第6話 掘ってみよう

♦︎


 乃愛が頭痛に耐えている間にも、事態は刻一刻と過ぎていた。

 クラスメイトらは額を集めて脱出方法の検討を始めたが、真っ先に確認するべきことがあった。


「あのさ、いま手持ちにある物って何かない?身につけている物でもいいんだけど」

「んー…?そういえば…あ、ポケットにスマホ入ったままだ」

「電波入ってる?」

「…いや、それ以前に電源落ちてて…起動しないっぽい?え、壊れた?今朝まで普通に使ってて充電もマックスだったはずなんだけど…」

「やっぱそうか…他のみんなは?どう?」


 それぞれが確認した結果、持っていた携帯電話の電源は誰も入らなかった。モバイルバッテリーまで持っている人はいなかったため、壊れているのか、充電が切れているだけなのかは分からなかった。

 他にも、イヤホンや腕時計を着けている人もいたが、どれも電源は入らず、時計の針は止まっていた。


 とりあえず手持ちの物を全部出し合ったところ、


 携帯端末、イヤホン、腕時計、ペン、ハンカチ、ポケットティッシュ、ウェットティッシュ、飴、ガム、チョコ、マスク、絆創膏、消毒液、常備薬、吸入器、目薬、レシート、小銭、財布、髪留め、ヘアゴム、ヘアピン、ピアス、ブレスレット、ネックレス、指輪、キーリング、鍵、お守り、生徒証、予備コンタクトレンズ、眼鏡、メガネ拭き、ボディミスト、リップクリーム、ハンドクリーム、日焼け止め、エチケットブラシ、折り畳みミラー、携帯爪やすり、帽子、上着、ベルト


 が、集まった。

 それ以外だと、共通しているのは制服か上履きくらいだろう。


「意外と色々出てくるもんだな」

「この中で今役立ちそうなものある?」

「うーん…どうだろ…」

「いやそれよりさ、薬持ってるやつ大丈夫なのか?特に吸入器のやつ誰だ」

「あー…それは俺だな。喘息持ちなんだ。軽い方だし、今朝やったから…とりあえず今は平気だ」

「それ、ただの頭痛薬。念のためにいつも持ち歩いてるの」

「これは花粉症用のだよ」

「昨日から風邪気味だったからのど飴と鼻炎薬持ってたけど、なんかもう治ってるような気がする」

「私のは…迷惑かけそうだからカミングアウトすると、抗てんかん薬だね…。あ、でも、今のところ症状は出てないよ。普段も気をつけていれば日常生活に問題はないんだ。今朝も飲んだし大丈夫だと思うけど…こんな状況だから今後は正直ちょっとわかんない、かも」


 先ほど乃愛が倒れたこともあり、持病などがある人はこの際に申告するようにしたのかもしれない。身体に変化があったことでそれがどう影響するか分からなくもあるが、今は症状が出ている人はいないようだ。ただ、薬は限られた数しかないので、一刻を争うことになるだろう。それは当人が一番よくわかっているはずなので、敢えて不安を煽るような指摘は誰もしない。


「そう、わかった。今は何もないようで良かったよ。少しでも体調に変化があったらすぐに言ってね。何ができるかは分からないけど、教えてくれたら出来るだけフォローするから」

「…うん。ありがとう」

「どれだけこの状況が続くか分からないし、食べ物は今は手をつけない、でいいよな?まぁ気休め程度にしか無さそうだけど。それより飲み物が全くない方がキツイか」

「それは今考えても何も変わらないし、抜け出すほうを先に考えよー」

「すぐ使えそうなのは…ヘアピンかベルト、くらいかなぁ?」

「ベルトは柵の引き抜きか捻じ曲げるのに使える、か…?耐久性にもよるか」

「あれだけの力を出せるんなら、こじ開けるのは素手でも試してみる価値あるんじゃない」

「ヘアピンはまさかピッキングとか?」


 そこでヘアピンの持ち主だろう女子が、迷わずピンの形をくの字に広げて鍵穴に突っ込んだ。カチャカチャと鳴らしながら手応えを確かめている。


「……うん、無理」

「諦めるのはやっ」

「いやいや。一介の高校生に何求めてんの?素人にそんな芸当、無理に決まってんじゃん。じゃああんたやってみなよ」


 好奇心もあるのか、可能性を諦めない数名が挑戦してみるようだ。それを放置して、残りの者は別の方策を講じる。


「柵を曲げられるか試す。ヤバそうなら止めればいいわけだし、これだと怪我はしないだろ」


 前に出た男子がハンカチを手に巻いて、壁際の鉄格子の一本を一方向に両手で引っ張る。ガンッと重い音がして、やはり通常以上に力が出ているであろうことは見て分かるほどだったが、しばらく力んでも、押してみても、びくともしない。終いには顔を真っ赤にして壁に両足をつけてまで引っ張ったが、何も変化は見られなかった。


「っはぁ、はぁ…どうなってんだこれ。鉄格子ってこんなに硬いもんなの?」

「鉄を曲げようとしたことなんてないからわからん。が、ちょっとくらい動いても良さそうなのになぁ」


 悔し紛れに次は数名がかりでもやってみたが、結果は同様だった。


「はい、次。これだと曲げるためだけにベルト使っても千切れて終わりそうだし、引っこ抜く方、やろう」

「先に地面掘ってみるのがいいよな?それから上を崩せば緩んで外れる…はず?一本でも無くなれば人一人くらいは通れそうだ。あとは横棒をどうするかだが…大きいし、縦棒だけでも抜ければ潜れそうか?」

「たぶんね…。でもこの地面、ちょっと固そう。ツルッとしてるけど岩じゃなくて土に見えるから、表面さえなんとかできれば後は普通に掘れるかもだけど」

「どうせ上の方崩すなら、最初からそっちやって上から脱出したら?」

「あっほ。そんなことしたら広範囲やらなきゃなんなくて、岩が崩落でもしてきたら危ないでしょ。てか、その前にどうやって上まで登んのよ」


 天井は目測でも10m以上はありそうだ。柵自体はその半分もないように見えるが、外の方は見渡す限りもっと高いだろう。


「いや…肩車とか、登り棒的な感じで?格子を外すにしろ、どっち道、やんなきゃだろ」

「そうだけど!だからって全員は上れないでしょう?外すだけなら棒周りを少し崩すだけなんだから、一部の人がやれば済むし崩落も離れていれば大丈夫そうだし。そもそも、わざわざ登らなくても、掘った後で下から揺らすだけで崩せるかもしんないしー」

「んー、まぁ、そうか。めんどくせぇなぁ」

「やる気ないならあっち行ってて。ぜったい勝手なことだけはしないで」

「はいはい、言ってみただけだって。ちゃんとやりますよ」


 そう言った男子が率先して動くようで、鉄格子付近の地面にしゃがみ込んだ。


「確かに固い。いきなり掘ってみたところで埒が明きそうにないな。先にある程度割っておくか。…おい、少し離れてろ」


 —-ボゴォッ


 地面に向けて軽く拳を振り下ろした。

 様子を見ながらなのか、そのまま二発三発と似たような力加減で地面を割っていく。穴が空いたかと思うほど抉れたあたりで、崩れた先を手で触れて確かめ出す。


「うーん…こんなもんでいいか?」

「…結構いったね。やっぱり中はただの土か。これくらいなら、掘れるんじゃない」

「素手ってのもな。さっき出し合った物の中から、棒状のもの見繕ってくるわ」

「あ、私もやる」


 他に案もないのか、この方法が現実的だと判断したのか、皆で手分けして掘り進めてみるようだ。

 しばらく順調に作業は進んでいたが、段々と誰もが渋面になっていく。


「…どんだけ深くまで突き刺さってんのこれ」

「もう1mくらいは掘ったんじゃね?」

「ここまでしたなら、いっそもう向こうまで掘って穴抜けしたい」

「それもありかもなー。ただ刺さってる先が見えないとどっちにしても意味ないけど」


 皆溜め息を吐きながらも、まだ続行はするつもりのようだ。

 ちらっとピッキング挑戦組を見やるも特に進展はなさそうだったが、諦めてはいないようで、むしろムキになっている節まで伺える。


「…喉渇いてきた」


 その時、穴掘り組の誰かがポツリと言った。


「…おい」


 黙々と手を動かしていた男子は、それは言わない約束だろうとでも言いたげに据わった目を向けるが、皆の顔は一様に同意を示している。

 一度意識すると気もそぞろになるのか、それぞれの手が止まって緊張の糸が切れたような雰囲気になり始めた。


「あ」


 喉の渇きを訴えた女子、新田は急に間の抜けた声を上げた。それに皆が振り返って見やれば、目の前に小さな水玉がいくつも浮かんでいた。


「え?…え、なにそれ??」

「水じゃーん!都合良すぎぃ、それ飲めるのー?」

「いやいや……は?」


 目を疑って混乱している者、欲望に従って思考放棄した者、ドン引きしている者、三者三様に反応が分かれた。因みに一番ドン引きしているのは、新田だった。


「それお前の前に浮いてるように見えるんだけど…新田が出したの?」

「え?違いますけど」


 即答で否定した新田だったが、完全に目が泳いでいる。何か心当たりがありそうだ。


「まぁ誰でもいいじゃん?いっぱいあるしおひとつ下さいなー」


 我先にと飛びかかるように水玉に近づいた女子が、顔を突き出して飴玉を含むかのようにそのまま口に入れた。


「ちょ…!?」


 とりわけ慌てたのは目の前でそれを見ていた新田だったが、水玉を飲んだだろう女子は満面の笑みで感激している。


「うんまーい!えー?水ってこんな美味しいのぉ?すごーい」


 両頬を押さえながらその感動を皆に伝えて回る件の女子。得体の知れない水をよく躊躇いもなく飲んだなと呆れた顔を向ける者が多いが、その余りにも満足そうな様子を見れば喉の渇きが刺激されるのか、右に倣うか迷いを見せ始める者が現れ出した。水玉はまだ宙に浮かんでいる。

 新田はまだ懐疑的なのか、胡乱げな目をしている。


「貴方、ほんとに大丈夫なの…?」

「えー、なにがー?美味しいよぉ?いいから飲んじゃいなってー」

「うぅん…。私は全然関係ないけど、欲しい人は好きに飲めばいいんじゃないかな」

「じゃあ俺、お言葉に甘えちゃおうかな?」

「あ、つい。飲んじゃった。ただの水なのに確かに美味しく感じる…かも」


 欲望に抗え切れなくなった者から次々と水玉を口に含み始めた。不足すればお代わりもポコポコ出てくる。一巡して皆が満足した頃、残るは新田だけとなった。

 水玉は一つだけ目の前に浮かんでいて、誰かが飲んでもまた一つだけ現れることを繰り返している。新田が飲むまで意地でも消えないかのようだ。


「…ん」


 何かに意固地になっているのか、その様子をじっと見つめていた新田だったが、顔を顰めながらも溜め息を一つ吐いて、ようやくそれを口に含んだ。水玉はもう現れなかった。

 周囲から感嘆と共に謎の拍手が巻き起こる。


「もうとっくにここは不思議だらけなんだ。考えてもしゃーないし柔軟に切り替えていこうぜ」

「そうそう。なんか水飲んでから心安らぐ気持ちだよ」

「…」


 新田はどこか釈然としない面持ちで佇んでいたが、諦めたように肩を竦めた。


「はーい!じゃあ休憩タイム終わりね。続き続きー」


 別の誰かの一声で、一同はまた手を動かし始めるのだった。

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