第一章~⑥

 実行犯の米村は、元々明日香が勤める店の常連だ。後で付き纏い始めた和尻を憎んでいてもおかしくない。彼女が嫌がる仕草を見せれば尚更だ。事実そうした場面は、度々他の客に目撃されていた。

 けれど見た目からオラオラ系の和尻に対し、人前で喧嘩を吹っかける度胸など気の弱い米村には無い。ましてや文句一つも言えなかっただろう。

 実際そうだった。明日香と肉体関係はなく、あくまで従業員と客でしかなかったという。一方的に惚れているだけで、単なるカモ扱いしかされていなかったと他の証言からも明らかになっていた。

 彼女だけでなく本人もそれは認めている。ホテル、またはどちらかの家で会っていたという目撃証言や証拠も見つかっていない。だがそうした経緯があったからこそ、一人憎しみを抱いていた米村に、明日香が賑わう店内でこっそり耳打ちするなり、別の場所に呼び出して話をするだけで、十分意図は伝わったはずだ。

 そうでなければ、米村が人を殺すような真似などできるとは考えられなかった。それは須依だけでなく、警察や他のマスコミもそう感じただろう。取材すればするほど、それまで生きてきた彼の人生には相応しくない行動だという想いが増すばかりだった。

 手口だけは彼らしい。非力な者が乱暴な男を殺すのだから、完全に油断している隙を狙う必要がある。だから米村は、いつものように和尻が明日香の店で酒を飲み、酔って帰宅する彼の跡をつけたという。

 その後アパートに辿り着き階段を昇り出したところを背後から引っ張った。よろめいた彼が下まで落ちた所を、用意していた包丁で突き刺したようだ。

 また抵抗され奪われたり、刃が欠けたりして使えなくなった時に備え、何本も所持していたらしい。さらには距離を置いてでも攻撃できるよう、鉄パイプの先を尖らせたものまで用意していたのである。槍のように刺そうと考えていたのだろう。

 だが結果的にそれらは使われなかった。最初の転倒で頭を打った衝撃が大きかったのか、和尻はまともに立ち上がれなかったらしい。

 そこから米村は、彼に声を出す余裕さえ与えず馬乗りになり、滅多刺しにした。供述によれば、憎さからではなく反撃を恐れての行為だったという。

 気が付いた時は、本人が出した大きな声を聞き集まっていた近くの住民達に囲まれていたようだ。そこから逃げる間もなく、通報を受け駆け付けた警察官に彼は逮捕された。それだけ臆病で必死だった様子が窺える。

「現行犯だったので、米村を殺人罪で送検するのは簡単でした。しかし逮捕から四十八時間以内では、新原明日香が殺人教唆したという証拠や供述が得られませんでしたからね。それに誤認逮捕は、絶対に避けなければなりません」

「それは建前でしょ。今は人権問題だと煩く騒ぐ弁護士達が増えたから、捜査本部の上層部も最後には米村単独での殺人として、検察に身柄を渡す選択をした。新原明日香については泳がしながら、時間をかけて証拠を掴むしかない。または起訴するまでの最大二十日間の勾留期間を使い、米村から新たな供述を引き出そうとした。そうでしょ。でも逮捕から拘留までの七十二時間も含め、小心者だと高を括っていた彼が一人でやったとその後も言い続けたのは、計算外だったんじゃないの」

「その点はコメントを控えさせて頂きます」

 須依の追及を受け、的場はそう言って俯いたようだ。その気配と態度は、指摘が的を射ていた証拠である。また通常なら、容疑が完全に晴れていなかった彼女は、警察による行動確認をされていたはずだ。二十四時間尾行し、監視されていたとしてもおかしくない。

 けれどそれが行われていなかったからこそ、彼女は一人夜道を歩いていたところを襲われてしまったのである。よって警察は意図的に見張りをやめ、その内情を知る捜査員の誰かが隙を突いたのではないかと疑われているのだ。

 しかし最初から米村が証言を覆すのを待っていたなら、多くの人員を使い無駄と思われる捜査をしなかった理由の説明がつく。須依はそれを確認したかった。

 第一、容疑者が捕まえられないからといって、刑事達がいちいち殺す真似などするはずがない。彼らだって十数年以上追い続けている事件は多数ある。実際数年越しで、ようやく逮捕したというケースも時々起こるのだ。

 そうした案件と比べればそれ程時間が経っていない。よってまだまだ捕まえるチャンスはあった。だから個人的に特別な恨みが無い限り、彼らが割の合わない殺人などの手段をとる必要なんかない。明確ではなかったものの、得たい回答は得られたのでよしとしよう。 

 そう思いつつ、須依はさらに話を進めた。

「もう起訴はされた。当然米村にも新原明日香が殺されたと伝わっているはず。それを聞いた彼の供述はまだ変わっていないの。だって死んだ相手を今更庇っても仕方がないでしょう。彼女に唆されたとなれば、情状酌量の余地も生まれるはず。彼の罪が軽くなる可能性は高い。それでも単独犯だと言い張るなんておかしいじゃない」

「すみません。もう米村の件は我々の手を離れ、後は裁判を待つばかりです。取材なら検察にして頂けますか。もちろん供述を変えたなら、彼の弁護士などを通じてマスコミにも公表されるでしょう」

 彼の言う通りだが、検察に突撃してもそう簡単に口を割る訳が無い。弁護士に聞いても守秘義務がある為、発表出来るタイミングになるまで話せないと分かっている。

 ただ表向きは一旦終了したものの、明日香共犯説を諦めていなかった警察に対してなら、情報は伝えられるはずだ。よって的場の反応を探ったのである。

 しかし彼の口調から、隠しているようには感じ取れなかった。須依の感覚が間違っていなければ、米村は未だに彼女の関与を認めていないか、まだその連絡が彼らまで届いていないと思われる。

 それならば、と別の質問をした。

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