第43話 寝起きからの……



 翌朝。


「……起きてんのか?」


 目が覚めると、寝る前と同じ状態で玲が俺の胸に乗っかっていた。自分の寝相の良さにビックリである。というか、玲のやつ、まさかこのまま俺の上で寝たんじゃないだろうな?


 そんなことを考えながら、俺の胸の上ですぅすぅと規則正しい寝息を立てている玲を見ていると、


“ん……んぅ、アレ? カオルサン? モシカシテワタシ、ネチャッテマシター?”


 大根役者も驚愕するような棒読みを披露してくれた。


「なんだそのへたくそな演技は」


“へ、へた!? じゃなくて、べ、別に演技とかじゃないですもん!”


 俺の胸から起き上がった玲は、ふよふよと浮かび上がってベッドの横に降り立つ。

 俺も寝ぼけたままではあるがすぐに体を起こして、ベッドに腰掛けるようにして座った。


「それで、あのまま寝たのか?」


“そ、ソウデスネー。ネチャッタミタイデス”


「――ふわぁあぁ……なるほどねぇ」


 必死に隠そうとしているようだが、どうやら彼女は俺と一緒に眠りたかったらしい。


 玲は俺に少しだけ惚れているという話だったし――いやでも、一緒に寝るって結構好きじゃないと無理じゃないか? それとも俺が純情すぎるだけ?


 大学生なんかになると、そういう関係もあったりすると聞くし……いやいや、でも玲は、そんなに軽い女子じゃないと思う――思いたい。


 俺の中で一緒に寝るという行為は、唇へのキスと同じぐらい重いものだ。それが世間的に正しいのかどうかは、わからないけども。


「玲ってさ、俺のこと好きになったの?」


“ま、まぁまぁぐらいですかねぇ~”


 彼女は器用にピーっと口笛を吹きながら、俺から顔をそむける。こらこら逃げるんじゃない。


「玲はまぁまぁ好きだったら、男のベッドで寝てもいいの?」


 正直、頭があまり回っていなかった。普段だったこんなこと聞かないのだけど、口を制御する脳がまだ全力で仕事をしてくれていなかった。


“う……そ、そんなことしないですよ。け、結構――じゃなくて、いや、えぇっと……そう! 如月屋のプリンぐらい好きです! 私、如月屋のプリンとなら寝れますから!”


 なんでおやつと寝る話になってんだよ。


「ぐちゃぐちゃになりそうだからやめとけよ……」


 呆れながらそう言うと、彼女は“うぅ”と唇を震わせながらうなった。


 それから、なんだか気まずい沈黙が訪れる。ここにきて、ようやく自分が『変なことを言ってしまった』ということに気付いた。


 すぐに謝ろう――そう思って口を動かそうとしたけれど、玲のほうがほんの少しだけ早かった。


 いつの間にか、彼女の顔は真っ赤に染まっており――、


“わ、私も薫さんのことが好きです! で、でもですね! まだ恋人です! 結婚への道のりはまだまだ長いのです! だ、だからですね、まだ私よりも薫さんの愛のほうが大きいような気がしなくもない気もするような感じがしなくもないので、これからも頑張ってください!”


 そんな言葉を、早口で言った。


「お、おう? ん? いまもしかして、俺告白された?」


 薫さんのことが好きですって言ってたよな? 恋人とか言ってたよな?


“さ、先に告白したのは薫さんですから! こ、これは回答みたいなものです!”


 ぐいっと俺に詰め寄るように近づいて、玲が言う。顔は赤く、だけど視線はいつものようにそらさなかった。


「……なるほど?」


 こうして、俺は人生初めての恋人ができたのだった。

 幽霊だけど、誰にも文句は言わせねぇぞ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 さて、恋人とはなんだろう。


 登校中も、授業中も、俺はそんな思春期真っ只中のことを考えていた。


 男女で仲良くしているクラスメイトを見てもいままではなんとも思わなかったけれど、あいつらももしかしたらカップルなんじゃないだろうか――そんなことを考え出すようになった。


 ハグはたぶん、してもいいんだよな。


 いままではポイントを消費して――という形では抱きしめていたけれど、単純にお互いの好意を示してのハグはしたことがない。


 いやしかし、玲が俺を好きになったのがいつなのか次第だな、それは。


 だけどなぁ……ポイント云々の話を抜きに、単純に『玲が好きだから』という気持ちだけで行動に移すとなると、ちょっと恥ずかしい気もする。


 マッサージはさておき、膝枕とかほっぺにキスとか、照れてしまって冷静になれそうにない。いったい俺は、どうしたらいいんだ。


「なぁ、どう思う?」


「どう思うって言われても……好きなだけキスでもハグでもしたらいいんじゃないかしら? 玲お姉ちゃんがポイントとか言い出したのって、たぶん恥ずかしいからだと思うし」


「そうなんだろうか……恋愛って難しいな」


「市之瀬くんが難しく考え過ぎてるだけだと思うわよ――ま、私はそういう話を聞くのが好きだから、これからもどんどん相談してほしいわね」


 アパートに向かって帰宅しながら、優と話す。


 途中までは彩も一緒だったけど、今は二人だけだ。話す内容は三人の時も二人の時も、玲の話ばかり。優にだけは、玲が俺の恋人になったことを伝えており、そのことは怜にも今朝のうちに言っておいた。


「女子ってこういう恋バナ?みたいなやつ好きらしいな」


「えぇ、そうね。みんなとは言わないけど、好きな子が多いんじゃない?」


 だとしたら、立花さんや如月さんにも問い詰められそうだなぁ……。



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