桜花白蓮抄

花ケモノ

一、つくしと満月

 つくしはかつて、書生の身でありました。つくしのお師匠さまというのは大変に高名な人で、それが書物の知識とあれば国で一番目か、二番目には必ず名前を聞くほどでした。お師匠さまは幼少の時分より父親のはからいで親元を離れ、当時のえらい先生の下でたいへんな修練を積まれました。元は自分の父親と同じ役職に就く為に勉学されていた訳ですが、いざ書物と紙と筆を持たせてみれば、まさしく神童。頭脳の明晰ぶりはそこいらの仕事に使うには収まりきらないほどでした。子供の時分よりお寺の坊主のように、学問に従事する毎日を暮らしたつくしのお師匠さまは、まさしく己が命運とばかりにその才覚を発揮した人でもあります。世に稀な秀でた頭脳を持ったお師匠さまに就いて、つくしは十二の時からよく習いました。お師匠さまよりずっと不出来でしたけれど、つくしが学問を愛する気持ちは、お師匠さまと引けを取らないほどでしたから、お師匠さまはつくしを随分可愛がりました。まさしく我が子同然に。お師匠さま亡き今も、仕事の傍らとは言えつくしは変らず勤勉に勉学に励んでいます。

 お師匠さまはつくしが丁度二十歳を少し過ぎた頃に長患いをこじらせて、奥さんを連れて郷里に帰りました。それから五年経った時、訃報が届きました。お師匠さまの具合がずいぶん悪いことは、お師匠さまや奥さんから聞いてつくしも良く知っているつもりでした。けれど死に際して、心の準備など何の役にも立たないことを、つくしは思い知るのでした。お師匠さまは亡くなるにはまだ早く、仕事は無論のこと、穏やかなお人柄ひとつとってみても、惜しまれる人でありました。つくしは自分の親父の喪服を借りて、お師匠さまのお葬式に行きました。この時つくしはようやっと仕事に就いたばかりで、それをおっぽり出して葬式になんぞ来てくれるなよ、と生前お師匠さまによく念を押されていました。その都度つくしは、何を仰りますか。自分が一人前になるまで、お師匠さまに居てもらわなければ困ります。そう答えていたのでした。

 お葬式を終えた後、つくしは奥さんから一通の文を頂戴しました。お師匠さまからの文は亡くなる数週間前に書かれたものだそうで、つくしはこれを受け取ると大切に懐にしまい、ぐったりと肩を落として悲しみに痩けた頬をする奥さんにそっと、微笑み掛けました。お師匠さまに死なれてしまって、ひとり残された奥さんに、つくしは何と声を掛けて良いか分からなかったのです。あの時、本当に寂しそうに微笑み返した奥さんの姿を、つくしは暫くの間忘れようにも忘れられませんでした。

 帰宅直後、つくしがお師匠さまの文を開くと、そこにはもうすでに懐かしくなってしまった、お師匠さまらしい闊達な筆跡が、便箋一杯にしたためてありました。


   つくしへ


 つくしが俺のところへ奉公に来たのは第二子のとうこが産まれて確かにふた月経った後だった。とうこの誕生が俺にとってどんなに喜ばしく、仕事に精の出る事だったか、お前は子供でも、きっと折りに触れてなんとなく感じ取っていただろう。とうこは本当に可愛く、俺の体に病の気配など微塵も無く、若い父親のひいきに任せてとにかく可愛がったのをよく覚えている。

 しかし人というのははなはだ不謹慎なもので、そういう家庭の円満さにあずかり生活を幸福に委ねていても、俺にはどうにもならない虚しさを抱える時間が増えた。自分の人生について、俺はどうしようもない不満にかられ、そこはかとない虚無感に苦しんだ。

つくし、俺は書物を愛しはするけれども、他人の書物を己の知識の泉に蓄えるだけだ。かつての豪の者のように創造をせず、必要な時に引き出しを開けて他人ひとに教えはするけれど、それこそ俺の発言した言葉にあらず。はて、俺が書物なんぞ学ぶに至ったのは、先祖代々の決まり事に過ぎず、俺が成したと自覚していた仕事さえ、家の業に迫られてそうしただけかも知れない。一族の栄華の証と一国の識者となったとは言え、俺はどうして、こんなにちっぽけな世界で王様などのらくらやってのけていたのだろう。そう思った。家庭人としても、子は成したが人の親と言うのは、男親と言うのは、子が産まれた時からあまりにへその緒が無くて久しいのだ。この果てしない不毛を、言葉に替えるのは浅はかだし、似合いの良い言葉を俺は知らない。俺は先祖とか、大昔の書物だとか、古びた化石が有るから学者なんて名前が付いているだけで、妻子を目の前にすれば一人の未熟な家庭人に過ぎない。幸福の絶頂は俺に虚しさも教えた。そういう生きた心地のしない時代に、おまえの正直でまっさらな目と会った。


お師匠さまらしい、正直な文は肉声を思わせました。


 文からも解るように、つくしのお師匠さまは書物に精通はしていましたが、文学や詩の創造からは確かに遠い人でした。詩といえばつくしの幼友だちの満月の方がずっと優れているくらいです。満月は大学を卒業してはいましたけれど、当時から女にかまけて勉学などまさか深追いしたりしませんでした。満月は十五の時から家の女中によく習い、色恋に人生の重きを置いていましたから。満月が女に詩を送る時には必ず返事を書かせるくらい上出来でした。返事が無い方が思惑通りだ。なんて言っていた事もありましたけれど、てんで不精なつくしには到底及ばない話でありました。

 一度若い皆の酒の席で酔に任せ、満月は詩を読みました。流れるような美は皆を感心させ、共感に涙したのはつくしだけではありませんでした。聞き手も酔っていたとはいえ、酒の勢いのままつらつら読んだ詩さえそんな風でしたから、好みの女と定めた相手には余程素晴らしい文を送っているようでした。かつて私に恋した殿方からの文です。冥土の土産にしようかしら。こういう風に、女の方も冗談めかして人に自慢したくなるくらいの文であったようです。実際、その自慢にあずかったつくしと満月の共通の友人が言うことには、満月の過去の悪行と普段の面のだらしなさがなければ、とてもでは無いが、断るに忍びない誘惑がそこにはしたためられていたのだそうです。


 満月は中々に善い男でもありました。少々のうぬぼれは心得ていましたが、恋した女にはおごらず、誠実でした。正義感で、ジメジメと屈折した男を嫌い、か弱く傷心する女にいつまでもまとわりついたり、いじめる男も嫌いでした。どこか豪傑なところも有り、浮世のせせこましさなどどこ吹く風、と笑い飛ばしてくれるような明るい一面さえあったのです。けれどどうしても明るく柔らかな生活を好むものですから、いつまでも一途、とはいかず、凄惨で、暗い修羅場にはめっぽう弱かった。女の方がやっきになって満月を捕まえようとするとひゅるり、と身をかわし素知らぬ顔で逃げることもまま、ありました。だから一部には「イタチ野郎、」なんて呼んでる婦人も確かに在りました。


 「毎日毎日飽くこともなくお前は仕事に耽っているな。てんで女と居るのを見かけないが、さてはお前、書物の中に意中の相手が居るな。それとも毎日、入れ替わり立ち替わり、書物の中の絶世の美女と勉学勤めに戯れているわけではあるまい。ばかな奴め。手ほどきしてくれる女を、俺が世話してやろうか。」

満月がつくしをからかう時には決まってこんな風でした。つくしの方は、と言えば自分に恋人が居ても、まさか満月には紹介しませんでした。何故って、理由は明白。かわいそうな寝取られ男を、満月の友人であれば誰しも知っていますから。かわいい娘さんが居たら、まず満月の手の届かない所へ隠すのが、友人たちの通例でありました。


 「初々しき蕾の君を花開かせるにはどうやら剪定というものが必要らしい。・・・この枝はもう古くて、恐らく病んでいる。どうせ刈り取らねばならぬ枝なのだ。ならば今年のこの花は、一心に大満開に花咲き誇る時にいさぎよく切ってしまうが良い。来年の花は望めぬ枝だ。せめて幸福に揺れる花の姿を花瓶に収めてやろう。俺は思ったのだが、一時限り楽しんだ花瓶の花を、枯れ朽ちた後にあぁ、実に綺麗な一輪であったと、思い出ばかりをジロジロと眺め耽るのはあまりにもいやらしくはないか?だから蕾の君の開花の為に蝶々よろしく忙しく立ち働くよ。春の訪れが目の前に行ったり来たりしてみれば、なるほど頑なな蕾も綻びるかも知れないから。つまりつくし、俺はそうして来年の実りを待つことにした。まったくなァ、世の理は浮世の常とおんなじだ。花の命とおんなじで、幸福は永く続かぬものらしい。夜明け前、青白き月光の中でまどろみを覚えながら先刻の歓びに浸りうつつを抜かす花の君をしとねに残し、俺は朝までに行こう。蜉蝣かげろうのように消えて、名残を残すべきでなし。つまり俺は、昨晩の事は朝になったら忘れることにしている。」


これは満月が都度言葉を変えて幾度かつくしに話したことでありました。毎度こんな話を聞かされる度つくしは「なるほどその名に違わぬ悪魔ぶり。満月殿がかの悪名高き夢魔であったとは恐れ多い。」などと冗談を言いつつ、満月の近日中か、現在進行中の色恋についての口止めとすぐに解るのでした。満月は女泣かせでしたから。つくしの周りで起こしたいざこざならば、つくしに念押しするのが一番です。いずれ破綻をきたす色恋ならば、友情の方が堅いのは言わずもがなでありました。つくしは一度だけ満月に聞いてみた事があります。

「満月、なんだお前、傷心でもしたのか?」

と。満月には思いも寄らない言葉だったのでしょうか。口をつぐみ、少々苦い顔をしました。

「・・・つくし、俺は傷心の無い恋などしないよ。」

少し悲しげな面持ちをするも一転、満月は一人大笑いしていました。つくしはまったく呆れてしまって、本当のところは、満月と一緒に笑いたいくらいだったのですけれど、厳しい顔をして、「なんだ、偉そうに。格好つけやがって。ひとの恨みばかりかっていないで一寸は慎重にしろよ。」そう叱りつけるに留めたのでありました。

 

つくしと満月は同い年。もうすぐ三十六になります。働き盛りではありますけれど、満月の方はたまに大きな買い物など必要になると実家に甘え、その上”女のせいで”落ち着かない日々を送っていました。つくしの方はと言えば、余程仕事が板につき、出世街道とは程遠いものの、学問と同じく自分の仕事を愛していました。

 こんな日々の中、つくしは今日も勤めを終えて一人まっすぐ自分の部屋へ帰り、酒などちびちびやっていました。思えばこの部屋ともずいぶん長いものです。お師匠さまは仕事に家庭を持ちこむのを厭われる方でしたから、お師匠さまから直々に学問を習う為仕事の雑務を手伝いに来たつくしは書生といえどお師匠さまのお宅には世話にならず、十二の頃から父親の間借りしたこの部屋を寝床としていました。大学へ通い、卒業してまもなく仕事を任され、お師匠さま亡き後もずっとここへ住んでいるのです。収入を得、自分で生活するようになってもつくしはこの町と部屋を選らんだのでありました。一日の終りに疲れた頭を酒で労ってやりながら、考え事をする。つくしは金の掛からないこの趣味を好きで、楽しみに思っているくらいでした。


“このようなさもしい浮世の下で、満月一人が遊戯の本当の面白みを心得ているようだ。あぁ見えてあいつは昔と変わらず純粋さを持ち続けている。それは意外に稀有な事で、俺が知りうる限りでは誰もそれを成し得ていない。かつて青少年の頃、満月は西洋の絵物語に登場する騎士のような一面さえ垣間見せた。”


つくしは自分でこしらえた熱燗をちびりと一口やって、小さな酒器の中で透明な酒に見とれました。透明さは清く、柔らかにまろい。思い出す情景が美しければ、自分でこしらえた熱燗さえ美酒に変わります。


”・・・青少年の美徳とは無知ゆえの高慢だが、それでも俺達は誰もが人との関わりも潔白なやりとりでしか行えず、不正あらば友情ゆえ正そうと血をたぎらせたりもした。終いには拳がものを言ったが、一戦交えてしまえばあとは堅い契であった。嗜好品の味も・・・つまり欲得の満足も夢には見れど知らず、高価な物品にも憧れたりしたが、結局一番に心楽しく、大切にしたいものは友情ありきの各々の人生だった。今思うと少々間抜けではあったものの、俺も満月も他の連中も、中々に美しい青少年だった。・・・大きな夢も見てはいたが、それは他の連中も同じだった。けれど結局、ほとんど皆侘びしく家庭生活や仕事に身を粉にする毎日だ。可愛い妻子の為と思って苦労も厭わず汗水垂らして働き始め、日増しにそれが骨の髄まで染み込んでくると、老いたと勤めを追い出される。ささやかな目標さえ抱かず、職務を全うしたのに我が手に残るものなど・・・汗水は賃金の内には入らない。老いさらばえ伏せる床をなんとなく目前に見据えながら日々の時間を皺が入り年季の入った伴侶と寂しく過ごすまで。俺ももう三十路をはるかに過ぎた。ひたすらに働くことに最早疑念など抱こうはずもない。


つくしは少しの間、ほろ酔いも目覚める苦い感慨に耽りました。


”先生は・・・お師匠さまは、大層立派な仕事を持っておいでだった。多くの者が志すがほんの一握りの人間しか就けない仕事は、本人の努力次第で就けるかと問われれば必ずしもそうでは無い。努力をするのは当然の事で、自分と同列の沢山の人間の中から抜きん出ようと思うなら求められる人間になることにも努力せねばならない。お師匠さまの人生はそういうことに打ち込み続けている人間からすればあまりに実りが大きく、多すぎるように思われる。

お師匠さまは何をも恐れないような大胆な人で、にも関わらず無骨さからは遠い大いなる寛容さを持っておいでだった。それはお師匠さまが手にしていた社会的な力を思えば当然と言えば当然だが・・・いや、これが一つおもしろい事で、お師匠さまは学問や仕事に関しては非常に無骨な人だった。繊細で、洗練されているのは人柄の方だった。・・・確か最後の文にそう有ったが・・・それを悩みの種としている時代があのお師匠さまにあったとは驚きだ。誰にも解られず、持つ者の悩みに耐えかねている、とはなんとなく気がついていたが。何しろ先生は人柄の繊細さゆえ、ご自身がお持ちになり、それを求めようが手に入らなかった人達の悩みに少し慎重になりすぎる事がよく有った。苛立ちはあからさまで、俺は都度どうにかご機嫌取りを試みたが当時のお師匠さまの年齢らしく親父のように振る舞われ突き放されたっけ。しかしご自分の人生にも悩みを抱えるとは・・・まるで非の打ち所無く見える美しく穏やかな家庭。色は好まないようだったが、ご自身のあそびはしっかりやっていた。俺達学生が贅沢を目の当たりにしたのはあれが初めてだった。人生を終えてしまうのが余りに早すぎたが病床にあっても、いつも人に囲まれ、惜しまれていた。・・・臨終は一見ではさほど苦しまなかったとも。恵まれすぎているように思われるお師匠さまの人生の中にも、大きな苦悩が有ったのだ。それも一つでは無く。恐らく、俺には到底解せないような事まで・・・それを思うと・・・一体、何が幸せと呼べるのか・・・

俺はこの年にして未だ家庭を持つ気になどなれず、相応の相手にも恵まれず。早幾年か・・・最早のんべんだらり、とした自由な生活が骨の髄まで染みてしまっている。”


つくしは自分自身にため息を吐きました。熱燗のお陰でアルコールに満たされた息は急に年を取ったように感じられて、つくしはもう一つ、ため息を吐きました。長い秋の夜、つくしの部屋の窓から見える景色はもう見慣れたものです。今日も通りの街灯がぼんやりと道を照らしていました。つくしはなんとなく遠い景色を眺め、舗装された道路と、たった一つしか無いもので、暗くはありましたけれど灯りを灯された街灯に時間の経過を思わずにはいられませんでした。なにしろつくしは、十二の時からこの部屋を一筋に間借りしているのですから。変わらない景色が一つだけ。街灯の向かいの空き地の中で、今年もすすきが揺れていました。すすきの様子を見るに、揺らす夜風はもう大分ひんやりとしているようです。つくしは今空で高い場所に在るだろう月を思いました。


”名月、か。・・・満月はいい奴だがその名に恥じる、確かにくず野郎だ。捧げても捧げても報われぬ献身に、流れた女の涙の数を俺は知らない。知ろうとも思わないが・・・だがなぁ、これがどうにも、恐らく女にとっても、当人満月にとってさえ、到底愛想尽かしかねる非常な長所がある。あいつ自身が自分を持て余している所以だが、自分の身を粉にしても、人生を捧げるに値する女さえ居れば、きっと満月はたった一人の女の為に生きるだろう。女を幸福にするが為に産まれてきたような男だ。女の方もなんとなくそれを分かるから、満月に狂ったりするんだろう。”


つくしは目前の空虚に視線を移し、記憶の中にかつての満月を見ていました。


”満月、俺は忘れられないよ。あの時のお前は純情で美しかった。”

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