第34話 十和瀬の考え
小谷は境田から聞いた菜摘未の提案に疑問を感じている。そのひとつは、なぜ本人が来ない。二つ目はなぜ昔の彼を寄越した。此のふたつからなぜ会うことを避けているかだ。
小谷は十和瀬酒造へ引き返した。事務所では千夏さんから「朝、来たのにいつから日に二回も注文を取りに来るようになったの」と冷やかされた。此の感触で矢張り今日、境田が持って来た話は、菜摘未の独断で動いていると感じた。
「十和瀬の奴、いるか?」
「山西さんが発酵は安定しているって言っているに。相変わらずもろみの入ったタンクと睨めっこしてるわよ」
そうか、と嗤うと陣中見舞いだと称しておくの工場へ行った。
十和瀬は十和瀬酒造の前掛けをして、腕を組みながら大きな酒樽を眺めていた。
「そうしていると酒の発酵が進むのか」
と冷やかして遣った。十和瀬は小谷を見て愁眉を解いて「どうした?」と二度目の来訪に首を捻った。
「菜摘未が
「妹に会ったのか?」
「いや、代理だッ」
「代理?」
「境田だ」
何で
「何しに行ったのだろう?」
「俺もそう思った」
小谷は境田から聞いた菜摘未の提案について話した。十和瀬は別に驚かない。それどころか薄笑いさえ浮かべている。
「なんだ、心当たりがあるのか」
心当たり処か菜摘未は家の中では一番歳が近い妹だ。あいつのやることは家の誰よりも知ってるつもりだ。菜摘未がそこまで会社の為に尽くすとは、今の段階では考えられない。今は小谷祥吾と謂う男から頭が離れないはずだ。そこから導く結論はひとつしかない。
「それは小谷、お前次第ってことだ」
「俺に責任を転嫁するな、お前がしっかり妹を見てなかったからだろう。しかも見ていないのは菜摘未だけじゃあない。奥さんの希実世さんもちゃんと出来てないんだから」
「お前に言われる筋合いはない」
「嫌にハッキリ言い奴だなあ。まあそう言う処が気に入っているが。問題を戻そう、菜摘未は何を考えているんだ」
「菜摘未は弱みをつけ込まれないために負けず嫌いを気取って見栄を張ってるだけだ」
「うぬぼれが強いと謂うことか」
「そうじゃない、妹は本当は寂しがりやなんだ。しかしそれを悟られるのが屈辱と受け取るから厄介なんだ」
「同情してもらいたくないってことか」
「まあな、それも妹は中途半端じゃないぞ」
哀しいかなそれを一番理解しているのが境田なんだ。それを解らすために一度引き離す必要があると思った。本当の愛は魂の底から湧いてくるものだと信じてな。
「最近の妹を見ていると図星だろう」
妹はなりふり構わず追求し始めたのだ。それで苦しくないのかと小谷は訊ねた。
「最初はなあ、しかし馴れるもんだ」
と、しゃあしゃあとした顔で言われると、そう思いたくもなるが、それが妹の強さだと十和瀬に言われて少し
「それなら此の話は真面目に訊いた方がいいのか? 会長はどうなんだ、此の前はその酒を試飲させられて悪くないと言ったのだが……」
「それは千夏と相談しろ、だがおやじにはまだ言うな。採算度外視して乗るかも知れんからなあ」
それより香奈子とはどうだとすり替えられた。ふと香奈子を紹介したのも十和瀬の手の中にあったのかと、小谷は思わず十和瀬を睨み返した。そんな変な顔をするなと嗤われてしまった。
小谷は事務所に戻って菜摘未について、千夏さんを呼び出した。彼女は店をいつものパートのおばさんに任して付き合ってくれた。近くの喫茶店に行く道すがら訊かれた。
「何か伝言があって戻って来たんでしょう」
「香奈子さんがどうかしたのですか」
「好きなんでしょう」
薄々感づいているとはいえ、回りくどいのが嫌いな千夏さんに、もろに言われると胸に動揺が走る。それと、何で、此処で聞くのかその動機が分からない。
「ハッキリおっしゃい!」
誘導尋問に引っかかった被告人みたいに、そうですと律義に答えてしまった。核心に触れる尋問を終えた検察官は、意を得たりと満面の笑みを絶やさない。それが却って小谷には不気味に見えた。
こんな遣り取りを繰り返していたが、喫茶店のテーブル席に座ると、菜摘未の用件に突然切り替わった。
「それで菜摘未さんは売り上げについてどんな提案をしたの?」
境田から聞かされた高級日本酒の景品付き限定販売を説明した。最初に聞き返されたのはそんな販売計画でなく、何で菜摘未さんが境田さんに、あなたへの走り使いをさせた動機を訊ねられた。
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