第9話 お化けを怖がる幽霊



 クイズ番組の回答に関しては、ちょうど同じ番組を下の階に住む如月さんが見てくれていたようで、彼女から答えを教えてもらった。彼女は玲の元同級生で、実家は洋菓子屋を営んでいるらしい。


 以前玲が言っていた、『如月屋のプリン』とは、彼女の家の商品だったようだ。今度、気が向いたときにお邪魔することにする。


 それはいいとして。


“市之瀬さん、チャンネル変えてもいいですか?”


「いいぞ~、何見たい?」


“番組表出してください!”


 風呂から上がり、俺たちは現在テレビを見ている。スマホでゲームをしたい気分だったけど、せっかくテレビが点けているのだから俺も一緒に見ることにした。


 玲の指示に従い、リモコンで番組表をテレビに映し出すと、彼女は液晶の目の前でぷかぷかと浮かびながら吟味を始める。


 こちらへ無防備におしりを向けていることに、はたして玲は気付いているのだろうか。気付いていないんだろうなぁ。


 もしかしたら玲は、学校生活の中でもこんな風にして同級生を悶々とした気分にさせていたのかもしれない。当時の同級生よ、ご愁傷様だ。


「人様にケツ向けんな。何度も言うがもっと恥じらいを持てよ――いままでは良かったのかもしれないが、いまは俺から見えてるんだからな?」


 俺がそう言うと、彼女はスッと正座のような姿勢になってこちらを振り返る。


“……市之瀬さんのえっち”


「黙れ痴女」


“違いますもん! 私はおしとやかで殿方の三歩後ろを歩く女……!”


「いつの時代の話だよ……というか玲だったら絶対先頭歩くだろ」


“私と市之瀬さんは生きている時代が違いますからね。考えの違いは仕方ありませんよ”


「三年しか違わないし、普通に生きている時代は一緒なんだが?」


 俺がツッコむと、彼女は“聞こえませんねぇ”と呟きながら両耳を手で押さえていた。

 都合の悪い言葉はシャットアウトするらしい。玲の残念な性格がどんどん浮き彫りになっていくなぁ。


 玲が耳を塞いだまま番組表を吟味し始めたので、俺はそろ~っと彼女の後ろまで歩み寄り、その手を掴んで頭から遠ざけた。


「ふはははっ! 幽霊の身体に慣れて油断したな玲っ!」


彼女はされるがまま、バンザイのポーズになる。

そしてこちらを驚愕の表情で振り返り、叫んだ。


“いやぁあああああっ! 誰か、誰か助けてぇええええっ! ……ところで市之瀬さん、現実で聞く『ふはははっ』って笑いかた、なんか面白くないですか? なんかこう、お腹を使って無理に笑ってる感じがしますよね”


「うん、俺も自分で『何言ってんだろ』って思った」


 何となくふざけたらノリツッコみされた。俺は彼女の手を放して、ローソファへと戻る。

 彼女は俺がソファの上であぐらをかくのを見守ってから、ふよふよとこちらに漂ってきた。


“でもあれですね、もし市之瀬さんが暴漢だったりしたら、幽霊側は何もできないですよね? 例えば市之瀬さんが力づくで私を押し倒して、無理やり体をまさぐったとしても、私は誰にも助けてもらえないわけで”


「まぁそうだなぁ……俺が怖くなったか?」


 もしそんなことをすれば、彼女の魂が負の感情で埋め尽くされ、見事悪霊化。俺は呪われたり祟られたりして不幸な目に遭うのだろうけど。


 いくらポジティブな彼女でも、そんなことをされてしまえば負の感情を抱かずにはいられないだろうな。


“もし市之瀬さんがそんな人なら、私の願いを叶えてあげようなんて言わないですよ”


 玲は笑顔でそう言ってから、俺の隣で膝を抱え込むようにして座り、こちらを見る。


“というわけで、私は市之瀬さんのこと、全然怖くなんかないですね! このきの〇の山に誓ってもいいです!”


 彼女はどこからか取り出したお菓子を手に、胸を張る。


「……安い誓いだなぁ」


 普通に生きている人からすれば、俺は気味が悪い人間だろう。

 そして幽霊からしても、触られるという事実は、怖く見えることもだろう。


 だから彼女のように、正面から俺のことを『怖くない』という人は、正直ありがたかった。そもそもこういう話になること自体、普段は避けているから。


「で、見たい番組は見つかったか?」


“――っ! そうでしたっ!”


 ピクリと体を震わせて、彼女は膝を抱えた体制のままふよふよとテレビに向かっていく。なんとも奇妙な光景だ。


“んー、じゃあこのホラーっぽい番組にしましょう! 『恐怖の瞬間スペシャル』って書いてますよっ!”


 玲が指定したのは、まさかのホラージャンルだった。お化けがお化け見てどうすんだ。

 というか玲――最初に俺と言葉を交わしたとき、俺のことをおばけ呼ばわりして逃げてなかったか? 苦手なんじゃないの?


 リモコンを操作しながら、そんな感じのことを玲に聞いてみたところ、彼女は得意げな表情を浮かべて指を横に振る。“ちっちっち”と言葉にするのも忘れない。


“わかってないですね市之瀬さん――好きと苦手は、両立し得るんですよ……!”


 ドヤ顔で何を言うかと思えば……堂々と苦手宣言しやがったよコイツ。


 幸い、こいつは幽霊だから夜中に『トイレ行きたいから付き添って』なんてことにはならないだろう。せいぜい、俺の周りをうろちょろするぐらいでとどまるはずだ。


「玲のビビる姿を楽しみにしているよ」


“えぇ……! 存分に楽しんでくださいっ!”


 その返しはさすがに予想できなかったな。ほんとおバカだわこいつ。

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