第6話 黒蜜の過去

次の日も、そのまた次の日も…一週間、一か月、白花は私と朝食をとるために通い続けた。

何を考えているのだろう。

…以前も白花に対して同じことを思ったことがある。

あれは確か中学一年の時か。


×××


入学早々、クラス内にはヒエラルキーが確立しつつあった。大きく分けると地味な子と派手な子とで男女ともに分かれていた。一番上に君臨するのは男女混合の派手なグループ。私の容姿は地味であれど、なぜかそのグループの中にいた。

後から知ることになるのだが、要は私の容姿を良く思う男子の策略と私を利用して楽をしたい女子たちの策略だった。

当時の私はそんなことも知らず、三つ編みの委員長キャラを演じながら(実際三つ編みだったし)分け隔てなくクラスに溶け込もうとしていた。

だが、心の中ではストレスが溜まていた。この状況はよくない。現状を変えたい。そう思うことがしばしばあった。そのたびにグループ内と対立しては私が妥協案や折衷案を出して場を収束させていた。

教師たちはもちろん頼りになるが、こういう子どもの深い部分までは関わろうとしないのが教師だと私は既に理解していた。給料以上の働きをする大人は稀だろう。

だから自身で解決してきた。

それにしても、本当に中学生は中学生らしい悩みしかないものだと今にしてみれば思う。確か、あいつとは話をするなだとか、女子の間でアイドル的存在の男子に勝手に話しかけてはだめだとか、嫌な仕事は全てそこら辺の男子に任せるだとかそんなものばっかりだ。男子も似たようなものだろう。いじめがなかっただけマシかもしれない。でもこんなんしょうもないとしか言いようがない。たった三年しか一緒にいない奴のいうことに神経をとがらせていたなんてばかばかしい。ああいう奴らは将来性格で苦労するんだろうなくらいに思っておけばいい。

今の私がそう思うのは白花のおかげでもある。


ある日、私のストレスが頂点に達した時、ポロリと目から涙が流れた。

ホームルームの時間だったので急に泣いた私に驚く教師とそれにつられて同様するクラスメイトを他所に私は目にゴミがなどと適当に理由を付けて教室を飛び出した。


一通りの少ない体育館裏に行くと先客がいた。

白花がいた。座って本を読読んでいるらしかった。私は驚きながらも他に人気のない場所など知らないのでどうすることも出来ず、白花からちょっと離れた場所に座る。


「どうしたの。」と白花。

「…。それはこっちのセリフ。どうしてここに?」

「…まぁ一人になりたかったから。」


一緒だ。そう思った。


しばらく無言が続いた。白花は本を読み終えたのか栞を一番後ろのページに挟む。

「黒蜜さんだっけ?」

「え、ええ。あなたは確か白花さん。」

「うん。一言いい?」

「え? うんいいけど。」

「…やっぱやめる。」と白花。すると読み終えた本を私に向ける。

そして「代わりにこれ上げる。」とだけ言ってその場を去った。


…きょとんとしたまま私は去っていく白花を見ることしか出来なかった。

何を考えているんだと理解不能の疑問と初めて話をする相手との高揚感に戸惑いつつ貰った本に目を向ける。

その本のタイトルは『自分本位』。


のちにこの本は私の愛読書となる。


×××



その後、白花はなぜか窓を割った犯人に仕立て上げられていたところを私は不愉快に感じいてもたってもいられず、抗議しにいったところから白花との関係は少し進んだように思う。


これは私の勝手な解釈だが、白花があの時私に本を渡したのは自分本位に生きてもいいじゃんと問いかけてきたように思う。本の内容も主人公が自分本位に生きてみたら人生うまく行きだした…みたいな内容だし。

じゃあ白花はどうなんだろうと白花を気に掛けだしたのはその本を読み終えた辺りだった。白花はというと穏便にことを進めようとするタイプらしく自分本位というよりは他人に流されやすいタイプだった。全然自分本位じゃない。

個人的に白花はどこか手を抜いている風に見えなくもない。それなりにクラス内に溶け込み、好きなものは好きだと、嫌なものは嫌だと言う。一方で荒波をたてずにじっと我慢するときもある。



ある日聞いてみた。「クラスメイトに自分本位にならないのか」と。するとこう返ってきた。

「所詮、このクラスメイトなんて全員と仲良くする必要はないし、する気もない。人生の中で大切な友人に会うのはものの数人。むしろ会えるかどうか。もちろん関係値…年月も関係するだろうけど、少なくとも私はこのクラスで仲良くなろうとする気は今のところない。本心を見せる必要もない。だから適当に相手をしている。」

それが手を抜いているように見えるのだろうとそういうのだった。


かっこいいと思った。クールな子だ。エリートみたいだ。

じゃあ私と話しているのもそういうことなのか。と聞くと


「この中じゃ一番話しやすいのは確かだよ」と返ってきた。


私は自然に笑みがこぼれた。



×××



とまぁ中学時代から変に捻くれた子だったが、捻くれすぎてどうにかしてしまったのではないかと言うぐらい白花はあのころから変わりがなかった。

クールでかわいい、目立たない女の子。

私は彼女をエリート級の身体能力があるんだろうなと勝手に思っているのだが、そう思わせるぐらいに、意味深な雰囲気がある子だ。



一か月一緒に食事をとって私は楽しかった。

それと同時に申し訳なさを感じていた。


なんとかしなくちゃいけないよな。

そう思いながら前に進むことが出来ないでいた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る