勇者パーティーに追放されたアランが望み見る

辻田煙

プロローグ「あの日までは、いつも通りだった」

第1話「精霊の泉」

 いつまで同じ話をしているんだろう。ぼくは朝ごはんを食べてお腹がいっぱいになり、ぼやっとした頭でお父さんとお母さんの話を聞いていた。


「お父さん、魔王軍の話聞きましたか?」


「ああ、そろそろこの村も危ないかもしれない」


 二人はとても真剣だった。怖い顔をして、低い声で話している。ぼくは、みんなと遊びたくなって、朝ごはんを食べていたテーブルの椅子から降りた。


「アラン、遊ぶなら森に行ってはダメよ」


「うん」


 お母さんはぼくに近付くと、ほっぺたを両手で挟んだ。お母さんがぼくをじっと見る。ぼくはなんとなく緊張した。


「本当? 分かってる?」


「わかってるっ!」


 ぼくが大きな声を出すと、お母さんはにこっと笑った。お父さんと話していた時の怖い顔じゃない。いつものお母さんだった。


「そう、ならいいわ。みんなと仲良くね」


「うんっ」


 ぼくは勢いよく返事しながら、心がチクリとした。お父さんもお母さんも「森に行ってはいけない」と言うけれど、ぼくはそれを守っていない。だって、森の中には綺麗な水がいっぱいある場所があって――ぼくの友達がいる。村の誰よりも綺麗な友達。


 お母さんがぼくの頭を撫でる。お父さんも近付いてきて、ぐりぐりと頭が回りそうになるほど撫でてきた。うう、目が回りそう。


「お父さん、アランが目を回しちゃうわ。ふふっ」


「そうか? にこにこしてるけどな」


 お父さんは元気がない。いつもより怖くない。どうしたんだろう? 訊こうと思ったら、お父さんは離れてしまった。


「怪我しないようにな」


「うんっ」


 ぼくはなんとなく訊くのをやめた。お父さんとお母さんがテーブルに戻って、朝ごはんを食べはじめる。さっきみたいな怖い顔はしていなかった。


「行ってきますっ!」


 お父さんとお母さんが「行ってらっしゃい」と言って、ぼくは森の友達と遊ぶために家を出た。



 最近村のみんなと遊んでいない。だって、みんな信じてくれない。森の中に友達がいる、一緒に遊ぼうと言っても、森は危ないからダメってそればっかり。なにも危ないものなんてないのに。


「なんでダメなんだろ」


 ぼくが出した声が森の中に消えていった。


 一度お父さんとお母さんに訊いたことがある。なんで森で遊んじゃダメなのかって。最初は、とにかくダメだ、としか言ってくれなかったけど、ぼくが納得してないのを見て「精霊がいるからダメなんだ」と言い始めた。ぼくはなんの事を言っているのか分からなかった。お父さんもお母さんも「精霊は危険だ。だから遊んではダメ」と言う。でも、「せいれい」ってなにとぼくが訊いても、分からない、とにかく危険なものだと言うばかりだった。


 ぼくは納得できなかった。「森の友達」は「私がその『精霊』だよ」と言っていたけど、全然危険でもないし、怖くもなかった。


 むしろ、とっても面白くて、きれいなお姉さんなのに。時々嫌なことを言ったり、することはあるけれど。お父さんもお母さんも、村のみんなもなにを怖がっているんだろう? なんで「森」や「せいれい」のことを話す時、あんな怖い顔をするんだろう?


 森の中はいつも真っ暗だった。上を見上げると、沢山の木の葉っぱが日の光を見えなくしている。緑と土がいっぱいの森は、地面にたくさんの木が転がっていて――でも、この森にだけは動物がいない。だから、いつも森は静かで、ぼくがこの森を歩く時、自分の足音だけが聞こえていた。


 歩いている足がだんだん重くなって、身体が熱くなってくる。息が苦しいけど、ぼくは楽しさで胸がいっぱいだった。前に来た時に森の友達に「トクベツな遊び」を教えてもらった。あれがまた出来るかもしれないと思うと楽しくてしょうがない。


 森を奥に進むほど木と葉っぱが増える。ぼくが吐いた息があたりにすうっと吸い込まれていく気がする。もう少しだ。もう少しで着くはず。目印に付けた木の幹の傷を辿って、ぼくは森の中にある湖を目指す。


「着いたっ……」


 ぼくは木の間を通り抜け、ようやく湖のある場所に出た。この場所だけは葉っぱに邪魔されずに日の光が当たっていて、湖が魚の鱗のみたいに光っていた。湖は青くて、ぼくに近い所は地面が見えている。


「リリー、どこだろ……」


 森の友達――リリーとは、ここで出会った。みんなが危険だと言う森の中がどうしても気になって探索していた時に、湖に出てリリーを見つけた。ぼくの村では見たことのない紫色の髪の毛に、真っ赤な目、黒いひらひらの服。湖の上にリリーは浮いていて、驚いているぼくに、にこっと笑ってくれた――


「アラン? こんな所でなにボーっとしてるの?」


 後ろからリリーの声がしたと思ったら、抱き付かれた。前に回された黒い布から見える腕は真っ白だ。上を見上げるとリリーの顔が見えた。ぼくを見てにこっとしている。


「リリー、今日も遊ぼっ!」


「まったく……。そんなに私とばっかり遊んで大丈夫なの?」


「だって、みんなリリーなんていないって言うんだもん」


 ぼくの言葉にリリはー目を細めた。ぼくの頭を撫で始める。優しくてお母さんみたいな撫で方だった。


「リリー?」


「……いいよ、特別にこの私がまた遊んであげる。今日はなにして遊びたいの?」


 ぼくは迷った。さっきまで、「トクベツな遊び」をしようと思っていたけど、リリーの顔を見たら、何回もかくれんぼで負けたこと思い出した。


「かくれんぼっ。今日こそリリーに勝つもんっ」


「いいよ。アランが先に隠れなさい」


「うん」


 リリーはアランから離れると、「アラン、数えるよー」と言って、湖の側で屈んで目を手で隠して数字を数え始めた。ぼくは隠れる場所を探して走る。かくれんぼをしよう、と言ったけれど、どこに隠れるのかはまったく考えていなかった。どうしよう。湖の中は……、こないだやって見つかったし、大きな岩の後ろもダメだった。そうだ。木の上ならどうだろう。

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