堕ちた先は魔界でした

榊 雅樂

第1章 

第1話 黒い石

 悪魔。天使が堕天し、地獄に堕ちた存在。

 彼らは不思議な力を使い、人間を惑わすという。が、それは本当だろうか。本当に、”悪”なだけなのだろうか。

 しかし、それは人間にはわからない。そう、悪魔と人間であれば。




 夜、ネオンが光り輝く看板が至る所にある大通りに女は一人で歩いていた。


 そこは酒の空き缶やタバコの吸殻がそこら辺に落ちていたり、酔った人が道のど真ん中で寝ていたりと、見るからに治安が悪い場所。


「今日はいい女の子いないな〜」


 そんなことをボヤきながら、黄土色のインナーが入った女は辺りを見渡している。


「お? なんだろ、あれ」


 彼女の目に入ったのは、真っ黒な宝石のようなもの。ツヤがある訳でもない、まさに“漆黒“という単語が似合う1品。

 それを拾うと、女の足元に紫色の魔法陣のようなものが形成された。


「は!?」


 騒がしい街では、そんな驚きの声もかき消される。そして、女は意識を失った。


「なんか聞こえた?」


「え〜、なんも〜」


 地雷系のファッションの女二人が辺りを見るも、騒がしい連中が目に映るだけだった。





「いってて……」


 ––––なにが起きたんだっけ。確か、よく分からない黒い宝石を拾って……。


「頭いたーい」


 どうやら、少しぶつけてしまったらしい。頭を抑えながらも辺りを見渡してみると、そこは暗い森の中。

 ほぼ黒に近い木が曲がりくねっていて、気味が悪い。今は夜なのか、空も暗い色。


「いやいや…………なに? ここ」


 ––––意味がわからない。なんでこんなとこいるの? だって、さっきまで街中歩いていただけで……。


 心当たりがあるとすれば、やはりこの宝石だろう。しかし、なぜこれを拾ったからと言ってこんな所に行き着いたのかまではわからなかった。


 すると、茂みの方からガサガサという音が聞こえてきた。


「!? え、なんかいる……? 人……なわけないよね」


 茂みの方をジッと見ていると、音は大きくなっていく。数秒、音が止んだと思ったら、今度は真っ黒で赤い目を持った狼が出てきた。


「っ!?」


 驚きすぎて声も出てこない。私は狼はおろか、熊だってこの目で見たことはない。

 そもそも、日本に狼なんていないはず。なら、やっぱりここは日本じゃない。


 ––––いや、そんなこと考えてる場合じゃない! 逃げる方法を探さないと……。なにか、なにか……!


「ガアアア!」


 逃げれずその場にすくむ。狼は恐れる私なんかお構い無しに大きな口を開けて襲いかかってくる。


 死ぬ、と思って目をつむる。しかし、どれだけ待っても痛みが襲ってくることはなかった。なぜだと思って固く閉じていた目を開けると、目の前にいたのは狼だけではなかった。


 灰色のミディアムぐらいの髪に小さな黒いツノを生やした、背の高い女性。


「……え、誰…………?」

 

 私がつぶやくと、女性は横目でこちらを見た。紫の瞳が夜の暗闇の中、美しく光る。しかし、すぐに前を向き直して狼をじっと見つめた。


 狼は彼女の鋭い眼光に怯えたらしい。すぐに身をひるがえして、暗い森の中へと駆け込んで行った。


 なんだったのだ。この人は一体誰だろう。耳の形が普通の人間とは違う、少し尖っている。


「あの……」


 私が思わず声をかけると、女性はこちらへズカズカと歩いてくる。そして力強く私の腕を掴んで、自分の方へグイッと引っ張ってきた。

 引き寄せたかと思うと、目線をこちらに合わせる。紫の瞳とバッチリ目が合った。


「あなた、ですよね」

 

「へ……?」

 

 ––––どういうこと? そりゃあ人間でしょ。


 私はこの人の言っている意味が全くわからなかった。私が何も言えずにいると、女性は小さく息を吐いて私の腕を離す。


「着いてきてください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る