第37話 盛大なフラグ




 放課後の空き教室では、俺の隣人でありクラスメイトでもある御影優、そして、彼女の友人の鳥居彩さんが椅子に座っていた。そして俺も話があるということで、この教室に入室したわけだが、ちょっと鳥居さんの様子がおかしい。


「え? な、なに? もしかして、そういう系?」


 わたわたと慌てた様子で俺と優を交互に見る鳥居さん。彼女の背後を漂っている母親はというと、“あらあら、彩にもようやく春がきたかしら?”なんてのんきなことを言っている。


 違う違う、そうじゃない。俺の春は玲で満たされているんだから。いや、春だけじゃなくて、夏も秋も冬も、怜で満たしてしまいたいんだから。


「実は俺、好きな人がいるんだ」


 彼女に幽霊のことを説明するよりも前に、いま俺が置かれている現状を説明しようとした。そもそも彼女に依頼する理由が、俺の好きな人のために一肌脱いでほしいということなのだから。


「あぅえ!? い、いま!? 優の目の前で言うの!?」


 ん? なんか鳥居さん、俺が告白するとか思ってないか?


 鳥居さんは顔を徐々に赤くしながら、優に「どういうこと!? どういうことなの!?」と肩を掴んで揺さぶっている。なんとなく、玲と似た性格っぽい感じだな。


 まぁ玲は世界一だから、比べるのはやめておこう。


「変な勘違いをしてそうだけど、俺の好きな人は鳥居さんでもないし、優でもないからな? 実は鳥居さんに、協力してほしいことがあって呼んだんだ。ちゃんとお礼もできると思う」


 お礼というのは、つまり死者との対話。普通はお金を払ってもできることじゃないから、対価としては十分だと思う。たぶん。


 俺がそう言うと、鳥居さんは「あれ? そうなの?」と少し落ち着きを取り戻した。


「私からもお願いよ、彩。市之瀬くんの話を聞いてあげて」


「う、うん。別にいいけど、変なことじゃないよね? ストリップショーしてとか言われたらさすがに無理なんだけど」


「言わねぇよ……好きな人がいるって言っただろうが」


 ため息交じりにそう言うと、鳥居さんは「ごめんごめん」と笑った。冗談だったらしい。


 俺は少し間を開けてから、不思議そうに俺を観察している鳥居さんのお母さんに目を向ける。目を合わせてから、再び鳥居さんを見た。


「え? なに?」


 俺の視線が気になったのか、鳥居さんはちらっと首を回して後ろを見る。もちろん、彼女の目には人の姿は映っていないだろう。首を傾けるだけだった。お母さんのほうも、同様に首を傾げていた。


「鳥居さんはさ、幽霊っていると思うか?」


 俺がそう言うと、彼女は力が抜けたようにぽかんと口を開ける。三秒ほど経ってから、再起動した。表情は困惑である。


「え、えっと。私そういうの信じないタイプだから……なんかごめんね? 霊感が強い人とかも、なんかうさん臭く思えちゃうし。もしかして、オカルト系の話かな? だったら、私は力になれないと思うんだけど」


 鳥居さんは俺に向かってそう言ったのち、優に目を向けて「なんで私を呼んだの?」と問いかけていた。


 優はというと、鳥居さんの疑問には答えずに俺に無言で視線を送っている。本題を話したら? ということだろうか。


「俺はさ、幽霊が見えるんだよ。それで俺の好きな人はもう亡くなってて――いわゆる幽霊なんだけど、そいつがさ、幽霊が怖いらしくて敷地から出られないんだよな。だから、幽霊がくっついている人をこっちに呼んで、慣れてもらいたいんだ。まぁつまり、鳥居さんにうちに来て欲しいってことだ」


 彼女には何も明かさず、アパートに連れてくるという方法もあった。


 だけどそれだと俺が間に入って会話を取り持つことも難しいし、他にも俺の都合で協力してもらうのだからとか、優の友人だからとか、クラスに理解者がいると助かるとか、まぁ様々な理由でこちらの手法を選んだ。


 多少のリスクはあるけど、優によると彼女は口が堅いらしいし。

 俺の話を聞いた鳥居さんは、眉間をもむようにしながらうなった。


「あー……市之瀬くんは幽霊が見えて、私には幽霊がくっついているから、呼び出したと――これをいきなり信じろって言われてもさ、無理があるんじゃない? 嘘つき呼ばわりはしないけどさ、信じるのも難しいよ」


 彼女はそう言って、うんざりしたような表情を浮かべる。まぁオカルト系信じてないって優も言っていたし、当然の反応か。


“えっと、市之瀬さん、ですよね? 本当に私が見えているのですか?”


 しかし鳥居さんの背後にいる母親は、真剣な表情で俺を見ていた。


「ええ、はっきりと見えていますよ。だからちょっと彼女に信じてもらうために、協力してもらえませんか? 報酬は、娘との対話の通訳で」


“――っ! も、もちろんです! なんでもおっしゃってください!”


「ありがとうございます」


 母親から色よい返事をもらったことに満足していると、鳥居さんがいつの間にか俺を睨んでいた。表情は、かなり険しい。


「……市之瀬くん? 悪ふざけだったら本当に怒るからね?」


「おう、好きなだけ怒ってくれて構わないぞ。悪ふざけだったらな」


「あっそ――じゃあいい。そこまで言うなら私を信じさせてみてよ。本当にあんたが幽霊を見ることができて、お母さんと話せるって言うなら、土下座でもするし脱げと言われたら脱ぐし、奴隷にでもなってやる。だけど、心霊写真だとか、科学で説明がつくようなものだと、私は信じないから」


 親の仇でも見るような視線を俺に向けながら、鳥居さんが言う。


 優は「あーあ、私知らないわよ」と苦笑しながら言っており、彼女の母親は“そういう趣味でもあるのかしら?”と娘を心配そうに見ていた。


 そういえばさっきもストリップショーとか言ってたな……いや、脱がさないけどね?



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