悪霊屋敷打毀すぜ!!!!

 「あの、女の霊が……突然やってきて、彼を……」


 震える声で紹子はそう語る。あの女の霊によるもの……いや、そうか?

 あの女の霊はこういう殺し方をするのか?

 全身の皮を剝ぐ?

 どうやって?

 あの赤ん坊による質量攻撃と嚙みつきでここまできれいに皮を剥げるか?

 無法田の下半身は乱雑に食いちぎられている様子なのに対し、上半身は傷一つなく皮のみがはがされている。血は今にじんできているようだ。……殺されてからそこまで時間は経っていない……叫びからここに来るまでの時間なら妥当だが……。霊は何故ここに居ない? 

 ……どうも引っ掛かるところが多すぎる。おれの勘が紹子を怪しいと感じている。一人一人殺してゆくことでこちらを確実に消すつもりだったのか?

 だとしたらとんでもない名優だ。この女は。


 「……下がってろ」


 ジョーンズが日隈さんの前に出て紹子に向かう。先程の戦闘時と同じ顔つきである。


 「この手口でバレないとでも思ったか、貴様。『皮膚の兄弟団』だな。……オレは欧州の古い魔術団体も知っている。……裏切者は貴様だな」


 ジョーンズがそう吐き捨てながら黒十字架を振り上げる。

 やはりコイツが霊側の人間、コイツが急に増えた十人目!?

 ――違和感。

 なにか――何か違和感がある。コイツは外で見た、いや、その記憶は確かではない、捏造の可能性がある。だが……違和感がある。

 ――むしろ記憶がない人間を何故探らなかった? 

 紹子は突如、ニヤリと笑いながら数珠を構え呪文らしき言葉を唱えた。


 ジョーンズの投げた黒い十字架は床から生えてきた巨大な赤子たちに阻まれる。


 「愛してる」


 おれの隣に、突然、あの女の霊が現れた。

 おれは次の瞬間に必死でバットを振るう。


 『ブゥン!』


 当たらない。あの女の霊に実体はない!


 「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる!」


 『ゴガッ』


 二メートル近い大きさ、100キロはあろうダブルベッドが浮かび上がる。ポルターガイスト! 

 この家の物なら何でも飛ばすってのか!?


 「お前ら、逃げろぉっ!」


 ジョーンズが二つの十字架をベッドに投げつけ、女の霊へ向く。


 『ドガァアアン!』


 ベッドが爆発四散、ジョーンズは女の霊に向け十字架を振り上げる、日隈さんは狭霧さんを抱え、扉へ。免田さんは赤子の肉壁を殴り壊し、扉への道を率先して開く。

だが、ジョーンズが女の霊に振り返ったことで肉壁の中から紹子が現れる。その手には奇妙な形のナイフ……。


 間に合え!


 おれは紹子へ、バットを大きく右振りで殴りつける。


 『ベチャッ!』


 軽い!? なんだ、この感触は!?

 紹子の皮膚を俺は殴りつけていた。


 「死ね」


 紹子の皮を脱ぎ捨てた中東系の男がそう呟き、ジョーンズの背に凄まじいスピードでナイフを滑り込ませる。

 ジョーンズの背中の皮膚がするりと浮かび上がり剥がれる。


 「ぬぐぅおおおっ!」


 ジョーンズの振り上げた黒い十字架はその手から零れ落ちる。同時に彼の他方の腕、袖口から幾つもの同じ十字架が床へ落ちる。

女の霊はすでに消えている。


 「ゥぉ……にげ……ろ……」


 ジョーンズが嗚咽の間にそう言う。黒い十字架が床へ触れようとしていた。

 ――ジョーンズはアレを爆破し、自爆するつもりだ。

 おれは直感的に爆発の情景を悟る。部屋の外へ、扉を、日隈さんと狭霧さん、免田さんにタックルをして外へ突き飛ばす、間に合え!


 『ドガァアアアアン!』


 「あぁああっ!」


 熱い!


 背中が灼けた!

 だが、ここで止まっていては殺される!


 「逃げるぞ! 地下だ! とにかく遠くへ!」


 免田はおれに肩を貸す。日隈さんが廊下の先へ行く。

……頼れる奴は既に地下の二人組。協力は望めないが、霊を向かわせて足止めし……。


 ――勝ち筋なんてあるのか? 


 勝てる気がしない。今までとは違う。既におれたちよりも熟練の霊能者が何人も死んでいる。

 素人のおれたちに何ができる?

 ……ふざけてる。

 ふざけてる!


 「……次、あの霊に遭ったら、おれが殺します」


 免田さんは驚いた様子でおれの顔を見た後、少し微笑んで


 「……ああ。期待してる」


 と言った。


――


 おれたちは湧き出る無法田の顔をした赤子を踏みつぶしつつ地下へ一気に駆け降りる。無法田の下半身は霊によって食われていたのは確かなようだ……。

 おれたちの目の前には数秒おきに女の霊によって妨害が為されたが、免田とおれはその度に聖水水鉄砲や拳、バットをお見舞いし、スカらせている。だが女の霊はその度に消えてくれるので一応何らかの牽制にはなっているようだ。


 『ドゴオオオン!』


 地下へとたどり着くと激しい爆発音が鳴り響いた。壁を貫いて米山を名乗った男がボロ雑巾のような状態で地面にたたきつけられた。コンクリートの地面にはその勢いでヒビが入っている。


 「た、助けてくれ……」


 生きている……。ゆっくりと起き上がろうとしている。人体が破裂してもおかしくはないだろうに、動けているようだ。

 だが、ゆっくりと生物のように修復しつつある壁の穴からぬるりとアーソン・メディアのズタ袋が現れる。


 「こんな……こんなやつには……」


 日隈さんがそう呟く。

 ――蹂躙されるのを待つしかないというのか? こんな生きてもいない奴に? 生きているおれらが? 愛しているだの連続殺人鬼だの、生きてもいない癖に、生きているおれらを襲い、殺し、ごみの様に……それは間違っている。


 「ハク君……?」


 「ぶっ殺してやる……!」


 死んでいる奴はキチンと死ななければならない……。何とか団だの皮を被った殺人者だのの陰謀など知らない、おれは初めて怪異を狩ったその時に……そうだ、あの時に感じたこの感情だ。怪異などと言うものに生きているおれらが脅かされるなんてのは間違っている。恐怖するのはこっちじゃない。


 「お前らだ……ッ!」


 「ハク、早まるな!」


 日隈さんの制止を聞かず、おれはズタ袋の中にあるであろう奴の顎を狙う。最初に現れた時、人間を簡単に惨殺して見せたあの敏捷性と怪力、だが、おれはそんなことなど構わず思いっきりバットを振り上げた。


 『バゴォッ!』


 避けた! バットは壁を壊し、穴を広げる。アーソンはおれの胸目掛けて手を伸ばす。


 おれは後ろに倒れ込むようにして伸びる腕を避けつつ、腕にバットを振るう。


 『ガッ』


 軽い。この姿勢では軽い。それにコイツ、妙に硬い上にあまりおれのバットが効いた感じがしない。

 おれは後ろに引く。免田さんが聖水水鉄砲をアーソンにひっかける。


 『ピチャッ』


 いつものような音がしない。生身? 霊や怪異の類ではないというのか? しかし……。


 「愛してる」


 免田の後ろに女の霊が現れる。だが、ポルターガイストによって浮かんだ壁の破片、瓦礫はアーソンに向けられる。


 『ドガガガガッ』


 「UGHHHH……」


 コンクリートの礫が鋼のような肉体にぶつかり弾け、肌を破り、血の流れない、腐った肉をまろび出す傷をつけて行く。アーソンは腕で頭を守るような姿勢で、突進する。


 『ドゴオオオン!』


 タックルは女の霊の像を越えて後ろの壁にぶつかり、破壊する。

 その瞬間、女の霊の表情が一瞬歪んだのを俺と免田さんは見逃さなかった。


 「ハク君! ! 屋敷を壊せ!」


 免田が俺に向かって叫びつつ、屋敷の壁を殴り始める。

 日隈さんと狭霧さんは困惑している。

 この屋敷が女……?

 この霊は……屋敷と一体化している?

 この屋敷こそがこの霊の正体……肉体のように再生する屋敷、自在に瞬間移動しつつも赤子を生み出すのは床や壁、天井……。

 女には触れられない……。壁が壊れた時の表情、そして壁が壊れたのに呼応して出現した女……。なるほど。一理ある。


 やってみる価値はある!


 「オラァッ死ねっ!」


 おれはフルスイングで壁を叩き壊す。


 『ドガァアアアアッ! ガラガラガラ……』


 生物の肉のように再生しつつあったコンクリートの壁はいともたやすく破壊された。


 「あああああ! 愛してる! 愛してる愛してる!」


 叫ぶように同じ単語を叫ぶ。単純な存在、こんなものに恐怖していたのか? おれたちは。おれたちはこんなのに、こんなのに何人も殺されたというのかっ!


 「クソッタレがァああああああっ!」


 『ドガァアアン! ドガァアアアン!』


 「うおおおっ!」


 『ドガッドガッドガッドガッ、ガラガラガラ……』


 おれと免田は一心不乱に壁や床へ攻撃する。


 「愛してる」


 「黙れクソブスゥッ!」


 石礫がおれたちに飛んできてもものともしない、生えてくる赤子も日隈さんが聖水と灰で対処してゆく。そしておれたちに少しでも注意が向けばアーソンが暴れ、より広範囲に破壊が進む。

 あの幽霊女はほぼ詰みである。


 「UGAHHHH!」


 だが、アーソンはタックルにより床に倒れる米山へ壁をぶち抜きつつ迫っていった!

 あのままでは轢き殺される!


 「ぬうううん!」


 何処からか響くその声と共に米山は先程アーソンが現れた穴の奥へ引っ張られるように入ってゆく。

 アーソンはそのまま壁に激突する。


 『ドガァアアン! ガラガラガラガラ……』


 崩れた壁の中から結界の部屋で座禅を組んでいた男クルップが手を開きながら立っていた。傍らには米山が座っている。彼ら二人はスーツを身に纏っているがクルップの方が黒い髪と髭を奔放に伸ばして粗野な印象を受けた。


 「式神術……コイツは肉の人形の中に本体の霊体を埋め込んである! ほとんど生物だ! コイツの破壊はオレたちが請け負う! お前らは屋敷の破壊に集中しろ!」


 クルップがそう叫ぶと右足で床を踏む。床に紋章が現れ光を帯びる。米山がすかさずそれに手をつく。紋章の光が増幅する。


 「黄胆汁の炎で貴様を焼き殺してくれるわ!」


 クルップが祈る様な手を構える。すると彼の手から黄色い液体が噴出される。

 タックルをして向かってくるアーソンはそれを頭からかぶる。


 『ボガァアアアアアアアアアアン!』


 頭部が爆裂。タックルの勢いを殺される。


 『ゴォオオオオオオオ……』


 炎上。

 勢いよく全身が燃え上がる。

 その間もクルップの手からは黄色い液体が噴出し続ける。


 「赤ん坊も減ってきた、あの女苦しんでるぜ!」

 地下階は崩れつつあった。アーソンとおれたちによって徹底的に壁は吹き飛ばされ、もう再生する素振りはないどころか、自壊を始めている。壁も脆くなっている。赤ん坊も数を減らし、現れるのも腐りかけの様に肉が溶けた様な出来損ないばかりが出てくる。もう顔も判別できない。


 「――そろそろ逃げるか?」


 日隈さんが訊く。


 「待て、お前たち……この陣の中へ来い、その方が安全だ……早く!」


 米山がそう叫ぶ。おれたちは迷いなく紋章の中へ入る。


 「もう……ダメだ、あのズタ袋野郎を壊せ! 中をしっかりとこわせ!」


 『ドサッ……』


 クルップが倒れる。顔色はかなり悪い。だが構っている場合ではないようだ。

おれはバットを握り、焼け焦げ、黒い煙を上げる肉の塊を思いっきり叩いた。


 『ぐちゃぁッ!』


 硬い。肉の癖にあまりにも硬い。インド象のような印象さえ覚える。だが、おれはもう一度振るう、免田さんも拳を叩き込む。


 『ゴチャッ、ドチャッ、ガッ、バチャァッ!』


 内臓などない、小骨と筋肉の塊、こんなのは生物ではない。できの悪いつぎはぎの化け物。だがその黒焦げた肉の間に、一つ、赤々としてどくどくと脈打つ場違いな臓器が見えた。生きている心臓だ!


 「死ねっ!」


 おれはバットを振り下ろす。


 『ガッ』


 腕がおれのバットをすんでで止める。


 「UGAHHHHHHHHHHH!」


 もう片方の壊れかけた腕がおれの方へと伸びる。


 「させるかぁああああっ!」


 免田さんが腕のちぎれかけた部分に全力でストレートを叩き込む。


 『ベキッ! バキバキィッ!』


 奴の腕が拉げる。おれは奴の心臓に蹴りを入れる。


 「プチッ!」


 「UGHHHHHHHHHHHH!」


 軽い音で心臓がつぶれた後、奴は断末魔の叫びと共に倒れた。それと同時にこの地下室も崩れ、天井が降り落ちる。


 『ドゴオオオオオオオンン!』

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