勇者

 エーファが食事を持ってきてくれるとユナは大急ぎで料理を口に運んでいた。



「誰も取らんからゆっくり食うと良いぞ」

「ふぁい」



 既に頬一杯に料理を頬張りながら言ったところで説得力は皆無である。



 ――それにしても勇者……か。



 黒幕であるカステーン大公爵と戦う上で勇者は最大の戦力になる。

 原作だと彼を倒すのは勇者の役目なのだから。


 ただ、問題はユナの装備である。

 木の棒を持っていた、ということは旅を初めてすぐということになる。


 おそらくレベルは1。

 今のままでは普通にその辺の魔物にも負けるだろう。


 でも将来性を考えるならこの領地にいてくれた方が助かるのだが――。


 クルトは食事をしているユナを見る。

 どこからどう見ても黒幕の謎を暴き、魔王を倒すようには見えない。


 もしかすると勇者は複数居るのかも知れない。



「はぁー、おいしかったよー。ありがとー」

「いや、気にするな。それよりも聞きたいことがあるのだがいいか?」

「もちろんだよ。一宿一飯の恩はしっかり返すよ」



――いや、誰もまだ泊めるとは言ってないのだが?



 ただ、こんな風が吹けば倒れそうな勇者を放置するわけにもいかない。結局泊めることになりそうだった。



「そうか。それなら勇者のことを教えてもらっても良いか?」



 自分が知っているゲームの情報と齟齬があるかも知れない。

 そこを確認する意味合いでもユナに確認をする。



「んーっ、そうだね。私もよくわからないんだよね。突然教会から呼び出されて『あなたが勇者さまです』って言われたんだ」



 勇者を指定するのは国王ではなく、教会のようだった。



「教会……ということはそれを言ったのは聖女か?」

「そうだよ」

「そうか……」



 それならイルマも呼んだ方がもっと詳しく勇者のことがわかるかもしれない。



「この領地にもちょうど聖女見習いがいるんだ。呼んでもいいか?」

「もちろんだよ」



 エーファに頼んでイルマを呼んできてもらう。

 その間に更に詳しく勇者について聞くことにする。



「そもそもその装備が勇者の証ってどういうことだ? ただの木の棒だろ?」

「そんなことないよ!? これは私が勇者に任命されたあと、国王様が直々にくれたものなんだよ? 勇者にふさわしい武器だって。そのあと、近くに居た大臣さんから勇者らしい行動を色々と教えてもらったんだ。お金を稼ぐにはツボやタルとかタンスを漁るってこともそのときに教わったんだよ」

「他になにか頼まれたんじゃないのか? 魔族を倒せとか魔王と戦えとか」

「なんか『この王国を救って欲しい』って言われた気がするかも? でも、日々の生活でいっぱいいっぱいだからそこまで考えられないよ」



 確かに食べていくことすら困難な状況なのだから仕方ないだろう。

 そもそもそんな状況で送り出す国王が信じられないほどだった。



「そんな危険な依頼をしておいて金はくれなかったのか?」

「一応前金として銀貨一枚はくれたよ?」



――子供のお小遣いか!!



 思わずクルトは叫びたくなる。

 それと同時によくそんな依頼を受けたな、と思えてしまう。



「……勇者なんてやめたらどうだ?」

「ううん、それでも誰かが助けを求めるのなら頑張るよ」

「でも、そのせいで食えないのなら続けられないだろ?」

「そ、それはそうだけど……」

「それならこの領地で働かないか? 色々とあって今人手が欲しいところなんだ」



 中抜きがあったわけだから詳しくどのような人間か調べてから雇うべきなのだが、この勇者に関しては人を騙せるような性格をしていない。


 むしろ既に色々と騙されていて心配になるほどだった。

 特に国を救えって頼みながら碌な装備を渡さないところとか、ゲームだと違和感を感じなかったが、実際にされているところを見るとおかしいところだらけに見えた。



「えっ、いいの!? あっ、でも私、不器用で……」

「そこはやれる仕事を任せるつもりだ」

「うん、それなら頑張るよ!」



 ユナは手を握りしめ、気合いを入れていた。




◇◇◇




「クルト様。イルマ様を呼んできました」

「ボクに何か用なの?」

「少し聞きたいことができたんだ。勇者と聖女の関係についてだが……」

「あー……、一応内緒にしないといけないことなんだよ? どうして聞きたいの?」

「実はこいつが勇者らしくて、どういう仕事ができるか知りたくてな。勇者認定に判断基準があるなら参考になるかと思ったんだ」

「そういうことなんだ。でも残念だね。勇者の認定基準は聖女の勘だから。それに聖女一人につき一年に一回任命するんだよ。大体の子が生きて帰れないからね」



 かなり黒い話のようだった。

 それを聞いたユナは顔を青ざめている。



「勘、ということは何の力も持っていない可能性もあるんだな?」

「むしろその方が多いよ。鑑定能力を持っている聖女なんてほとんどいないから、たいてい街ですれ違ったから、とかそんな感じかな」



 衝撃の事実であった。

 それならユナは戦力としては数えられないかも知れない。



「あ、あの、あなたはいったい?」



 ユナは弱々しい声で聞いてくる。

 するとイルマは腰に手を当てて偉ぶって言う。


 ただ、その様子は偉ぶる妹と仕方なく付き合う姉のようだった。



「ボクは希代の天才錬金術師……」

「爆発聖女だ」

「って、変な称号をつけるなー!」



 クルトに向けて両手を回して抵抗する。



「爆発聖女様というんだね。とても良い名前だよ」

「……ねぇ、この子、本当に大丈夫なの?」



 イルマが怪訝そうな表情を見せる。



「むしろ騙されやすくて心配だな」

「あー……、そういうことなんだ。確かに何をしでかすかわからないもんね」



 それをお前が言うな。と言いたくなるのをクルトはグッとこらえるのだった――。

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