10 おじさん、ギルドに行く

 街の露店が並ぶ道を越えて見えてきたのは、大きな石像とそれを囲う噴水だった。

 バウアー曰く、この石像は大英雄ガルダリアを称える像として作られ、この街の広場の中心に建てられたらしい。

 話を聞いたときは、知らないおっさんが盾構えて堂々と立てている石像というのに特に興味も惹かれないだろうと思っていたのだが、いざ見てみるとその大きさと造形に感心してしまう。

 盾の装飾や髪の毛に至るまでしっかりと彫られているし、何よりその石像の高さが台を含めて一〇メートル以上はあるもんだから道に迷ったときすごい便利そうだな。

 大きな石像なだけに、結構な人数が像を眺めていた。

 中には画家がデッサンしている様子もあったが、やはりそれなりの観光名所なのだろう。

 もし自分が英雄的な偉業を成したとして、ボクは石像を建てようとするだろうか。 

 そこまで自分はナルシストには多分慣れない。

 名前くらいが彫られた石碑くらいならとも思うが、多分これは妥協の違いだけなのかもしれない。

 しかしこの自信に満ち溢れたポーズというのは、本人もかなり乗り気で作ったんだろうな。


「あれなのだろうか、こっちで言うところのハチ公前みたいなもんなのだろうか?」

「絵面的にお台場のガンダムっすけどね」

「夜になると変形するぞ……」

「「マジで」」

「おーい、早くついて来いよ」


 リアックが手を振ってこちらに呼びかける。

 ボクらはギルドに向かっている。

 この街の役場であり、依頼を受ける場であり、ハローワークでもあるらしい。

 ギルドに行くことをハローワークに行くと変換すると、なんだか随分と情けない男の構図に見えてこないか?

 自分は今まで解雇なんてされた経験がないし、真っ当に仕事をこなしてきた身としては、なんだか染みる物があるな。

 ボクの場合は会社からじゃなくて世界からの強制解雇であり、なんなら不法に投棄されてしまっているのだけれど。

 多くの冒険者はここで仕事を貰い、報酬を得ているとのこと。

 この辺は、まあお馴染みというべきだろう。

 ギルドは、ダインの言っていた通りとても分かりやすい位置にあった。

 というのも石像の後ろにでかでかと建っていたのだ。

 だから広場に人が多かったのかと、今になって思う。

 ギルドの入り口は西部劇で登場しそうなウェスタンドアに近い構造をしており、それを押して中に入る。

 

「いらっしゃい、いらっしゃい!」

「十四番テーブル、ランチAオーダー入りました!」

「味付け薄いぞ、何をやっているっ」


 ギルドの中は、食堂になっていた。目にも止まらぬ速さで店員が次々と接客し、厨房では両手にフライパン持って大男が別々の料理を作っている。

 ボクらは入る店を間違えたのか?


「店違い?」

「いや、間違ってない……。ここがダアクックのギルドだ」

「いやどう考えても、繁盛している飲食店にしかボクの目には映らないのだが」


 料理も様々で魚や肉などのしっかりした食事を出している窓口があったり、ドリンクを提供している受付嬢がいたり、軽食をメインに扱う売店があったりと、まるでフードコートみたいだ。


「役場みたいなところって聞いてたから、もっと落ち着いた雰囲気のものだと想像していた……」

「オレちょっと期待してたのに。こう荒くれ者たちが手荒い歓迎をしてくる的な奴をさ」


 ボクらのイメージって、もっと薄暗い室内でかわいいギルドのお姉ちゃんが冒険者になりたてのボク達に優しく教えてくれたり、昼間っからお酒を飲んでる冒険者が「よお、新入り」って言ってきて脅してきたり、ダル絡みしてくる、みたいなのを想像していたからな。


「まあ、良かったんじゃないか?実際に絡まれたら多分困ってただろうし」

「それもそうだな……お、定員さんが来たぞ」


 フェリーの言う通り、可愛らしい少女がお盆を持ってこちらにやってくる。着ている制服はどこかメイド服に似た雰囲気があり、少女の可愛らしさに拍車をかけていた。

 メイドカフェとかは行ったことはないが、行っていたらこんな女の子が注文を聞いてオムライスにハートでも書いてくれるのだろうか?


「お客様、何名様だあ、コラぁ!」

「ひ、ひいぃぃ!」

 

 ドスの効いた声にフェリーは思わず悲鳴を上げる。

 勝気な、というよりももはやヤンキーみたいな言葉遣いと鋭い目つきの少女がこちらに走ってきた。

 その姿はまるで少女の皮を被ったライオンのようだった。

 多分このメイドはトマトを握り潰し『death』と書くタイプのメイドだ。


「な、何の用だっ」


 臨戦態勢で構えるフェリーを見下すように見上げる少女。


「質問を質問で返すな、馬鹿かこの犬は。あたしは何名様かって聞いてるんだ」

「犬じゃない。フェリーって名前があるんだ」

「そうかい、あたしゃエリザベス。リズでもなんでも好きに呼ぶがいいさ」


 ビクビクとしているフェリーを見かねて、セシアちゃんが耳打ちする。


「あのシスイさん、シスイさん。フェリーさんは何であんなに怯えているのですか?」

「しばらく人と話してなかったから、なんて話せばいいか分からなくなってるだけじゃないか?すぐにいつもの調子に戻るだろう」

「なるほど、だから馬車の上でシスイさんが起きるまで、置物みたいに固まっていたのですね」

「それは……」


 それは多分忘れたとかじゃなくて、ただの陰キャではなかろうか。

 ボクと初めて会った時はあんなにフラットに話せたのに。

 いや、もしかするとボクに普通に接せれたのは、ボクが同郷の人間だっていうので打ち解けただけで、アレが本来の姿フェリー……なのか?

 これがかの伝説のフェンリルなんて。

 体どころか心までちっちゃくなっちまったとは。おお、なんて情けないことか。

 いや、心は通常営業か……。


「口に出さなくても、顔にめちゃくちゃ出てるからな‼」

「おっと失礼」

「で、結局何名様なんだって答えてくれ。こっちも暇じゃねえんだ」

「五人だ……テーブル席で頼む」

「なんだ、バウアーじゃねえか。こいつらはお前の連れか?」

「まあ……そうだな」

「ってことはおめえらか。タイタンタートルを倒したって話の奴は‼」


 さっきの険しい顔から一変、目を輝かせて口調も少し柔らかくなった。

 どうやらボクらの話はギルドにも伝わっていたようだ。ダインがボクらが来る前に伝えたのだろう。


「じゃあ、そこに犬っころが魔法で亀野郎をぶっ飛ばした奴か。なんだよ、それならもっと堂々とすりゃあ良いのに、なあ!」


 そう言ってフェリーの肩をバンバン叩く。


「そう、だよな、オレもっと堂々として良いんだよな……ありがとな、嬢ちゃん!」


 やり返すようにフェリーも少女の肩を叩くと、少女は「おい」と怒鳴ってフェリーの胸倉を掴む。


「あんまり舐めた態度取ってんじゃねえぞ。ぶっ殺すぞ!!」

「ひ、ひいぃぃ! 何なの? ゲリラ豪雨の生まれ変わりか何かなの、この子!」


 自信を付けたかと思えば、すぐになくすフェリーは置いておくとして、それほど話が広まっているとは思ってもみなかった。

 確かに視線というのは多く感じてはいた。

 ヒソヒソ話す声に耳を傾けると、タイタンタートルという単語が聞こえてくるので、多分ボク等のことを話しているのだろう。

 ネットもない時代にこれほどまで話が伝達するとは……。タイタンタートルの撃退はこの世界の人間にとっても相当凄いことだったというのが伺える。

 良かった。

 あれくらい当たり前に出来るとか言われたら、今後やっていける自信失っていたところだ。


「そういやアンタ、シスイとか言ったな?」

「え、あ、はい」

「お前に会いたいと言ってる奴がいる。ついてこい」


 あと犬っころもな、と付け加えるとエリザベスは手で招く。バウアーはというと「席を取って待っている……」と言ってボクらに手を軽く振って見送っていた。



 前を先導するリズ。

 その後ろを歩くボク、とその後ろに隠れるフェリー。

 前をリズが歩いていると、目の前に屈強な男達の団体様が歩いてくるのだが、リズを見た途端物凄い速さで道を譲る。

 ちっこいのに威圧感あるな、この子。


「シスイ、アンタ聞いた話に反して中々肝が据わってるな」

「はあ、そうなのか」

「ああ、あたしがガン飛ばしてもヘラヘラしてたしな」

「誰に対してもガン飛ばしてるのか?リズは」

「そういうところだ。あたしと初めて会って『リズ』なんて呼んだのはバウアーとギルドマスターくらいだ」

「そうなのか?結構馴染みやすい響きだから皆呼んでいるのかと思ったよ」


 それと多分、ボクの中でリズが普通の少女に映っているからだろうが、しかしリズと呼ぶメンバーの中にダインが入ってないのは意外だった。

 あの男だったら、真っ先にリズ呼びしそうなのだがなあ。


「おっと、どうしてガン飛ばしたかだったか。なあに、ただの癖さ。これで大体そいつがどんな人間かっていうのが分かる。男が女の胸や尻見て品定めしたり、飯の喰い方を見てそいつの教養見たりするのと一緒」


 口が荒い癖に分かりやすい例えだと思った。

 なるほど、ヤンキーが威嚇がてらにガンを飛ばすのと、彼女のガン飛ばしが違うという事か。

 言葉遣いは悪いのだが、素行に反して丁寧だったり物の見方というのに育ちの良さを感じる。

 でも手段がなんだか肉体言語に近い血の気の良さを感じるし、うーむ、よく分からない少女だ。


「噂を聞いていると後ろの犬っころの活躍に他の奴らは注目していたが、あのタイタンタートルを注意を引いて逃げ切るなんて、何の力のない単なる凡庸な奴はできる話じゃない。アンタも相当凄いことをしたんだ、胸を張って良いぜ。私が許可する」

「凄い上からの物言いだな。言われてみれば、確かにそうなのかもしれない……。でもあの時は頼りになる奴がいたからね。どうにかなるって思ってたから出来ただけだよ。今はその面影がゼロなんだけど」


 後ろにいる尻尾がだだ下がりなフェリーを見て言うと、リズは豪快に笑った。


「いいねえ、信頼できるそういう仲間ってやつ。あたしは始めっからソロだったから、ちっとばかし憧れるぜ」

「リズはウェイトレスじゃないのか?」

「これは臨時依頼でやってるだけだ。あたしゃ、こう見えてこの街で最上位の冒険者なんだぜ。ダインとバウアーとも同期だしな」

「え……そうなのか?」


 ダインとかバウアーって見かけ大体三〇代だよな。若くても二〇代後半。

 ということはリズ、見た目に反して成人しているのか。


「おっさん、つまり合法ロリってことっすよ! ゴボホッ」

「ロリ言うな、ロリ!」


 手に持ったお盆を円盤投げのようにぶん投げてフェリーの鼻づらにクリーンヒットする。

 ボク飲み込んだのに。その言葉。

 飛んでいったお盆を引き寄せてリズに渡した。


 ギルドの集会所兼フードコートを奥に進んでいくと、やがて通路になり、通路を少し進んだ左手に階段がある。

 それを上がり二階に上がると左右にまた通路が続くのだがリズは左に曲がってすぐ立ち止まる。

 リズの目の前には他とは少し違う扉があった。

 豪華というわけではないが、他の扉よりも作りがしっかりしていた。

 まあ、他のがちょっとボロいというのがその感覚を補強しているところがあるのだろうけど。

 けれど、一つ言えるのは多分それなりに高い身分の人がこの先に控えていそう、というのだけ分かった。

 リズはドア越しに話しかける。


「連れてきたぞ」

「ああ、助かる。君は職務に戻っていい」

「おう、じゃああたしこれで失礼するぜ。あんま気を張るなよ。威厳みたいのは感じるが大した奴じゃねえ。見栄っ張りのイキリ野郎とでも思えばいいさ」


 この子、こそこそ言っているつもりなんだけど声がデカい。

 声がよく通ることは良いことだと思う。

 でも、ここは駄目だろ。これからこの部屋に入るのに絶対聞こえてるよ、今の会話。

 リズは「我ながら良いアドバイスをしてやったなあ」と大きな声で独り言をして、とても爽やかな笑顔を浮かべて階段を下りて行った。

 あの笑顔が今のボクの気持ちの対比みたいな関係に映るのは何故だろうか。

 はあ、と一つため息をついてノックをする。


「入れ」


 低い声が響き、重いドアノブを開ける。

 入った部屋は集会所よりも小奇麗な壁や床をしていた。

 真ん中にある接待用のソファーは年季を感じるが、しっかりと手入れがされている。

 大きい本棚がいくつ置いてあり、厚い本がみっちりとしまわれているのを見ると、勤勉で知識欲が強い人間なのかもしれないと勝手ながらに想像してしまう。

 気取られた家具はないけれど、こだわりみたいなのは感じた。

 そして、この家具のどれもがアンティークに見えてしまうのは、ボクが異世界人で、現代人であるからだろう。

 そんな部屋の奥に、重々しい甲冑を身に纏った大柄の男が立っていた。

 甲冑男の外見をまじまじと見る。

 これはまた、値打ちが付きそうな豪華な鎧だ。装飾があるわけじゃないけれど、鎧が鈍く光っているように見える。色も銀だけってわけじゃなさそうだ。薄い緑、いや角度を変えれば紫色にも見えなくない。異世界特有の鉱石で出来ているのではなかろうか。

 そんな男の表情は兜に隠れて良く見えない。

 けれどなんというか、圧迫感があるというか、威厳みたいなのをヒシヒシと感じる。

 やがて甲冑男は言葉を発する。


「私はガルダリア。このダアクックのギルドマスターだ」

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