。

「本当なら死亡するはずの君の体は、私の加護……死神の力だね、それによって落下する速度を急激にスロー状態にして着地させた」

「あ、一応落下はしたんだ」

「死者の蘇生は禁止だし。グロい死体も苦手だし」


 死体が苦手な死神って。……ん?


「おかしいだろ。よく知らないけど、死神って普通死体を回収するんじゃないのか。俺、助けちゃっていいのかよ」

「ここが本題。私は死神といっても、企画班・・・所属なのさ」

「それがなんだ」

「む。その企画が【自殺者削減のための映画制作】なんだ」

「自殺者削減んんぅ?」

「近年特に若者が自ら命を断つ事例が増えてるからね」


 映画云々はともかく、自殺者が増加しているのは聞いたことがある。

 特に昨今の日本は増加傾向にあると。


「皮肉なことに、希望溢れる若者世代で一番多い死因は自殺だ。若くて健康な若者は病魔でも不運でもなく自らで命を断つ。今の君みたいに」

「今の俺みたいに?」

「うん」


 ……当たったら嫌な予想だが。


「もしかして俺の命を救ったのは、その【自殺者削減のための映画制作】のキャストに採用するため?」

「最高の映画にしよう。主演俳優さん」

「しかも主演かよ!」

「映画といっても内容はほぼ本人のドキュメンタリーだし。君の逆転劇だ。そうだなあらすじ風にすれば……かつて自殺を試みたドン底の人間が地獄から這い上がり幸せな人生を謳歌する……よし、これで自殺者削減間違いなしだ!!」

 ついでに私のクリエイティブな業績もアップ! とサムズアップする死神少女に、

「なんでやねん!」

 と、もの申す。

「余計なお世話だ。勝手に話進めやがって。俺は助けてほしくなかったし映画制作もしたくない!」

 自殺者が増えてるだぁ? 

 知ったこっちゃないね。

「仮に映画を公開したとして誰が悔い改めるかよ」

「む」

 悪態をつく俺に少女は侮蔑の眼差しを向けて言う。

「奇跡とは誰しも平等に起こる現象でないから奇跡という。一生に一度も訪れない者もざら。私どもの都合といえ、君は奇跡を与えられた神様の贔屓要員だぞ」


 理不尽ばかりに遭遇し苦しめられた君に対する両親からの恩恵かもしれないぞ?


 悪魔のような死神の囁き。


「……親父たちのことまで知ってるのかよ」

「君の家族についても調べさせてもらった。理不尽な最後だった」

 善良な両親にも理不尽はやってきて、理不尽ばかりに遭遇する俺には死神がやってきて。映画制作とか馬鹿げた理由でまた生きるはめになって。

 生きてどうする。

 自分を苦しめた奴らへの憎しみを原動力に生きろっていうのか。


「奴らが憎いなら、幸せになれ」


 青空に立つ白黒コーデの死神少女は言う。

「最大の復讐は君がどんな奴よりも幸せな人生を謳歌することだよ。私は君に生きてほしい、皐月蒼汰」

 だから、どうか生きて。

 自ら白魚のような手を俺の手に重ねとり真摯に見つめる。

 そして彼女は言った。

「そういったプロセスの映画が今の時代流行る」

 やっぱこいつ死神だわ。





「ここまで着いてきても俺はお前に協力しないからな」


 死神の加護といういらない恩恵を与えられた俺は、真昼間の中自宅に帰る途中、ストーカーのように距離を置いて追跡してくる死神の少女に振り返りもせず宣言した。

 飛び降り自殺を謀った挙句、無傷で助かってしまったことを、誰も知ることはなかったとはいえ、当事者の自分としてはもうあそこにはいたくなかった。

 一応優秀な生徒枠におさまっている俺が無断で早退するとは誰も思ってないし、ちょっとした騒ぎになるかも?

 ……なんて無意味な期待はしない。

 きっと、誰も俺に興味なんてないから「あれ? 誰かいなくね?」「あーあいつ、誰だっけ?」くらいの会話材料にもならんくらいで済むから大丈夫なはず。


「ぜんぜん大丈夫じゃないだろ、それ」

 唯一俺の自殺を目撃した、というより俺を生き延びらせた張本人が俺を睨む。

 遠くからでもわかる眼光の鋭さ。額から汗を浮かべている。

 五月とはいえ日差しはきつい。新緑に包まれた閑静な住宅街を歩いていても、じんわりと汗が服を湿らせる程度には充分な暑さだ。死神はだらだらと汗をかいているがあれは服装のせいだろう。

「……脱げばいいのに」

「なんだハラスメントか」

「違ぇよ! 尋常じゃないだろ汗 もっと薄手の涼しげな服にすればいいじゃねーか」

「女性の服装への過度なアドバイスもそれに該当するが」

 あーもう勝手にしろ。こっちは心配して言ってるのに。


 しばらく二人無言で歩く。ブーンとたまに通るオートバイをよける。この地域は一本道が多いため自動車人口が少ない。かわりに自転車やオートバイがよく走るので、いつのまにか車道側に自分が、内側にに死神を歩かせていた。ふいに死神少女が呟く。

「明るい色は苦手なんだ。自分はシロクロはっきりしたモノが好きでね」

「ふーん、そう」

 なんだ。からかってただけか。

 普段の喋り方が道化めいてるからわかりにくいんだよ。


「……着いた」

「ここが君のマイホームかい」


 辿り着いたのはオンボロな二階建てのアパート。木造だし、もし二階の住人が大げさにシリモチついたら一階の天井を突き破ってしまうだろう。

 ちなみに俺は二○三号室なので転倒には気をつけています。

「なあ。まだ諦めてくれないか」

「君ほど我が映画の主演にふさわしいヒト科もいないので。お邪魔しまーす」

「お邪魔するな! おいっ。俺より先に家に入るな!」


 高校から住み始めたばっかの我が家は外の外観と競うくらい部屋の中も酷い惨状である。どこもかしこもモノだらけでごっちゃごちゃな室内。

 勘違いしないでほしいが、物を片付けられないのは性分ではなく、あの事故を未だに受け止め切れていないためだ。


「旅行から帰ったらみんなで食べよう」

 まだ目的の観光地に着く前なのに、クール便で先に家に届けてもらうと嬉々としておみやげを買いまくる母。

 結局それが最後で目的地に着く前にあの事故で父と母は帰らぬ人となってしまった。

 生き残った俺が退院して一人きりで我が家に帰って最初に見たのは、ちゃんと届けられた母のおみやげだったのがどんなに辛かったことか。

 母のおみやげは、未だ開封せずに部屋に置いてある。異臭のするものは食べ物だろう。

 そりゃ腐るさ。何年もそのままだから。


「かたづけるぞ」

「は?」

 死神の少女はズカズカと部屋の奥へ進み、ついには母のおみやげの箱に手を伸ばす。


「なにしてんだテメエッ!!」

 こいつは本当に血も涙もない!

 いくら細かい事情を知らずとも、人のうちのモノを勝手に捨てようとするなんて!! 

 俺は少女から箱を切り離し、その勢いで床に転がり込んだ。

「ミシッていったぞ。大丈夫か?」

 お気楽にアパートの心配をする死神。俺は俺で箱を抱え込み、中身が無事か確認する。

 すごい異臭がする。きっとこれは食べ物だったのだろう。

 涙が出てくる。溢れてとまらない雫をたらす俺を見て、死神は溜め息をつく。


「なんだ。せっかく期限が過ぎてもったいないから食べようと思ったのに。ケチ」

「……え」

「母親が君の誕生日のために買ったケーキだぞ。死神の私なら腹も壊さないし問題なかろうに?」

「たんじょうび……?」



『蒼ちゃん四月のお誕生日ケーキ、風邪をひいて食べ損ねちゃったでしょ? ならここでいーっぱいおみやげ買って、帰ったらもう一度誕生日をやり直しましょう!』


 あのときの母の言葉。

 忘れていた。

 そうだ。そうしたら父が笑って言っていた。

『おいおい。旅行先の旅館でも蒼汰の誕生会仕切り直すって言ってたじゃないか!』


 父さん、母さん……。

 

 部屋にずっと置いてあったおみやげたちを見る。

 随分変わり果ててしまったものもあるが、両親の優しさは時の経過で色褪せたりしなかった。


「……死神の加護でこれ食べても平気とかにならない?」

「無理だね。だからこれは私のひとりじめだ」


 にんまりと、ホールケーキが入っている箱を抱える死神。


「悔しかったら、生き延びて来年のケーキを私の前でひとりじめして食ってみろ」

「……バーカ」

 ズビっと鼻を啜らせ俺は言った。

「映画が完成するまで一緒に食べてもらうぞ、ビジネスパートナー!」


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