23 特別講師セシアちゃんの依頼のすゝめ
風呂から上がったボク等は、くたくたになった体で階段を上り、自分達の部屋まで戻ってくる。
「だああああッ‼ 疲れた……」
部屋に戻った途端、背骨がなくなったようにベットに倒れ込むフェリー。
自分も着ていた上着やマントを脱いで椅子に掛けるとベットに寝転がり、やがて起き上がってフェリーの方へ向いてあぐらをかく。
「お疲れさん」
「なんかすごい疲れた。多分この疲れはチヨのばあさんから血を抜かれただろな。あのばあさん、少しって言ったのにすげー持ってくもんだからさあ」
自分の毛や血を対価に、チヨさんからフェンリルの情報を貰う事を約束したフェリー。
けれどチヨさんは部屋の奥からかなりデカい注射器持って来て、血をしこたま吸い上げていた。
献血で見る注射の二倍くらいのサイズはあっただろう。
「でも、お兄さんが目撃された場所の情報が聞けたのは幸先が良いじゃないか。ええと、なんて名前の街だっけ?」
「スレーブ。国境を二つ渡ったところにある街だ。武芸を愛する街だと昔聞いたが、最近は英雄が街を治めていて、だいぶ雰囲気が変わったらしい」
やはり異世界でも国という概念は存在するんだな。
しかし国境を越える、か。旅行とかはあるが、国境を越えるというのがどういうものなのか、いまいちイメージがつかない。
勝手ながら国境を越えるには色々大変、という戦争映画のようなものを想像してしまう。
けれどフェリー曰く、県と県をまたぐくらいの感覚らしい。
「まあ、それでもそれなりにちゃんと準備しておいた方が良いんじゃないか? ナイフとか日用品とかさ」
「……おっさんがオレの背中に乗って街道走るじゃダメ? それなら早く着くぞ」
「すれ違った人が泡を吹くぞ」
「じゃあ、街道以外を走るっていうのは?」
「迷った時目印もないから大変な目に遭うんじゃないか?」
「……準備して街道で行こう」
もう降参、というように手を上げるフェリー。
ここ数日で自分の正体がバレそうになる経験を二、三度した為、もう懲り懲りだというような表情をしているが、そうなるのも無理はない。
その内一つはバレてしまっているしね。
「そうなると、まずはギルドの依頼をこなさなくちゃいけないな」
「資金に関してはさっき貰った大金じゃ足りないのか?」
フェリーの言う大金とは、先ほどギルドでスライムの駆除依頼を報告した時に受付嬢の子から渡されたお金の事を言っているのだろう。
話を聞くに、タイタンタートル撃退のフェリーが受け取れる報酬金だそうだ。
今回フェリーだけだった理由は、自分のギルドカードが仮免許のような状態なため、保留という事になっているらしい。
フェリーの分を確認したところ、銭袋には金色の硬貨が一〇〇枚ほど入っていた。
この世界の金貨の価格というのは日本円で換算すると、大体一〇万円から二〇万円の間を上下する。上下の有無は金貨に含まれる金の純度によるものらしいが、素人の自分からしたら分かりはしない。
しかし最低でも一〇〇〇万円はあるという事だ。
改めて袋を開けて確認してみる。
「ザクザクだ。テンション上がるな」
「な? 依頼を受けなくても良いだろう、こんなにあれば」
「まあ、確かにこれだけお金があれば足りるだろう。でも人生という広い視野で見た時、やっぱり冒険者として依頼をこなすというのは、経験として必要だと思うんだ」
「まあ、言わんとしていることは分かるよ。でもおっさん、オレもうチヨのばあさんみたいなブラックな依頼に当たりたくないよ」
「大丈夫、ちゃんとそこは考えてある。年長者を信じなさい」
「おおっ‼ なんだか分からないけど安心感があるぜ」
「とりあえず、疲れたから今日は寝るッ‼」
部屋の
早朝のギルド。
時間帯が早いため、冒険者は少ない。
そのため厨房から聞こえる調理の音が良く響く。
そんなギルドの広場に男三人と女が一人がポツンといた。
「要件は昨日聞き及んでいます」
セシアちゃんは、頷いて椅子に座る。
つい昨日、風呂を出て部屋に戻ろうとするときに廊下でばったりと会ったのだ。
その際にボクがお願いして今日、セシアちゃんに依頼の選び方についてレクチャーしてもらうことになったのだ。
引き受けるとき、何故か凄い気まずそうだったのが少し気になりはするけれどね。
というわけで、ギルドの食堂の端のテーブルに集合したのだが、なんだか人数が一人多いがする。
何故かボクとフェリーの他にリアックが一緒に座っていた。
「リアックは強制参加です。シスイさんがこんな目にあったのは彼にも責任がありますから」
「というわけだ、よろしくな」
朝っぱらから元気な笑顔をこちらに向ける。
セシアちゃん的には説教を兼ねてのことなのだろうけど、そんな意図は全くもって感じ取っていないことが顔を見て分かる。
そんなリアックにため息をこぼしながら、セシアちゃんはいくつか依頼のチラシを持ってきた。
その依頼内容というのはこの前リアック君が勧めてきた依頼書と同じもので「ゴブリン討伐」と「スライム駆除」そして「街道工事」だった。
「まずは依頼に何が書かれてるかについて説明します。まず一番上に色のついた印が押されていると思うのですが、これが依頼の種類についてを示す部分になっています。赤が『討伐』緑が『採取』黄色が『公共』といったように分類されます。公共とは主に街の整備だったり、臨時の手伝いみたいな内容が書かれていることが多いです」
「セシア先生、スライムの駆除は何故緑で書かれてるんですか」
「フェリーさん、良い質問です。採取の依頼というのは植物や虫などの無害な生物を収集することを指しているからです。スライムは虫の類として登録されている為、採取に分類されます」
なるほど。
採取って漠然と何か素材なんかを拾うものと想像していたけれど、無害な生き物だったりを集めることを採取と括っていたんだな。
「そして次に依頼の報酬が書かれていると思うのですが、報酬金の横にスタンプがされているものと、されていないものがあります。これはギルドに報酬金を預けているか、いないかの有無です。スタンプを押してある依頼を選びましょう。ぼったくられる可能性が高いです」
見比べると確かに依頼書には報酬金が書かれている所に、赤いスタンプが押されているものと、押されていないものがあった。
ちなみにチヨさんの依頼書には押されていなかった。
「そして次に依頼の詳細が書かれてる項目です。これが詳しく書かれているものはそれなりに信用ができます。もし依頼を選ぶ時には、詳細も確認すると良いでしょう」
確かにどんな作業を要求しているのか、昼食の有無、休憩時間までしっかり書かれている依頼がある。これは確かに信頼できそうだ。
ちなみにチヨさんの依頼書には「スライムの駆除」としか書かれていなかった。
「そして、依頼をこなすのに一番大切なのは依頼者と連絡が取れるかどうかです。実際に会って人間性であったり、職場だったりを見定めることが、ちゃんとした依頼を見つけることにおいて何よりも大切なことです。ちなみにチヨ先生は依頼を受けないと意地でも会ってくれません」
あのばあさん、駄目な依頼の特徴、全部網羅しているじゃないか。
どうやらボクとフェリーは本当にとんでもない依頼に行っていしまったのだろう。
だが逆に言えば、アレよりひどい依頼というのは早々ないってことだ。
それが知れただけでも良かったじゃないか。そう切り替えていこう。
「じゃあ依頼を選ぶ時はどんな種類か、報酬金にスタンプが押してあるか、内容は詳しいか、依頼者と連絡が取れるかの四つポイントを押さえておけば良いんだね?」
「そういう事です。もし、そのポイントが押さえられている依頼が中々見つからない場合はギルドが依頼主の物を選ぶと良いです。ギルドの依頼というのはある程度の待遇や保証というのがしっかりしていますから。リアック、分かりましたか?」
「そんなことないと思うんだけどなあ。別にスタンプ押してなくても報酬くれるし、仕事だってそれほどきつい奴はないと思うんだが」
「それは、リアックの運が良いだけです。では私がオススメする依頼を紹介します」
そうして持ってきた依頼というのが『ゴブリンの討伐と耳の採取』というものだった。
先ほどのリアック君が勧めてきたものとは別の依頼書だ。
ゴブリン。
普通のイメージとしては狂暴で知能の低い亜人というのが定番なんだけれど、それよりも屋台で食べた耳の丸焼きのイメージが強すぎて、どんな生き物なのかもはや想像できない。
「今回の依頼主は少し特殊ではありますが、他の依頼に比べて報酬金も依頼内容もしっかりしています。チヨさんを経験した歴戦の冒険者であるお二人であれば、全くもって余裕だと思います」
「まるであのばあさんをドラゴンかなんかだと思っているのだろうか、この子」
「セシアはチヨっておばあさんに五年間、魔法を学んでたらしいぜ。その間に色んなトラウマを刻み込まれたって話だ。名前を聞いただけでも吐き気を催していたし」
あの、これからそのチヨさんから学ぶ人の前で不安になるようなことを言わないでください。これでもボクは楽しみにしているんだぜ、魔術を学ぶの。
その後、セシアちゃんがオススメする依頼を受けることになった。
依頼のチラシを受付嬢に提出して色々と手続きをしていると、視界の端でフェリーとリアックが何やら話をしているのが見える。
「そういえばリアック。オレもお前にオススメの依頼があるんだが、ちょっと見てくれ」
「そうなのか? へえ、どんな依頼だろう。ふむふむ……じゃあ、ちょっと行ってくる‼」
どうやらリアック君も依頼を受けるらしい。
どんな依頼を受けるのか、気になって聞こうと思ったが、流れるように提出して、ギルドを笑顔で出て行ってしまった。
ボクと違って依頼を受けるのに慣れているのだろう。
「しっかし、セシアちゃんが言っていた特殊な依頼者っていうのは、どんな人なんだろうな?」
「特殊ってことは、普通じゃないんだろう? 引きこもりとか、極度のコミュ障とか、人と話すのが苦手なタイプとか、だろうか」
「あるいはフェンリルだ、とか」
「おい」
「冗談さ。まあなんにせよ、行ってみなくちゃ分からない。そう言えばさっきリアック君に依頼を勧めていたけど、何の依頼を渡したんだ」
「スライムの駆除、byチヨ・リ~フ」
笑顔でギルドを出たリアック君。
君のような勇敢で、少し馬鹿なところもあったけれど、気持ちの良い笑顔を返してくれる男を、ボク達はきっと忘れない。
忘れないからな。
誰もいないギルドの扉に向かって、ボクとフェリーは敬礼した。
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