17 スライムは爆発する

 日が真ん中から少し傾いた頃、ボクとフェリーは畑の真ん中で謎のゲル状物体を眺めていた。


「これが、スライム?」

「そう、これがスライム」

「畑にいっぱいいる丸いのも?」

「全部スライム」

「……なんか、デカいナメクジみたいだな」

「正確には貝の仲間なんだけどね。ほら、真ん中にちっちゃい小石みたいのが見えるだろ。これ、退化した貝殻なんだぜ」


 スケスケの体をのぞき込んでみると大きなビー玉くらいの巻貝が見えた。

 スライムの透けた体はこれまで食べたであろう植物の残りカスが浮いていて、ゆっくり消化してっていることが分かる。消化液も植物をなんとか溶かせる程度のものらしく、素手で触っても大丈夫なようだ。


「で、これどうやって駆除するの。塩とかかければ良いのか?」

「効果はあると思うけど、これを駆除する量はねえよ。ぶっ叩いて倒すしかないんじゃないか」

「ぶっ叩くのね。じゃあ鍬でいっちょ、やってみますかっと!」


 持っていた鍬を高く振り上げ、餅つきのようにスライムめがけて叩きつけてみる。

 

ボヨヨヨ————ン


 勢いよく振り下ろした鍬は見事に跳ね返される。

 なんて弾力なんだ。

 振り下ろしたのは鍬だぞ。

 先っぽなんて実質刃物みたいなものだ。それをこうも跳ね返してしまうとなると、物理的なものじゃ倒すのなんて無理だ。

 ちなみに、跳ね返った鍬は後ろにいたフェリーの鼻っ面に直撃していた。


「うおおおおおおおお———‼ 鼻がもげるように痛いいいいい———‼」

「おいフェリー、物理的な攻撃じゃびくともしないぞ。どうすんだ、これ」

「先にオレの鼻を心配しろよ……じゃあ魔法とかだったら良いんじゃないか?」

「魔法……ね、結局防御魔術は教えてくれなかったな、あのばあさん」


 ゼロに何掛けてもゼロだ、と酷い捨て台詞吐いて家に帰ってったからな。

 まあ、でも物は試しだ。さっき覚えた工程を思い出してやってみよう。

 まず、体にある魔力を手の平に集中させる。

 手がなんか温まってきたら、手の平に火の玉を作るイメージをする。

 すると、パチンコ玉程度の可愛らしい火の玉が出来た。

 さっきは魔力を追加で込めたから熱かったが、そうしなければ火傷するほどは熱くない。これなら全然扱えるじゃないか。

 火の玉が消えないように慎重に屈んで、スライムに火の玉を近づけて、手で押し当てるように触れる。

「ジュウ……」と音がした。

 瞬間、


 ボオンッ‼


 スライムが爆発した。

 気づけば、ボクは青空を眺めていた。

 要はひっくり返っていたのだ。

 顔を上げると、くたびれたクラゲみたいになっているスライムの姿があった。

 このスライムの体が弾け、周りに大量の水分をまき散らしたのだろう。その威力は大人がひっくり返るくらいには強く、中々侮れない。

 幸い受け身を取っていたから頭は打たなかったが、危ない所だったかもしれんな。


「なんだ今の爆発は」

「スライムって自分に危険が迫ってるって感じると、天敵から身を守るために体に貯めた水分を一斉に放出して身を守るんだ。でも、水を出した後は干からびたクラゲみたいになっちまうんだけど」

「へえ、そうなんだ……って知っているなら先に教えてくれよ」

「いや、お約束かなって思いまして」

「もう勘弁してくれよ、鼻の中にスライムの水が入った」

「こんなことで音を上げないでくれ。スライムはまだまだいるんだからな」


 畑を埋め尽くすスライムの数は、雰囲気だけで言えば五〇匹はいるだろう。


「これ、全部か……」


 これは、なかなかどうして肉体労働に匂いがする。



「おっさん、準備おーけー?」

「おう、火の準備はばっちりだ」

「よし、点火」


 ボ————ン!


 ボク達は流れるようにスライムを起爆してく。


「はい次々」

「あいよ」


 流れ作業のようにスライムを起爆し、吹き飛ばされ、また起き上がり、スライムを捕まえ、また起爆。

 スライム自体は動きも遅いし、捕まえることは容易だ。

 容易なんだけれど、この防衛本能に任せた水爆弾とも言うべき放水が厄介だ。

 しかし慣れてしまえば大したことはない。ボク達は楽しむ程度の余裕が生まれつつあった。人間って凄いな。つい数日前まで現代人で、この世界のことについて何も知らんかったというのに、喋る狼や大きな亀や魔法などに適応しつつある。最初こそ驚いていたスライムですら、手玉のように爆発させているのだ。まあこの場合、玉として飛んで行っているのはスライムではなく、ボク達の方ではあるのだけれど。


 ボ—————ン!


  ボ——————ン!


   ボ————————ン‼


「たーまやー」

「かーぎやー」


 スライムの爆発が木霊する。

 はたから見ればちょっとしたテロみたいな絵面かもしれないが、日本の和の心を持つボク達には小さな花火大会みたいなもんだ。こうした爆音には慣れている。


「なあ、おっさん!オレ閃いちゃったんだけど、これスライムが爆発するときに頭にスライム付けてたら、倒れた時にボヨヨヨンって跳ね返って起き上がれるんじゃないか⁉」

「仕事の時にふざけるんじゃないよ。手を動かせ、手を」


 ふざけたような事もしてはいたが、ただふざけていたわけじゃない。

 どうすれば効率良くスライムを倒せるのかを色々検証しているのだ。

 その検証の結果、スライムの面白い特性を知ることが出来た。


「フェリー、準備できたか?」

「もう少し待ってくれ、これで最後だから」


 スライムを間隔を開けず、畑に沿って一列に並べるフェリー。

 最後の一匹が並べ終わると、手を上げて合図を出す。

 合図を見た後、先ほどのようにマッチほどの火の玉を出して先頭のスライムに火を押し付ける。

 すると先頭のスライムは水を吐き出して爆発する。

 その爆発を感じ取って隣のスライムが爆発。

 そのまた隣のスライムも爆発、といった具合に連鎖的に爆発して、いっぱいいたスライムを一斉に駆除することが出来た。

 その様子はさながらナイアガラの滝のようだった。

 ……いや、その表現は少し盛ったかもしれない。まあ、千分の一くらいのプチナイアガラの滝と言った方が良いかもしれない。

 スライムを畑に沿って並べたのにはちゃんと意味がある。

 これはスライム駆除をしていた時に通りかかったおじいさんが教えてくれたのだが、この地域ではスライムの放水を用意たものがあるらしい。

 スライムが放出する水というのは土の中にいる小さな生物たちを活性化させ、良い土を作ってくれるのだとかなんとか。

 異世界で農業というのも面白いのかもしれないな。


「一匹のスライムが爆発したら近くに天敵がいると勘違いして爆発する。連鎖的に爆発するスライムを野生の生き物が見たら、他の動物に攻撃されてると思ってびっくりして逃げ帰るよな。これで粗方片付いただろ」

「おっさん、頭のスライムまだ残ってるよ」

 

 首にいたスライムを森に蹴り上げて、何もなかったように装う。

 その後ボク達は爆発したスライムを丁寧にかき集める。

 その時気づいたのだが、爆発したスライムはもう再生を始め、元の形に戻りつつあるが個体がいくつかいた。

 これほどの再生力とは、確かに農家にとっては厄介な天敵だ。

 けれど、中には再生しない個体もいて、そういった奴らは真ん中にあるはずの貝殻が無くなっている。

 やはりこの貝殻が本体なのだろう。


「あ、畑に紛れて貝殻が落ちている。爆発で飛んで行ったのか」

「そういうの、ちゃんと集めた方が良いぜ。それを見逃して放置すると体を再生するために畑を食い荒らしちまうらしいからな。可能な限り拾っておいた方が良い」

「なるほどね、あの連続爆発は失敗だったかもな。貝殻がどっか飛んで行っちゃったかも」

「ま、出来る限りの範囲で頑張ろうぜ」


 貝殻を拾ってみると、中から本体であろう身が縮んで中に入っていく。

 こう見ると、田んぼとかにいたタニシに見えてくるな。

 かき集めたスライムを畑の手前にある道に積み上げると、それなりの山になった。


「結構量あるな」

「この弱ったスライムはどうすればいいんだ」

「どうやら色んな用途があるらしいぜ。全部持って帰れば良いんじゃないか?」

「簡単に言ってくれるな。この量を運ぶのにどれだけ掛かると思ってるんだ?」

「あ、そうだ。ばあさんが鍬を仕舞ってる倉庫に荷車があったぞ。それ借りてくれば楽なんじゃないか?」

「よく覚えてるな、そんなこと」

「まあね、じゃちょっくら行ってくるぜ」


 そう言って駆け出していったフェリーの背中を見送った。

 戻るのに多少時間は掛かるだろう。

 そう思ってボクは落ちていたスライムを頭にセットして、その場に横になるのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る