第6話 知識の悪魔

 翌日、私は悪魔について知るために、アモンという悪魔の住む場所へ行く。今は歩いているのだけど、街は避けている。


 サタンを抜くと、まだ私のことはウァサゴ、ルシファー、アスモデウスしか知らない。

 そんな状態で、悪魔ヒトが多く出歩いている時間に歩いてみろ。何が起こるかわかったものじゃない。


 だから、できるだけ誰もいなさそうな場所を通っている。



 しばらく歩くと、民家が見えてきた。街からは少し離れているけれど、遠くもない場所に位置している。


 ウァサゴがノックをすると、中から男の声がした。すると、ウァサゴはこちらを見る。


「あの……心の準備しておいてください」


「え? 心の準備?」


 ––––なんで? なんでなの? なんか急に怖くなってきたんだけど。というより、さっきから足音がしないのはどうして……。


 そんなことを思っていると、ドアがゆっくりと開いた。私は彼の姿を見るなり、思わず目を疑う。


 中から出てきたのは、人の形でない者。フクロウの頭、狼のような上半身に、蛇のような下半身。しかも、くちばしからは鋭い牙が何本も見える。


 なかなかのグロテスクな見た目に、呆気にとられてしまった。

 なるほど、足音がしなかったのは、下半身が蛇のようになっているからか……。


「なんだ、ウァサゴか。それとそっちは……人間か?」


「ええ、とりあえず話がしたいのですが、入っても?」


「おお、入れ入れ。嬢ちゃんもな、襲ったりはしねえから、安心しろな」


 見た目に反して、案外気さくな悪魔ヒトらしい。


 家の中は、何の変哲もない部屋だった。机と椅子があり、隣の部屋に台所があるのが見えるぐらいで。


「それで、どうして人間がここにいるんだ?」


 ウァサゴはアモンに訊かれ、私が黒い石を拾ったこと、それを人間界に寄越したのはサタンであることを、事細かに説明した。


「––––なるほどな。それで、その嬢ちゃんに悪魔のことを知ってもらおうと言うわけか」


「そうです。いつ戻れるか分かりませんし、悪魔は何人もいますから、知っておかないと自己防衛できないでしょう」


 彼女の意見に、アモンはうんうんと頷く。そしておもむろに立ち上がり、こっちに来るよう促した。


 台所と反対の方にあるドアを開けると、そこには階段があった。どうやら、下へ続いているらしい。

 そこを降りると、割と広めの部屋にたどり着いた。部屋にはいくつも本棚があり、まるで図書館のようだった。


「ここは……」


「オレが集めた知識達の部屋だよ。悪魔のことはもちろん、魔界の歴史、人間界の歴史に関する書物だってある」


 アモンは下半身をズルズルと前に進め、一つの本を手に取った。


「嬢ちゃんが読むべきは、これかな?」


 そう言って渡されたのは、『ゴエティア』と書かれた本。文庫本よりも大きく分厚い。人間界向こうでは絶対に読むことのなかった本の分厚さだ。


 パラパラと見ると、ちょっとした挿絵と共に、文字がズラッと書かれている。でも、小説のような感じと言うよりは、図鑑という感じの書き方だ。


「そこの机で読むといい」


 私は言われた通りに椅子に座る。本の説明をするためか、隣にアモンが立つ。


 ––––いや、さっきから姿にしか目がいかない……!


 悪魔と言えば、つるっパゲに角が生えたガタイのいい奴を想像していたけど、こういうのもいるらしい。

 しかし、ウァサゴたちが人間と全く同じ姿をしていたから、完全に油断していた。


「……アモン、見た目どうにかできませんか?」


「おいおい、勘弁してくれよ。オレはお前と違って、初めから人間の形はしてないんだよ。ま、やるだけやってみるか」


 彼は姿を変えるべく、煙に包まれる。影から見えるのは、確かに二足歩行で人型なのだけれど……。


「〜〜〜!?」


 声にならない声が出る。無理もない。彼は人間の形になったのだ。……体だけ。


「頭どうにかできないんですか!?」


 珍しくウァサゴが大きな声を出す。

 そう、彼は体だけ燕尾服を着、頭はフクロウのままなのだ。なんかのアニメにいそうではある。


「しょうがねえだろ〜、オレはこの姿にしかなれねえんだよ。なんか手本がありゃいいんだけど」


「今まで見た召喚者の顔にでもなればいいでしょう」


「あっ、そっか」


 アモンは両手をササッと動かし、顔を変えた。茶髪に緑の瞳の男性の顔。三十代後半ぐらいだろうか。日本人らしさのない顔立ちではある。


「これでいいか?」


 彼はこちらを向き、私に問いかける。


「え、あ、はい。ありがとうございます……?」


「じゃ、話の続きだな」


 ––––顔と声、あんまりあってないな。


 これを言うとなんだかめんどくさい事になりそうだったので、私は大人しく彼の話を聞くことにした。

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