08 異世界は空想よりも鮮やかで

 目を覚ますと、青空がゆっくりと動いていた。

 頭が鈍く痛むような気がする。

 痛みが明瞭になるにつれて、自分の身に何が起きたのか、段々思い出してきた。


 そうだ、自分はあの時亀の甲羅が飛んできて、気絶したんだ。

 では、今のこの状況というのはどうなっているのだろうか。


 空が動いてる。どこかデジャブを感じる。

 これは荷台にでも乗せられてるのかと思い、体を起こすと自分は馬車に乗っていた。

 異世界に来る手前よりはグレードがアップしていると見える。


「おっさん、目が覚めたか」


 フェリーの声がして目を向けると、ボクの横にはフェリーがいた。

 それ以外にも見ない顔があった。中にはタイタンタートルと戦った時に助けてくれた大盾を持った男の姿もあった。


「ここはどこだ?」

「盾の人の馬車の上だ」


 その噂の大盾を持った男が自分の元へ寄ってき来ると、バシバシと強く肩を叩いて言う。


「ようやく目覚めたか、お寝坊さんめ。このまま街まで起きないかと思っていたぞ」

「アンタは、ええと名前何だったか……色々なことがありすぎて全然思い出せん」

「まあ、無理もねえさ。あんな大立ち回りをしたんじゃ、いちいち名前なんて覚えてられねえわな。おっと、言うのが遅れちまったが、助けてくれてありがとな、あんちゃん」

「いや、助けられたのはこっちの方ですよ」


 そう言うと男は豪快に笑う。

 少し笑ってから自分の膝を叩いて、笑いに区切りをつけると、ボクの目を真っ直ぐ見つめて会話を続ける。


「そんなに畏まらないでくれ。共に戦った仲だろう。改めて自己紹介する。俺はダイン、よろしくな。俺らは『ガランダムの尾』っていう冒険団のメンバーで、俺が団長をやっている。他の奴らも紹介するぜ」

「副団長、バウアーだ。ダインとは村の出が一緒なんだ……こいつを救ってくれたことに感謝する」


 馬車を運転している男、もといバウアーはそう言い、フェリーとボクに軽く頭を下げる。

 副団長という事は、片手で大岩を軽々捌いていしまうダインと同じくらいには実力があるのだろう。  

 ダインほど体は大きくないが、それでも引き締まった体からして熟練の冒険者に見える。ダインの明るく豪胆な印象とは別で、静かで表情が読みづらい印象を受けた。


「バウアーが馬ですぐに駆け付けてくれてな。馬車を手配してくれたのもコイツだ。感謝するならバウアーに言ってやってくれ」

「そうなんですか。ありがとうございます。助かりました」

「……いや、礼には及ばない。当然のことをしたまでだ。見たところ怪我は浅かったが、場所が場所だ。何かあったら言ってくれ……」


 かなり気を使ってくれているらしい。面倒見が良いのだろう。

 会話がひと段落するとそれを見計らい、隣でいかにも話したそうにうずうずしていた青年が声を上げる。


「なあ、タイタンタートルを一撃で倒したってのは本当なのか⁉」


 急に体を乗り出してくる青年に、後ろの同年代の少女が杖で頭をひっぱたく。


「まずは挨拶、でしょ」

「これは失敬。僕は剣士のリアック、で隣のが魔導士のセシア」

「あなたは剣士見習いでしょう?」

「なあに、すぐに見習いなんてなくなるさ」

「気絶してた人が何を言っているのかしら」

「こいつらは最近ウチの団に入った奴らなんだ。セシアは頭が良いし、魔法が使える。リアックも筋は良いんだが、ちっとばかし馬鹿なのが玉に瑕だな」

「ちょっと‼」


 抗議の声を上げるリアックに意地悪な笑いを浮かべるダイン。

 楽しそうで何より、こういう会話が日常的にあるのだと思うと、仲の良い冒険団なのだと分かる。


「ボクはシスイ。こいつは獣人のフェリー」

「よろしく」

「それで、タイタンタートルを一撃で倒したって話だったんだけど、どんな風にやったんだ」

「やったのはボクじゃないんだ。やったのは隣の犬っころ」

「いやあ……恥ずかしながらそうなんですよね。オレの極大魔法が火を噴いちまったようで」


 その言葉を聞いた途端、不思議そうに首を傾げるリアック君。


「え、話によれば風魔法で倒したって言うじゃないか。獣人は身体強化の魔法しか使えないって聞くから、てっきりおっさんがやったのかと思った」

「そうなのか、フェリー」


 魔法に種族ごとに適正があるなんて自分は知らなかったため、聞こうと思ってフェリーに目をやると、ダラダラと汗をかくフェンリルの姿がそこにはあった。


「あー……実は秘伝の魔道具があってそれを使ったんだ。秘伝だから強い魔法が撃てたのさ。は、はははは……」


 紛らわすように嘘を言うフェリー。

 その様子からして、リアック君の言うことは本当らしい。

 秘伝と言う割にはしっかりと付け込まれていない嘘と見える。

 フェリー自身、周りから獣人として見られている自覚がなかったのだろう。

 獣人なのに魔法が使えるのは中身がフェンリルだからなのだが、それがバレてしまうと都合の悪い。町に入れるのが怪しくなる。

 そんなフェリーの事情はつゆ知らず、純粋な好奇心で見つめるリアック君が、ここで更に追撃をする。


「秘伝の魔道具だって?どんなのか僕に見せてくれよ!」

「いや、それはちょっと……」


 適当に言ってしまった嘘だ。

 当然、魔道具なんてものは存在しない。

 あからさまに「やっちまった」という顔がもろに出ている。


「獣人が保有している魔道具なんて聞いたことない。私も興味がある」


 雑な言い訳を言ってしまったフェリーの目は泳ぎ続けている。

 このままでは太平洋を横断しかねない。

 さすがに助け舟を出してあげよう。自分が獣人という設定を忘れてしまっていたフェリーが原因ではあるのだが、さすがに可哀そうになってきた。

 見ているのも面白いから放置しようとも考えたが、色々とフェリーには恩があるからね。


「実はその魔道具は使い切りの品でね。一度使うと灰になっちゃうんだ」


 魔道具というのを、ボクは知らない。

 けれどこれでも日本人。嗜む程度にはアニメやゲームをしていた。

 その知識を頼りにはったりを言ってみる。

 この世界の魔法の知識はにわかではあるが、果たしてどこまで通じるものか。


「それは残念……」

「マジかよお、極大魔法見たかったぞ」


 どうやら二人は納得してくれたようだ。

 納得してくれなかったら、こっちまで目を泳がせるところだったぜ。


「ホントは見せてあげたかったんだけどなあ。いやあ、また機会があったらだな」


 ほっと胸を撫でおろすフェリーは無言で感謝のジェスチャーをしていた。

 全く、こっちまでドキドキさせられる。




 馬車の中は賑やかだった。

 フェリーとリアック君はこれまでの冒険談を互いに語り聞かせ、話を盛ったところを訂正するセシアちゃんと、その話をさらに盛るダイン。そしてそれを鼻歌交じりに聞くバウアー。


 この世界に来て、これほど賑やかだったのは初めてだった。

 ここ二日ほど森の中でフェリーと歩いていた時も会話も弾んだし、心強かった。

 けどこうした騒がしさや賑やかさというのは、なんというか……安心した。

 こんなに賑やかなのは本当に久しぶりだった。

 本当に、久しぶりだった。


 そうしみじみと思うのは多分、周囲が大自然を占める野生動物の生物圏から、人間の文化が及ぶ生存圏へと入ったからだろう。

 それを証拠に木々の茂りは薄れ、流れる景色は森を抜けて開けた平原になる。


 辺りにあるのは野原のみ。

 その光景にボクは目を奪われた。

 一面の緑と地平線、そして広い、広い青空だけだった。

 国のほとんどが山である日本では到底見ることのできない、異国の風景。

 ボクは胸が躍った。

 こういうのは記録でも見たことがなかったからだ。

 もちろん写真やゲーム、そういうものではよく見た景色だけど、そんなものとは比較にならないくらいに、それは美しかった。

 これを見て、ボクはようやく自身が異世界に来たのだと実感した。


「すごい、一面緑のマット敷いてるみたいだ……」


 その言葉を聞いていたダインはボクの隣に座り、話しかける。


「なんだい、あんちゃんは草原を見るのは初めてか」

「元々山ばかりな場所で生きていたんでね。ボク達は最近山を下りてきたばかりで、ここ周辺のことが分からないんだ。できれば教えてほしい」


 そういうとフェリーが耳打ちをしてくる。


(なんすか、山から下りてきたって……オレはともかくとしておっさんは異世界から来たじゃないか)

(異世界転移なんてワードを説明するなんかより、よっぽど伝わりやすいだろう。面倒ごとっていうのは避けられるなら避けるべきだ。それに日本は山に囲まれた島国なんだぜ)

(おお、確かに。『やまたいこく』って言うもんな)


 こいつ今、邪馬台国を山大国って変換しただろう。

 確かに日本で初めて出来た国ではあるけれど、決して山に囲まれているからそういう名前なったわけではないからね。

 とても面白い勘違いではあるけれど、高校生がして良い勘違いではない。

 このレベルだと下手したら、外国人観光客の方が日本の歴史を知っている可能性すらある。

 頭の悪い会話から知能指数を少し上げて、ダインの話に戻す。


「そうだったのか、じゃあこれから行く街のこともよく知らないわけだな」

「そういうこと」

「じゃあ、まずはこの土地についてからでも話そうか……」


 この目の前に見える平原はヒルイ平原と呼ばれている。

 土が肥沃で作物が育ちやすい豊かな土地が一面に広がっているわけだ。

 そのためこれから行く街というのも、その影響で食が強い街になっている。

 貿易に来る商人というのも多様で、武器や装飾、色々な地方から来る特産品、あまり見ない生き物や漢方なんかも見ることができる。

 そういったものが多く集まるから当然として人も多く集める。

 人種も様々で人、獣人、ドワーフ等々、大体の人種と交流ができるため、交友を深める機会としても良い場所になるだろう。

 ダアクック。大英雄ガルダリアのギルドが治める食と文化が巡る街だ。


「へえ、ギルドが街を治めているんだな。貴族とかがだと思っていたぞ」


 それにフェリーからは小さな町って聞いたのだけど、ダインから聞く限り大きい街に聞こえる。

 多分それは種族的な価値観の違いによるものだろう。


「昔はそうだったんだけど今は違うな。理由は二つある。一つは三〇年前に魔族との戦争で、貴族が保有する土地が減って力を失ったってのがある。だがどちらかと言えば、もう一つの理由であるその時に活躍した五人の英雄の人気が凄かったからっていうのが最たる理由だと思うぜ」

「そうなのか、興味深いな」

「おいおい、こんなの知ってて当たり前だぜ。どんだけ田舎で済んできたんだよ、あんちゃんは。今から街に行くけど詐欺師の恰好の餌になりそうで心配だぞ」

「ははははは……気を付けます」


 異世界から来たからなんて絶対に言わないとして、あまり無知だということも言わないほうが良いのかもしれないな。

 次からは知ったかしておいた方が良いかもしれない。

 

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