第8話 白花、変わりだす

楽しい。

楽しい。

楽しい。

…。

それだけのはず。

…。


楽しい?


何か違う気がする。


×××


黒蜜さんはその日を境に学校へ復帰した。

別室で個人授業をするでもなく、普通にクラスに混ざって夏休みのまでの期間を過ごした。クラスメイトの心配する声や、教師のメンタルケアと言う名の取り調べがあった。

クラスメイトの声は次第に弱くなり、数日もすれば、皆無関心になっていた。

黒蜜さんは分け隔てなくクラスの人と話はできるが代わりに特別、中のいい人がいるわけでもないので、距離を詰めてくるひとはいなかった。数日もすればいつも通りの教室に戻り、黒蜜さんは置物状態だった。

幸か不幸か、休憩時間は毎回のように教師に呼ばれていた。ケアだとか、診断とか、相談とかいろいろ言い方があるのだろうが、そういうものに黒蜜さんは呼ばれ続けた。


×××



黒蜜さんが登校しだして三日目の朝。

いつものように黒蜜さんと朝食を取っているときに話を聞いてみた。

「先生と何をしているの。」と問うと

「まぁ、心配事ばかりだよ。授業内容はついていけるかとか、クラスメイトと仲良くできるかとか、家庭環境だとか、友人関係だとか…ストレスチェックもあったかな…とにかく教師が心配しているのがよくわかるくらい。」

髪染めが落ち始めプリンみたいな髪を触りながら答える。


黒蜜さんは何がきっかけで学校へ行こうと決めたのだろうか。

それになぜ学校へ行くのをやめたのだろうか。

謎は残る。だが、当初の目的は達成した。

正直、こうして黒蜜さんと朝ごはんを食べる必要性は無くなったのだが…。

習慣になってしまったのか、やめられないでいた。

もやもやする。

最近、そのもやもやがひどい。


「授業も大丈夫なんだ。」

私は何気ない顔で会話を続ける。ここ最近、さらに黒蜜さんとの仲は近づいたように思う。ため口というか、リラックスして話すことが増えた。

「まぁ一応…中学は学年トップだったし…勉強の仕方はマスターしてますからね。教科書と参考書を読めば…そこそこ理解はできるかな。」

「天才タイプだ。」

「違う。努力タイプと言って欲しいね。」

「確かにそうかも。」


何気ない会話。

楽しい。

だけど、もやもやする。

なぜ?


××


黒蜜さんが登校してからというもの、ずっと黒蜜さんと一緒だった。

朝も一緒。登校も一緒。クラスも一緒だから学校にいる間は常に一緒だ。

昼ご飯も一緒。帰りも一緒。黒蜜さんの家の前でわかれて私は一人で家に帰る。


それは大変うれしいことだ。帰り一人で帰るのがたまらなく寂しい。


ある日の放課後、少し話をしようと公園に誘われた。

誰もいない公園で使われずにいたブランコに座る。

「今日は珍しく雨降らなかったねぇ。」

「そろそろ梅雨明けかなぁ。」私はわざとらしく空を見上げる。

「今日はありがとうね。…いや、いつもか。」

「え、な、なに。」

「白花には感謝してるからさ。夏休み入る前にきちんとお礼を言っておきたくて。」

照れ隠しか、黒密さんは立ってブランコを揺らす。

「…。別に…私は…憧れだった黒蜜さんを…取り戻したくてやっただけだし…恩返しの意味を込めての…なんていうか自己満足…そう自己満足だから。」

「それでも、私は救われた。」


「…。」私は何も言えない。


「本当にうれしかった。初めて私のところに来てくれた時、やっぱりかっこいいなぁって思ったもん。」

「…かっこいい? 私が?」

思わず黒蜜さんの方を見る。黒蜜さんはブランコを止めて私の方を見ていた。キリっとした顔だ。夕日が黒蜜さんを照らす。赤くなった黒蜜さんはどこか照れてるよういも見える。

「そうだよ。かっこいい。」

「…。」

照れてるのは私の方だった。思わず足元を見る。照れていることが顔に出てそれでバレたら、恥ずかしくて死ねる。

足元を見ている私に向かって黒蜜さんは話を始める。


「私んち、家庭環境よくなかったんだよね。なんていうのかな…毒親っていうにはよく育ててくれたほうだから違うんだけど…荒れているていいうか、まぁ中学までは反面教師でこういう大人にはなるまいの精神でやってたんだよ。いわゆる厳しい親って奴。でも決定的に崩れたのは母の事故死。父親は酒漬けになって女遊びばかりするようになったの。まぁ今思えば寂しかったんだろうねぇ。父親も本当のところは分かってたんだと思う。馬鹿な事してるって。でもどうしようもなかったのも事実。あの人、あれで案外メンタル脆いみたいだし…。んで、喧嘩。結構殴られたなぁ。そういうのが何回もあるとさ、学校に行く気が無くなるっていうか…。それが母親が亡くなってから一年くらいたった後のこと。あざだらけだし、なんか面倒くさくなってさ。それで、今度は何で学校にいかないのかっていう理由で喧嘩。喧嘩の毎日。するとさ、なんか馬鹿らしくなって…こう、父親みたいな大人になるまいって思って頑張ってきたのに、結局は父親と喧嘩しているっていう…。ほら喧嘩は同じレベルでしか起きないっていうでしょ。それで思ったんだよね。ああ、私は本当はこういう荒れた部分がある人間なんだって。自分の嫌なところを見てしまったようなそういう気分にんって落ち込んだんだよねぇ。消えたいなぁと思って自傷行為をしようと思ったけど…そこまで病んでるわけでも覚悟があるわけでもないし…だから髪を染めたの。ほら

髪染めると髪の毛って痛むっていうじゃん? それもある意味自傷行為かなって。でもさ、髪を染めて鏡を見たらなんか違う自分に成れたような気がしてさ、楽になったというか…。父親とはその後も何回か喧嘩するんだけど、いつの間にかどっか行っちゃった。」


静かに私は黒蜜さんの話を聞いた。

彼女の目は少し涙ぐんでいた。

必死にこらえながら話す彼女を見て、なんとも言えない気持ちになる。

自身の気持ち整理がつかないままに、私の口は自然と動き出す。

視線は足元に戻る。


「最近、私楽しいんだ。感情を表に出すような性格じゃないから伝わらないかもだけど…めちゃくちゃ楽しい。きっと黒蜜さんとこうして長い時間一緒にいたのが…なんていうか、嬉しいんだと思う。黒蜜さんには中学の時、救われたことがあったでしょ…ああいう生き方って憧れるなぁと思ってたんだ。私は、あまり学校生活を満喫しようなんて思ってなくて、なんていうのかな通過点にすぎないというか…将来のための切符売り場…みたいな感じにしか思えなくて。そう考えた時に、成績優先で物事を考えていたんだよね。だからクラスと仲良くなろうという気はなかった。でも黒蜜さんとは、なんかうまくいくんじゃないかって最初に会った時から感じ出た。」


整理せずに思ったことを口に出す私は、自身が出した言葉に気付かされる。

そうか。

私は、そうだったんだ。


「憧れ…だった。そういう黒蜜さんみたいに要領よく生きていければいいなぁなんて思ってた。でも…私にはできそうもない。友達もいないし、そもそも友達と上手くいった試しがない。でも教室内で、楽しそうな黒蜜さんをみて―――」


「惹かれた」


私が言おうとしていた言葉を黒蜜さんが遮る。私の考えが分かっていたのか。

そう思い黒蜜さんの方を向く。

黒蜜さんも私を見た。


「私も白花に憧れていた。クールでかっこいいって思った。私とは違って物事を冷静に判断出来るし、感情を表に出さないってのは何もデメリットばかりじゃないよ。メリットだってある。その落ち着き、冷静さが頼もしくもあった。そんな白花をみて、私も白花に惹かれたんだと思う。そんな白花と仲良くなって…私、白花とだったら大丈夫かもって思った。だから…」


学校へ行った。そういうことだろう。


×××


私と黒蜜さんは見つめ合う。

生暖かい風がビュウと二人の間を通る。

変に静かな時間だった。おそらく数秒。

でも長く感じられた。


陽は地平線の中に潜った。






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