第23話 幽霊とハッピーエンドはないと思った?


~~作者まえがき~~


もし私が読者なら「さっさと未練言えや」ってなりそうなので、二話一緒にまとめました。


~~~~~~~~~~



 玲本人すらわかっていない未練を、彼女の元同級生だった二人は予想がついていると言う。


 たしかに高校生という年代だと、家族よりも友人とかのほうがプライバシー関連のことは詳しいかもしれないな。俺は友達がいないからそこのところ微妙だけど。


 まぁそれはおいといて。


 もしかしたら玲は、自分自身の未練がわかっており、それを俺に言いたくなかっただけなのではないか――皆に隠して、一人で解決しようとしているのではないか。

 そう思って、こたつの前に座りなおしている玲に目を向けて見ると、


“ほ、本当にわかるの!? なになになにっ!?”


 わかっていなさそうだった。うーん、これが玲だよなぁ……ポンコツ!

 しかし彼女たちがそれに気づいているというのなら、逆にわからなくなることがある。


「それは……どうして言わなかったんですか? 集まったときとか、言うタイミングはいくらでもあったと思いますし。やっぱり、玲に成仏してほしくなかった――とかでしょうか?」


 あの日関係者で集まったとき、たしかに『玲は成仏したほうがいいのか』みたいな話題にはなったけれど、彼女たち二人は、願いを叶えてあげたいというスタンスだったと記憶している。


 成仏したほうがいいと思っているのに、玲に伝えないというのは意味がわからない。


「違うですよ。私も、もかも、玲には幸せになって天国に行ってほしいと思ってるです。寂しい気持ちはありますが、それが本来あるべき形だと思うですから」


 如月さんは、それが真意であるということを声色で説明しているような感じだった。立花さんも、腕を組み隣でうんうんと頷いている。


 だけどなぜだろう……彼女たち、口ではこう言っているけれど、あまり寂しそうには見えないんだよな。もう心の整理ができてしまっているのだろうか?


 混乱しながら如月さんの言葉を待っていると、今度は立花さんが口を開いた。


「正直さ、私たちはどうしたらいいのかわからないんだよね。もしかしたら、玲以外のみんなは、もう薄々玲の未練に気づいているかもしれない。気付いていて、言わないだけなのかもしれないんだよ」


 いったんそこで言葉を区切り、彼女は深呼吸をしてから、再び口を開く。


「そしてこれを玲に伝えるべきか、そして何よりも、市之瀬くんに伝えるべきか、私たちはいまでも迷ってる」


 ……ん? 俺に伝えるべきかどうかって、関係あるのか?

 俺が勝手に玲を成仏させたら困る、とかじゃないよなぁ。だって立花さんたちは、玲がきちんと天国に行くことを望んでいるわけだし。


 玲に目を向けて見ると、ちょうど彼女もこちらを向いた。そして俺と一緒に、首を傾げる。


 だよな? 意味がわからないよな?


「なんていうかさ、玲の未練は一種の呪いみたいなものだと思うんだよね、私。市之瀬くんは、それを聞いたらもう後戻りはできない。そして玲もきっと、いままで通りじゃいられない」


「市之瀬くんは、玲の呪いを背負う覚悟があるですか?」


 二人は神妙な面持ちで、俺の目を見つめてくる。へらへらと笑えるような雰囲気ではなかった。


 いったいどういう意味なんだ? 未練が呪い? そんなの一度も聞いたことないぞ。


 だいたい、負の未練を抱えた幽霊は悪霊化するものだ。しかし、玲にはその兆候が一切ない。いくら玲の親友だからといって呪いだなんて言われても、にわかには信じがたい。


 こと幽霊に関してならば、彼女たちよりも俺のほうが詳しいのだから。


「呪い……ですか」


 もしかしたら、彼女たちは玲の未練を見誤っているのではないだろうか、とも思う。呪いになるような未練を抱えた幽霊が、こんなに元気でポジティブなはずがないのだ。


 陰鬱として、見ているだけで気力を奪われていくような雰囲気を持っているはずなのだ。


 しかしこの底抜けに明るい玲が、復讐したいだとか、だれかを不幸にしたいだとか、そんな未練を抱えているとは思えない。


“えぇ? 私、市之瀬さんを呪うつもりとかないですよ? というか呪うのってどうやればできるんですかね? なんか不思議パワーみたいな感じですか?”


 この調子だぞ? 暢気にもほどがあるだろ。「そういうのじゃないから」と玲には軽い返事をしておいた。


「もっと時間をかけて――とも思ったですが、市之瀬くんはそろそろ学校が始まりますし、いずれこのアパートを出ることになると思うです。だから正直、これはギャンブルなのだと思うです。玲がきちんと成仏できるか、それとも悪霊になってしまうのか」


 如月さんは、淡々と俺に言い聞かせるように話す。


「すべては市之瀬さん次第です。だから、選んで欲しいです。聞くか、聞かないか」


 彼女はその後に、玲も選ぶですよ、と彼女がいる方向を見ながら口にした。少し視点はずれているけれど、きちんと彼女がそこにいると信じて、話しかけていた。


 なんで二人はこんなに回りくどい言い方をするのだろうか。

 まぁ聞いた時点で後戻りはできないらしいから、勘づかれないようにしているんだろうが……やっぱりわからないな。


“い、市之瀬さん? そんなに難しい顔をしなくても、断っちゃって大丈夫ですよ? なんか重たそうな話ですし、私、市之瀬さんにあまり迷惑はかけたくないですから。あっ、私だけ聞いておきましょうか? ほら、それなら私は成仏に向かって前進できますし、市之瀬さんは呪いみたいなのとか気にしないでいいですし”


 彼女は笑いながらそんなことを言ってくる。だけど心の底からは笑えていない、そんな雰囲気がひしひしと伝わってくる。


 きっと彼女も、俺と一緒でわかってしまったのだろう。如月さんの話し方で、この未練がどういうものなのか。


 玲だけが聞いて、解決する問題ではないということを。俺が聞かなけば、意味がないということを――理解してしまったのだろう。


「んー……」


 腕を組み、眉間にしわをよせて考える。いったい玲の未練は、どんなものなのかと。

 呪いというのであれば、体を蝕まれたり、自由を拘束されたりするのだろうか。


 例えばその未練は非常に困難なもので、俺が一緒に身を粉にして協力しないといけない――そんな内容だったりするのだろうか? そして長い年月がかかったりするようなものなのだろうか?


 なるほど。もしそうだとしたら、たしかにそれは一種の呪いかもしれない。


 ――だが、


「別にいいかな」


 俺は苦笑して、そう呟いた。するとすぐに、立花さんが「聞かなくてもいいってこと?」と問いただしてくる。俺はまた苦笑いを浮かべて、首を横に振った。


「聞きますよ。まぁ呪いみたいなのに侵されたとしても、死にさえしなきゃオトンもオカンも何も言わないでしょうし。こう見えても俺、三回死にかけてますからね」


 生きてりゃなんとかなるでしょう――そう付け加えた。


“市之瀬さん、本気ですか? さっきもかが、後戻りはできないって言ってましたよ? 別に私なんかに付き合わなくても――”


「いいんだよ。礼がしたいって言うならあとで肩もみでもしてくれ。あれなかなか気持ちよかったから」


“それぐらいならいくらでもしますけど……無理してませんか?”


「してねぇよ。俺は門戸を大きく広げてないが、ここまで懐に入れておいて『じゃあさようなら』っていうほど薄情じゃないつもりだぞ」


 辛辣とかは言われたりするけど。それとは別だし。


“あぅ……じゃ、じゃあ一緒に聞いてくれますか? 呪いとか言ってたし、ひとりで聞くのはやっぱりちょっと怖くて、心細くて……ごめんなさい”


「お前は怖がりだからなぁ」


 笑いながら玲との会話を終えて、俺の独り言に見えるであろうやりとりを見守ってくれていた二人に目を向ける。そして俺は「聞きます」と頷いた。


「じゃあ言うですよ」


如月さんの重々しい言葉に、俺と玲はそれぞれ「はい」“うん”と返事をした。




「――玲の未練は、『素敵なお嫁さんになって、毎日ラブラブで過ごして、一緒に最期の時を迎えたい』です。小学校の文集にも書いてるですし、中学の時もいつも言ってたですし、恥ずかし気もなく言いふらしていたので、当時の同級生だったらみんな知ってることですよ」




 空気が凍った気がした。


「………………お、おま、お前、マジかよ」


 一瞬自分の耳を疑ったぞ? 幻聴かと思ったわ。


“――た、たしかにそれは常々思ってましたけど! なんなら今でも思ってますけど! そんなのが未練だなんてありえないじゃないですか!? 私幽霊なんですよ!? お嫁さんになれないことが未練で成仏できないとかバカまるだしじゃないですか!? 選択肢から早々に除外してましたよっ!”


 いやほんとにね。

 だけど幸いなことに、バカだからこそ悪霊にならなかったというべきか……。


 絶対に不可能だとわかる未練を抱えたら、普通は悪霊化する。


 心のどこかで玲は『ワンチャンあるかも!』とか思っていたんだろうなぁ。実際俺が来てワンチャンあったから、なんとも反論しづらいところではあるが。


 しかし……なるほどね。『呪い』とはよくいったものだ。


「あー……そうかぁ」


 彼女はこのアパートに固執しているというより、新婚生活に固執していたのだろう。そして彼女が考えるお嫁さん生活は、新婚旅行とかではなくすべて家の中のものだったと。


 アパートとはいえここが彼女にとっての家だし、交通事故にあったのもこの目の前だったらしいしな。


 思い返せば、俺が来たばかりの時に『おかえりなさい、あ・な・た』とか言ってたし、『もうお嫁にいけない』だとか『お風呂にする? ご飯にする? それともわ・た・し?』みたいなことも言っていた。


 最初聞いた時は『嘘だろ!?』と思ったけど、納得することばかりである。

 料理が上手なのもきっと……、


「あのさぁ玲、一応聞いておくけど、なんで料理上手くなったの……?」


 俺がジト目を向けながらそう聞くと、顔を真っ赤にしている彼女は弱弱しい声で答える。


“は、花嫁修業のつもりで……”


 だろうね。そうだと思ったよ。むしろそれしかないと思ったよ。

 パズルがカチカチと綺麗にはまっていく。出来上がったのは大きな『お嫁さん』という文字だ。


「なるほどなぁ」


 しかしこうなると、彼女が成仏するためにはこの未練を叶えなければいけない。

 そしてそれを成し遂げられそうな人物は、おそらく俺ぐらいなものだろう。無理やり除霊するという選択肢もあるけれど、それはしたくない。


 なんだかんだ言って、俺は玲を大切に――いや、好きになってしまっているから。

 だとすれば、やることはあと一つだけ。


 玲に俺のことを好きになってもらうということだ。


「悪いけど玲、ちょっと席を外してくれ、二人に話があるから」


“ふぇっ? は、はい! ちなみに、な、なにを話すんですか?”


「そのうち教えるから。ほらいったいった、五分後に戻ってこい」


 ハエを払うようにシッシと玲を追いやる。彼女は唇をとがらせて不満そうにしながらも、ふよふよと天井を貫通して俺の部屋に向かっていった。聞き分けのいい子である。


 俺はずっと黙ってこちらを見ていた如月さんたちに、まずは頭を下げた。


「教えてくれてありがとうございました。ちなみにこれ、俺にとっては別に呪いって感じでもないですよ」


 顔が熱くなるのを感じながらそう言うと、二人はそろってニヤニヤとした顔つきになる。


「ふふ、それは、つまりそういうことなのかね市之瀬くん?」


「市之瀬くんと玲のやりとりの様子を聞いてそうだとは思っていましたが、予想が当たってほっとしたです」


 おそらく、いま俺の顔は真っ赤になっているんだろう。暗に、『俺は玲のことが好きになりました』と言っているようなものなのだから。直接的な表現は、恥ずかしいから言わないが。


「俺、恋愛とか経験なくてわからないんですけど、なんとか玲に好きになってもらうように頑張りたいと思います。だから、もしよかったら……玲と親しいお二人には助言とかもらえたら嬉しいなと」


 頬をポリポリと掻きながら言うと、二人はなぜかぽかんとした表情になった。

 顔を少し前に出して、口は力が抜けたようにぱかりと開いた。


「? 何を言ってるですか。玲はすでに――んがぁ」


「あははっ! そうだね! お姉さんたちが市之瀬くんを応援するよ! 一緒に玲を落とすために頑張ろうね市之瀬くん!」


「?? は、はい。ありがとうございます?」


 最後なぜか如月さんが口を塞がれていたが、まぁそう言うことになった。

 これからの生活は、いったいどんなものになるのやら……玲を俺に惚れさせるために、頑張らないとな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る