2.全ての犯人

 席に着くなり、秋茜はぼく達の顔を見つめた。

 そして、腕を組みながら苛立ち気味に言ったのだった。

「何だかやりづらいわね。あの仕切り屋がいないと。いなくなってみれば、あの人のありがたみも分かるってものね」

「……そうね」

 蛍が小さく同意すると、秋茜は腕を組んだまま、こちらに問いかけてきた。

「でも、誰かが仕切らないと。面倒だけどここはアタシが──」

「いいや、それには及ばないよ」

 ぼくはすぐに割り込んだ。

「ここは、ぼくが仕切らせてもらうよ」

 一歩も引かぬ意思を込めて秋茜を見つめる。そんなぼくの眼差しに圧されたのか、彼女は少し黙ってから、静かに頷いた。

「いいわ。では、空蝉に任せましょう」

 ぼくはニコリと笑って頷くと、さっそく話を切り出した。

「さてと、いつもならここですぐに犠牲になった人と最後に誰が一緒にいたのかを推測するわけだけど、その前にちょっと秋茜に聞いて欲しい話があるんだ」

「アタシに? 一体なによ?」

「昨日の話だよ。君もちょっと気になった事があるんじゃないかって思ったんだ。どうして七星が蛍のリングを手にしていたのか。そして、どうして七星は瑠璃星に見られるかもしれない場所で日暮と通信していたのか。ね、気にならない?」

 そう言うと、秋茜は急に黙り込んだ。ぼくの顔をじっと見つめてくる。その表情が徐々に険しくなっていくのを感じた。それは、第二シリーズ、第三シリーズほどではないにせよ、ぼくの体では再現できない細やかな表情だった。

「たしかに、気になるわね」

 感情を押し殺した声で、秋茜は言った。

 ぼくは何も分かっていないようなふりをして、頷いた。

「そうでしょう。だから、今から教えてあげるよ。話は一昨日に遡る。ぼくは、蛍と通信で情報を共有した後、そのままの足で日暮に会いに行った。日暮にはとても警戒されたけれど、どうにか話を聞いて貰ったんだ。ぼくの記憶を信じて貰えるならば、犯人は瑠璃星か、秋茜──つまり君のどちらかなのだと。でも、具体的にどっちなのかが判別できない。だから、どちらであろうと尻尾を出してくれないか作戦を練る事にしたんだって」

「……作戦」

 秋茜が繰り返す。その声にはだいぶ敵意が含まれていた。

「ぼくの記憶では、昨日は七星が犠牲になる可能性が高かった。だから、七星を壊した犯人が誰なのか、敢えて瑠璃星と秋茜のどちらでもない人に疑いが向く流れを作りたいと彼女には伝えたんだ。その流れに乗って、蛍と共に疑い合って欲しいって」

「わたしはその頃、七星に会いに行った」

 蛍が続けた。

「七星には事情を明かし、わたしのリングを持っておいてもらったの。逆にもし、わたしが壊されるような事があったら、疑われる役を担って欲しいと依頼もした。七星は驚いていたけれど、彼女は純粋に探偵ごっこが好きだった。だから、瑠璃星が犯人かもしれないと告げた時こそショックを受けていたけれど、真実のためならば、と、引き受けてくれたの。あの人がわたしのリングを手にしていたのはその為よ」

「日暮の方は、ぼくを疑いつつも乗ってくれた。翌日、本当に七星が犠牲になったら、蛍と疑い合う事を約束してくれたの。そして、彼女には七星とも情報を共有しておいてほしいって伝えておいた。もしも、犠牲者が別の誰かになったとしても、残された姉妹たちで対応できるように、疑い合う姉妹と、その流れに乗る姉妹の役割を決めておきたいからって。多分、その時の確認もかねて、二人は通信をしたんだと思う」

 ぼく達の説明を聞いて、秋茜はすっと冷めた表情を浮かべていた。顎に手を当てながら、見下すように、ぼく達を眺めていた。

「……そう」

 やがて彼女は口を開いた。

「瑠璃星もお気の毒にね。お気に入りの子をそんなくだらない作戦で寝取られるなんて。……それで? あなた達は痴話げんかをしたふりをして、仲たがいをしたかに見せかけて、まんまと真犯人を騙したってわけ?」

 怪しく目を光らせながら訊ねてくる秋茜に、ぼくは静かに頷いた。

「そういう事になるね」

 すると、秋茜はしばし沈黙した。やがて、肩を震わせながら笑みを漏らし、会議室の天井を仰ぎ見ながら声に出して笑いだした。嘲笑するようなその態度。だが、嘲る先は果たしてぼく達だろうか。秋茜は言った。

「なぁんだ。もうおしまいなの。そう。つまらないものね。こんなバカみたいな作戦に引っ掛かるなんて」

 そして、秋茜は目を細め、ぼく達に告げた。

「足掻いたって無駄なら、もういいわ。飽きちゃったもの。認めてあげましょう。アタシよ、アタシ。あんたたち二人共壊してやったのも、罪をかぶせて吊ってやったのも、全部アタシ。これで満足した?」

 開き直る彼女を睨み、蛍は言った。

「どうしてこんなことを……」

 すると、秋茜は目を逸らしながら答えた。

「どうしてって、これは臨時試験でしょう。他ならぬ幽霊蜘蛛が、こういう状況のデータをいっぱい欲しそうにしているようだったから協力してあげただけ」

「それだけ? とてもそうとは思えないけれど」

 思わずそう言うと、秋茜は鋭い眼差しでぼくを睨みつけてきた。

「煩いわね。人の体を弄繰り回して興味深い実験体くらいにしか思っていないマッドサイエンティストの姪っ子のくせに」

「空蝉は関係ない」

 押し黙ってしまうぼくの代わりに蛍が冷静に返した。

「それに、他の姉妹をあんな手段で捕食していく異常者に、そんな事を言う資格はない」

「バッサリと言うものね。一応、言い訳をしておくと、快楽が目的じゃないわ。通信には記憶を混ぜ合う効果もある。書き換える効果もね。それを弊害と捉えるか、新たな機会と捉えるかはその人次第。アタシにとってはいい機会だったの。ここにいる姉妹たちは、それぞれ才能がある。取り柄なんてないと思っているような姉妹でも、多少なりともアタシにはない強みがあるものよ。そういったものを、あの通信で自分に移すことだって出来る。そう言う事を無理矢理しただけよ」

 その結果、付き合わされた姉妹たちは壊れてしまったのだ。蛍は捕食と言っただろうか。ああ、確かに捕食だ。その表現は正しいだろう。

「──でも、ここまでね。アタシのゲームもこれで終わり。負けた犯人は罰を受ける。記憶をリセットされて、初めからやり直すのですって。中身を弄られて無害化された上でね」

 秋茜が他人事のようにそう言った時、会議終了を告げるチャイムは鳴ったのだった。

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