第58話 襲来




 夜、部屋の電気は豆電球だけにして、玲と二人で横になっていた。


 玲のほうが先に寝るということは今までなかったから(起きるのが遅いということはあったが)、今日も同様に彼女の存在を隣に感じながら意識を落とそうとしていると、


“薫くんは、本当に私で良かったんですか?”


 前触れなく、玲がそんなことを言ってきた。


 急にどうしたんだ? 結婚の話を聞いたから、彼女も先のことを思い浮かべて不安になったりしたんだろうか? いや……もしかすると、玲はずっと不安を抱えていて、それがあふれてしまったのかもしれないな。


 無理もない、なにしろ生者と死者の恋だ。


「おう、俺は玲が良いんだ」


“んふふ、そうですか”


 俺の言葉を受けて、玲は安心した様子で笑う。俺の腕の上に置いた頭の位置を調整してから、再度口を開いた。


“でもまさか、死んだあとに好きな人ができるとは思ってもみませんでした。人生ってわからないもんですね”


「そうだなぁ……人生が終わってからも、色々あるもんだ」


 交通事故で他界し、天国に行きたくてもいけないという状況に陥った彼女は、数年を経て俺に見つかった――俺を見つけた。彼女にとって、それが幸運であればいいなと思う。


 天井の電球を見つめていた視線を動かして、玲を見る。彼女は暗闇の中、俺の顔をじっと見つめていたようで、すぐに目が合った。


「それにしても、面白いよな」


 そう言って笑いながら、玲の頬を摘まむ。彼女はムニムニとされるがままの状態で、“何がですか?”と疑問を口にした。


「玲ってさ、もうかなり幸せそうだろ? 普通の霊なら成仏してそうな顔をしてるんだけど、まったくその気配はないし」


“そりゃお嫁さんになってからが本番ですから! 老後まで健やかに暮らすんです! まだスタートラインに立ったばかりぐらいですよ!”


「いったい最後にはどんな顔をしてるんだろうなぁ」


“んふふ~、それは最後まで一緒にいてくれた人へのご褒美ですので、内緒です!”


 最後まで一緒に――か。どちらかというと、それは俺のセリフのような気がするなぁ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「聞いてないんだけど」


「言ってないもの」


「言ってないからな」


 とある日の休日、我が家に見知った二名の男女がやってきた。

 オトン&オカンである。


 いったい何しに来たんだこの人たち? というか来るなら一報ぐらい入れてくれよ。俺が外出してたらいったいどうするつもりだったんだ。


「まったく……次からはちゃんと電話なりメールなりしてくれよ? 俺だってずっと家にいるわけじゃないんだから」


 まぁ外出する機会は少ないんですけどね……友達っていう友達いないし。


「安心しろ薫。今日お前が家にいることはリサーチ済みだ」


「どこ情報だよ」


「大家さん情報だ」


「そこ繋がりあったの!?」


 息子がお世話になるアパートの大家だからひっそり連絡とっていたのだろうか? 栞さん、そんなこと一言も言ってなかったんだけどな……。


“ふ、ふつつかものですが、なにとぞよろしくお願いします!”


 俺の隣では、がちがちに身体を緊張させた玲が二人に勢いよく頭を下げていた。当然、俺の両親には見えていない。


 とりあえず、後半部分のみ通訳をしておくことに。


「玲が『よろしくお願いします』だってさ。とりあえずあがりなよ」


「あら、玲ちゃんもいたのね。薫の母です、気軽に『お義母さん』って呼んでね」


「では私は『お義父さん』だな」


「やめろや」


 俺の抗議には耳を傾けず、二人は靴を脱いでリビングへ向かった。


 そして二人は「あら、綺麗にしてるじゃない」とか、「前も思ったが、広いな」なんて言いながら家の中を見て回り始める。あんまりじろじろ観察しないでほしいんですが。


「悪いな、玲。正直俺もまだ頭が追いついてない――いくらなんでも急すぎる」


“いえ! とんでもないでございます!”


「口調おかしなことになってるぞ? 別に、玲の姿とか声は見えないし聞こえないんだから、緊張することないと思うけどな」


“だ、だって薫くんのご両親ですよ! これってアレですよね!? 結婚のご挨拶ってことですよね!?”


 いや違うだろ。だって俺はこの二人に玲と結婚したいということはまだ話していないのだ。それは玲も知っているはずだけど、どうやら彼女は唐突な俺の両親の来訪で頭がバグってしまっているらしい。


「ただの気まぐれだよ。オトンもオカンも、基本自由人だし」


 自由気ままというかおおらかというか……まぁこんな性格だから、あっさり幽霊の存在も受け入れてしまっているのだろうけど。最初に二人に伝えたときも、俺の言葉を一切疑ったりしなかったもんなぁ。


 玲の緊張をほぐすべく、「大丈夫大丈夫」と声を掛けていると、オカンが「そういえば薫―?」と声を掛けてきた。


「んー? なにー?」


 声のしたキッチンに目を向けながら返事をすると、いたって普段通りの表情を浮かべたオカンがいた。『今日の夜ってなんのテレビがあったかしらー』みたいな、普通の顔。


「玲ちゃんとの結婚って、高校を卒業したらするつもりなの?」


「…………ん?」


 いったいいつの間に、そこまで話が進んでるんですか?



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