冬の匂いが降る。

三国 心

松川彩奈の場合。

松川彩奈まつかわあやなside


高校三年生の時に、四人組で行動していた。

その内の1人、歩佳ほのかとはずっと同じクラスで仲良しだった。

歩佳から、同じ部活の梨乃りのと梨乃にくっついていた利桜りおを紹介された。

歩佳と梨乃は同じ部活の話で盛り上がることが多かったから、必然的に大人しそうな利桜と喋る機会が多くなった。

利桜は見た目通り実際大人しい方だったけど、喋る時間が長くなるにつれよく笑う子だった。

品がある笑い方で高い声や仕草も女の子らしくて、それはもう学校中でモテていた。

けれど、誰とも付き合った噂が無く、好きな人はいるの?の質問には毎回いないと即答していた。

私達3人の誰かにくっついていることが多かったし、男子にはよく話しかけられていたけど割とすぐに切り上げていた。

一緒にいる時間が増えていくにつれ、男の子が苦手なのかなと思うにようになった。


***


夏のある日、歩佳が「利桜って好きな人とかいないの?」と聞いた。

「いないよ〜。」と即答していて、これは予想通りだった。

「じゃあ好きなタイプは?」

私もそれは気になるけど恋バナは全部避けているから聞かれ慣れてて嫌なのかもと思っていたので、なんて言うんだろうも思いながら答えを待つ。

「うーん、私のこと好きじゃない人かな。」

「うん?蛙化現象になるってこと?」

「というかわたし、好きな人と両思いになれたこともないし、好きな人に告白できたこともないの。」

「え!利桜が!?」

「そんな男いるの!?」

歩佳も梨乃も、うちの利桜が1番可愛いといつも言っていて、私も実際そうだと思う。

「そんな見る目ない男の子好きにならないでよ〜」と私はおどけて笑った。

「そうかな。見る目ないのかな〜。」

「そうだよ!利桜には利桜の魅力がわかるもっといい男がいるよ!」

「そんな奴はすぐ忘れよう!」

「とにかく同級生はダメ!年上すぎるのもダメ!」

なんて、必死な2人を眺めてまた笑う。

でも私も利桜の好きになる人は、ハイスペックイケメンがいいな。

チャラついた人はダメで、一途で誠実で、利桜を1番に考える人。

利桜は好きなタイプは私のことを好きじゃない人と言っていたけど、どんな時に人を好きになるのだろう。


***


「いい人の基準ってなんだと思う?」

秋頃の放課後、歩佳と梨乃が引退した部活に顔を出して来ると言うので、2人を待ちながら教室で勉強をしていた。

急に話し始めるものだから、顔を上げて目が合うと利桜はニッコリと笑った。

「いい人って、友達の?」

「ううん、恋愛だよ。」

利桜からの恋バナはどう考えても珍しく、初めてなんじゃないかと思う。

焦る気持ちを抑える為に、ノートに目線を向ける。

「浮気しないとか?あとは、不安にさせないとか。」

「なるほどね。じゃあ、彩ちゃんはどんな時に人を好きになる?」

「どんな時……ちょっとずつ恋に落ちるかな。

優しくされたり、褒められたり、好意を見せられたり。」

「好きな人以外に好意を見せられてもそう恋に落ちるの?」

「それは……人によるかな。」

利桜は告白され慣れているだろうし、あまり喋らない人からの好意を伝えられるのは困っているのだろう。

「気になる人になってたらかな。モテる方じゃないから、すぐ恋に落ちちゃうけど。

り、利桜は?」

「気付いたら好きになってるの。」

やけに耳に響く利桜の声は透き通っていて真っ直ぐで、誤魔化したりしてないんだろうなと思った。

「そう、なんだ。」

「待たせてごめん〜」

「つい喋り過ぎて、遅くなっちゃった。」

「なんか奢るよ!コンビニ寄って帰ろ!」

歩佳と梨乃が入って来て、その話は終わった。

それから何となく2人で恋バナはしなかった。


***


無事に卒業式の日が来た。

ほとんど来てる親はおらず、それなりにすぐ終わり、仲良くなった人と写真を撮ったり担任に花束を渡すなどもした。

軽くお昼ご飯を食べてから、クラスの打ち上げに参加して、夕方頃に解散することになった。

いつもの4人で帰っていたけど、「ちょっと2人で話したいことがあるの。」と言われ、利桜と一緒に寄り道することにした。

「私ね、彩ちゃんのこと、恋愛的な意味で1番好きだったよ。」

利桜がそう言った時、私は困った顔になってしまっていたと思う。

「その……気付いてた、よね?」

歩佳や梨乃達とは違う空気を感じてはいたけど、それは友達としての特別仲良しかと思っていた。シンプルに私は何一つ気が付かなかった。

「ごめん、私、」

「いいの!返事は大丈夫。わかってるから。

卒業まで仲良くしてくれてありがとう。」

気付かなくて。そう返そうと思ったのだけど、利桜にとっては気付かれない方が傷つくかもしれない。

「もし良かったら…最後にハグしてもいい?」

自分の気持ちはわからないけど、今まで利桜を恋愛対象として見たことが無かったことは明白だった。

「違うの!今までありがとうの意味を込めた、感謝のやつね!?」

「うん、もちろん、大丈夫。」

そう言ってハグをして、「それだけだから!」と言って利桜は走って帰って行った。

追いかけることも返事も出来なかったのに、利桜は文句一つ言わなかった。

利桜の恋愛対象が女の子だったのか、男の子と女の子の両方だったのかはわからないし多分そこが重要なわけではない。

知らない内に利桜を傷つけていたのかな。

そう思うと自分に対してやるせない感情になった。

そして、その日から暫く利桜と会うことは無かった。


***


卒業後、利桜からの暫く連絡は無くて。それ所かどのSNSアカウントもいつの間にか消えていた。

完璧に連絡手段が無くなったんだなと思って3年くらいが経った時に、桜のアイコンの子から連絡が来てすぐに利桜だと思った。

「久しぶり!利桜です。最近どう?忙しい?近況報告会したいからご飯行かない?」

「それなりに忙しいかな。空いてる日付だけ送っておくね。○×日、○×日、○×日、くらいかな。」

というやり取りを数日したが、結局予定は合わずに、「他の日付はちょっと無理かも。少し前にほのかたちに会ったけど暇だって言ったよ!」

久しぶりの連絡だったから、歩佳達も利桜と連絡取れないけどまた会いたいなと言ってたのを思い出して送信したけれど、返ってきた言葉は予想外のものだった。

「私、彼女できたの。」

「そうだったの?おめでとう!」

3年経つとさすがに利桜が今私を好きじゃないことはわかっていた。

けれど、正直良い気分はしなかった。

この気持ちは、利桜を好きなのか、あの時返事を出来なかったからなのか、わからない。

すぐに既読は付いたけど、スルーされて、また音信不通になった。


***


社会人になって1年ほどが経って、利桜と再会した。

華金に偶然1人で寄ったカフェに利桜がいて、1人だと確認する前に話しかけてしまった。

利桜にとっては私にもう会いたくない人になっていてもおかしくは無かったけど、利桜は「彩ちゃん?偶然だね!久しぶり〜。」とニコニコしていた。

何だか変わっていない調子の利桜を見て私は安心した。

高校の卒業以来会ってなかったので、5年ぶりくらいだった。

「元気にしてる?」

「うん!最近は仕事にも慣れてきたし、健康には気を使ってるからね!彩ちゃんは?」

「利桜っぽいね。オシャレな部屋に住んでそう。

私はあんまりかな。一人暮らしだと自炊する気起きなくて。」

「どうだろうね。でも可愛い部屋なんだよ。見に来る?自炊もしてるからご飯食べていってよ〜!」

「いいの?行こうかな。」

流れで、利桜の家に行くことになった。

高校時代の話に花を咲かせながら、5分ちょっと歩いてマンションに入った。

予想通り、利桜の部屋は白とピンクの可愛い部屋だった。

「利桜っぽい部屋だね〜。」

「そうかな?ご飯温めるね。お酒もあるけど飲んじゃう?」

「飲みた〜い!」

利桜に渡されたコップにお酒を注いで、お皿や箸などの用意を手伝った。

暫くして、利桜の手料理を食べると美味しかった。

「おいし〜!いたせりつくせりだね〜。利桜はいいお嫁さんになるよ〜。」

しまった、と思った。

利桜はこういう時代錯誤の言葉は嫌だと思ったから。

しかし何も気にしてないように、「そうかな?ありがとう。」と笑っていた。

私の気にし過ぎかと思い、また昔話に戻った。

しかし時間が過ぎる内に疑問に思う。

「利桜って付き合ってる人いるの?」

「…急になに?」

「ううん、ただいたら悪いなと思って。」

「なんで?友達として来たんじゃないの?」

「そう、なんだけど。だって……いや、うん、そうだよね。」

余計なことを聞いてしまった。

お酒を飲み過ぎちゃったのか、頭が回らなくなってきている。

「怒ってないよ?付き合ってる人もいないし。

最後に連絡とった時忙しいって言って会ってくれなかったから、ちょっと意地悪したくなっちゃった。」

「なんだ。嫌われたのかと思って焦ったよ〜。

ごめんね。あの時は。」

「いいのいいの。私も予定が合わせられなかったし。今日は偶然でも会えて嬉しかったよ。」

「私も!利桜とはもう会えないかと思ってたから、嬉しかった。」

「そういえば、彩ちゃんは付き合ってる人いるの?」

「いないよ〜。私すぐフラれちゃうの。」

「……なんて言われるの?」

「なんてって言うか、私ちょろくてすぐ好きになるから、すぐに飽きられて浮気されて、でも別れたくないって言ったらフラれるのが流れ。」

「そんな見る目ない男の子好きにならないでよ〜。」

「…なんかそれ聞いたことある。」

「高校生の頃、彩ちゃんが私に言ったんだよ。」

「覚えてる!利桜が好きになるタイプは自分のことを好きじゃない人、とか言うから〜。」

「ほんとだよ?」

「でも彼女できたんでしょ?あれから好きなタイプは変わった?」

「好きなタイプは…変わらないかな。」

「え〜、利桜なら、大抵の人は好きになると思うよ?」

「女の子でも?」

「女の子でも!」

「私のこと好きにならなかったのに、よく言うよねぇ!?」

「ちょっと待って!私も利桜に怒りたいことあるからね!

まず、卒業式の日は返事してないでしょ!?

もし良かったらって言って静寂になった時……あの時、付き合ってって言われるのかと思ったのに、返事はいらないけど感謝の気持ちでハグしてって何!?」

「…言ったら付き合ってくれたの?」

「……どうだろ。」

「ねぇ!そこはうんって言ってくれても良いのに!」

「でも、今でも1番利桜が可愛いって思ってるよ。」

「今でもって何!?高校生の頃私に可愛いとか言わなかったよね!?」

「言ってなかったけ?」

「言ってなかったよ〜!もう!勝手なことばっかり言わないで。」

利桜から涙が出てきて、私は血の気がひいた。

「ぁ、ごめん、利桜。」

「可愛いも欲しかったけど、好きが欲しかったの。友達として見られてても可愛いって言ってもらえるかなと思っても、いいねとか似合ってるくらいだったのに。今更そんなこと言わないで。」

「いや、その…ほんと、ごめん。」

「やっぱり好きじゃなかったんじゃん。

諦めたかったから連絡取らないようにしたり他の人と付き合ったりしたけど無理で、久しぶりに連絡しても会えないって言うし他の子の名前出すし、彼女いるって嘘ついて終わらせたのに、偶然あったら声掛けてくるし、なに!?どうしたいの?」

「利桜……。

私……あの時、利桜に返事出来なかったことを後悔してて。利桜さえ良かったらもう一度向き合わせてくれないかな?」

「なにそれ……本当に?」

「うん。」

「私、わがままだよ?」

「うん。そんな気はする。」

「ねぇ!」


***


結局、半年ほど友人関係をした後に、無事に利桜と付き合えて今は一緒に暮らしている。

高校時代の利桜の気持ちに気付けなかったことや思ってることを口に出さなかったことで、利桜は気にしてなさそうだけどたまに面白がってからかってくる。

高校生の自分に伝えるとしたら、どうか素直になってくれ。そしたら何とかなるから。だと思う。

今も高校時代のことを思い出すと心が痛いが、それを感じる度に、とにかく利桜との幸せを継続する為に努力を惜しまないことにしている。

いつか利桜と結婚できますように、と願いながら。

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