第6話 帰り道

 それでもその日の帰り道、出来事を洗いざらい奈緒に打ち明けると、少し気持ちが落ち着いた。

「あたし、今日ぐらい、自分のばかさ加減を思い知らされた日はないよ。へまな事はするし、女の子は泣かしちゃうしさ」

千紗は、土手からススキを引き抜きながらぼやいた。

「でもさ、本当のところはどうなのか、わからないよ」

山田奈緒が、歩きながら冷静に言った。


「本当のところって」

「つまりさ、やっぱり大野さんは、無理やり席を替わらされたのかもしれないってこと」

「そうかなぁ・・・」

千紗は、ススキの葉を、細く細く裂きながら、考え込んだ。

「だってやっぱり、大野さんは嫌だったんじゃないの、席を交替するの。だからゴンちゃんに、不満そうに言ったんじゃないのかな。あたし、ゴンちゃんが間違っていたと、決まったものではないと思うよ」


「でも、うちのクラスでそういう風に思う人、きっといないだろうな」

千紗はまだ、さやかを泣かせてしまったことに、こだわっていた。

「それに、わざとじゃなかったとしても、泣くのはずるいと思うよ」

奈緒も千紗に釣られて、土手のススキを摘みながら言った。

「なんたって、泣くのが一番卑怯」

「でもあたし、あの時、相当きつい言い方してたみたいなんだよね。横で見ててもぶるったって言われたもん。菊池にも『気をつけろ』なんて言われちゃうしさ」


 眉毛をハの字にして、情けなさ全開でしゃべる千紗を見て、とうとう奈緒が笑い出した。

「まぁ、元気だしなよ、ゴンちゃん。明日になれば、みんな忘れちゃうよ」

 奈緒の言葉に力なく頷きながら、千紗は空を見上げた。気がつかないうちに、随分、空が高くなっていた。空気が澄んで、雲も、秋の雲になっている。


 時はどんどん過ぎ、季節は移り変わる。だんだん色づく街路樹の葉も、そのうちすべてが散って一枚もなくなってしまうだろう。けれど、また春が来れば、新しい葉が芽吹き、街路樹も青々とした緑で一杯になる。その葉の一枚一枚は、去年と同じ物は一つもないのに、なんだか同じ事の繰り返しみたいに思えるのは、不思議だ。


 同じように、千紗にとっても、父親のいない、千紗と弟の伸行と母親の三人で暮らす時間がどんどん増えて、それが当たり前の普通のことになるのだろう。その頃には、千紗だって『佐藤さん』とか『さっちゃん』とか呼ばれることにもすっかり慣れて、なんとも思わなくなるのだろうか。もしそうだったとして、はたして千紗は、そのことを望んでいるのだろうか。わからなかった。


「そうだよね。明日は無理でも、来週か来月か、少なくとも、来年の今頃は、みんな、今日のことなんか忘れてるもんね。」

そういうと千紗は、せっかく摘んだススキの束を、土手に向かって高く高く放り投げた。


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