第4話 クソザコ幽霊



 突如開催されることになった姉妹リバーシ対決。


 幸い、リバーシ本体自体は御影家に置いてあったらしいので、すぐに優が持ってきてくれた。ちなみに優は「リバーシのことまで……本当に本当なのね」と苦笑していた。


 俺としては思考することなく作業するだけでつまらないといえばつまらないけど、これも人助け。家賃一万円で2LDKを独り占めするための仕事と考えれば苦ではない。


 当初は――そう思っていたのだが。


「玲、弱すぎない? お前もう成仏無理だよ、諦めろ」


 もう知り合いの除霊士に頼んだほうがいいんじゃなかろうか。


“むきぃいいいいっ! なんで置くところがすぐに無くなるんですか! こんなの反則ですよ反則! こんなの私は認めません! 相手にパスさせたら負けにしましょう!”


「玲お姉ちゃん、なんて言ってる?」


「『こんなの反則』、『私は認めない』だってさ」


「うわぁ……本当に言いそう。脳内ですぐに再生できるわ」


「ちょっと手を抜いてやったらどうだ?」


“絶対嫌です! それは負けと一緒ですから!”


「玲お姉ちゃん、それは『絶対嫌』って言うから……」


「あぁ……言ってるわ」


 まさしくその通りだった。さすが姉妹だなぁ。

 俺は玲の指示に従い、リバーシの石をポチポチと置いていくだけ。その作業だけで、二時間ほどの時間が経過した。


 見た感じ、優もめちゃくちゃ強いって感じじゃないけど、玲が弱すぎた。ゼロ勝である。


 苦ではないと思っていたこの作業だが、『そこはダメだろ!』って場所に置こうとする玲の指示に従い続けるのは、なかなかの苦行だった。もうしばらくやりたくない。


 リバーシ対決に付き合った結果、時刻は夕方の六時になってしまった。

 というわけで、本日の成仏チャレンジはここまでということに。


 まぁこれで成仏できるとは思ってないからやらせたってのもあるけどな……せっかくだから、家族全員と話させてあげたいし。


 明日また来るということで、優はリバーシを我が家に置いていった。

 というわけで、俺は夕食のカップ麺を食べながら、玲の修行相手を務めることに。


「玲って三姉妹なの?」


“そうですよ! 優ちゃんが私の二つ下で、灯お姉ちゃんが私の四つ上ですね。市之瀬さんは兄弟いるんですか?”


「いーや、一人っ子だよ」


“………………その石、反則ですよ市之瀬さん。私の置くとこが無くなりましたもん”


「反則じゃないんだなぁ」


 ポチッとな。そしてパチパチパチと。


“むきぃいいいいっ! そこも反則です!”


 俺も別にリバーシが得意なわけじゃないけど、玲が自滅ルートを突っ走ってくれているおかげで、なんだか自分がとても強くなったように錯覚してしまう。ある種の才能だな、これは。


 まぁこれに関しては長い目で見るとして、とりあえず彼女の母親とは話をさせてあげたいところだ。あとは姉の灯さんと、父親も。


 人にこき使われるのは嫌だから、俺が幽霊と対話できることは内密にと優には頼んである。


 これでお金が稼げるとか、人に感謝されるとか、さまよっている霊を救えるとか、そんなのは百も承知だ。承知の上で、秘密にしている。

 たぶんこれが広まったら、俺の自由は死ぬまで無くなってしまうだろうから。


「真面目な話さ、玲の未練ってなんだ?」


 絶対に、これは聞いておかなければならない。でないと、いつ彼女がいなくなってしまうのかがわからないから。


 大半を黒に埋め尽くされてしまった盤面を睨んでいた玲は、顔を上げてから腕を組む。


“うーん……正直、自分でもはっきりとわからないんですよね”


「それ、マジで言ってる?」


“マジですマジです”


 そんなこと、ありえるのか?


 未練がわからない――という霊に、俺はいままで出会ったことがない。これまでに数百という数の霊と話をしてきたが、みんな未練の形ははっきりとしていた。


 ふざけてリバーシだのきのこだの言っていると思ったけど……本気で手探り状態だったってことなのだろうか?


「……となると、玲の思いつく未練を片っ端から片付けていくしかないなぁ。複雑化することはあっても、複数あるってのは、聞いたことないし」


 このパターンは初めてだから、正直俺もこれが正解なのかはわからない。

 幸い、彼女が悪霊化するような気配は微塵も感じられないし、負の感情もなさそう。余裕を持っていいとは思うが……どうなんだろうなぁ。


“……協力してくれるんですか?”


 ローテーブルに顎を乗せるようにして、俺を見上げながら玲が聞いてくる。


「俺は元からそのつもりでこのアパート契約してんだよ。だから気にすんな」


 家賃一万円の恩恵を受けておきながら、そんな薄情なことはしない。それが生者か死者なのか、俺はあまり関係ないと思う。


“……ありがとうございます、市之瀬さん”


 玲は神妙な面持ちでそう言うと、ラーメンをすする俺の隣にやってきて、まるで生者のように頬を赤く染めながら、俺の肩に頭を乗せようとしてくる。


 見事に貫通したが。


「ラーメン喰いづらい、邪魔」


“なんでぇ!? 市之瀬さん、最初に私の手を握りましたよね!? なんでいまは触れないんですか!? これじゃ色仕掛けができないじゃないですかっ!”


「色仕掛けするまでもなく協力的だろうが俺は」


 というか、肩に頭を乗せるのは色仕掛けに入るのか? 

 どうせなら胸を押し当てるとか頑張れよ。もっと俺のために気合を見せてくれ。


“じゃあ要求します! カップ麺が食べたくなったので、ママに頼んでお供えしてください! しょうゆ味がいいです! あ、飲み物は麦茶でお願いします。デザートは如月屋のプリンがいいですね!”


「めんどくさい」


“こ、この悪魔ぁ! 鬼ぃ! 人でなしぃ!”


 これは未練とか関係なさそうだし。無視していいだろ。


 ちなみに、俺は霊に対して触れる触れないをコントロールできる。じゃないと、ぶつかりまくって気軽に街中歩けないっての。基本はオフの状態だ。


“目の前で見せつけるようにラーメンをすすって……一生恨みますよっ!”


 玲の一生は終わってるんだが――さすがにそれを突っ込むのはかわいそうだったので、心の中にとどめておいた。



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