第3話「この女が苦手なんだよ」

 とりあえず身体は取り戻したんだけど、色んなことを整理する必要があった。あと、生理痛がめちゃくちゃキツい。いきなり、女の子の洗礼を受けた。こんなことなら、せめて生理が終わるまでは身体奪われておけばよかった。

「だったらさっさと身体渡しなよ」

「うるせえよ悪霊」

 相変わらず悪霊は消えそうになくて、頭の中がうるさい。問題は山積みだけど、とりあえず、久しぶりにリカに会いたい。一応、まだ見た目は全然変わってない。

「こんなことなら女になったこと、お前の彼女に言っとけばよかったわ。胸が大きくなってきたあたりで、バーンって見せてビンタされようと思ってたのに」

 さすが悪霊だけあって性格が悪い。

「マジでうるせえぞ。ダメ元でエクソシストでも呼ぶかな」

「無駄無駄。私を除霊できるとでも思ってんの?」

 オカルトを一切信じていなかったボクだけど、ここまで来たらさすがに信じるしかない。悪霊がいるんだとしたら、本当に祓える人だっているはずだ。でも、どこにいるんだろう。多分、偽物もたくさんいるだろうから慎重に探す必要がある。

「絶対に祓う。これはボクの身体だ」

「女の子になっちゃったんだから諦めなよ。私の方がその身体うまく使えるし」

 いちいちボクの心を折りに来る。さっさと追い出してしまわないと病んでしまいそうだ。

「だいたいさ、お前の目的って何?人の身体乗っ取って何するつもりだよ?」

 目的がわからなかった。ボクの身体を乗っ取って人生をやり直す?死後の世界のことはよくわからないけど、成仏して生まれ変わったりとかしたできそうなものだ。みんながみんな悪霊になるわけじゃないだろうし。

「私の目的が知りたい?だったら語ってやろうじゃないの!」

 なんか、ノリノリになってきた。この悪霊の性格は本当に読めない。

「私はね、私以外の悪霊を皆殺しにするの。全員ボコボコにして消し去る。成仏なんて生ぬるいもんじゃない。完全に消し去る。前の身体の時は四十年で五千体位消したかな」

「は?何やってんの?」

「心霊スポットって言われてるけど、何も出てこないとこって結構あるでしょ?それは私がぶっ殺した奴がいた場所だよ。あれから三十年経ってるから、また増えてんだろうな。ワクワクしてきた」

 確かに、リカに付き合って色んな心霊スポットに行ったけど、今回みたいな目に遭ったことはなかった。だから、信じてなかったんだけど。

「それって何の意味があるの?」

「超気持ちいいじゃん。喧嘩って。あいつらが命乞いしながら消えていくの見たら最高に興奮するんだ。早く誰か殴りてえなあ」

 こいつ、戦闘狂バーサーカーだったのか。ボクには絶対に理解できない人種だ。

「そんなことのためにボクは身体乗っ取られたの?お前、最低だよ」

「お前って呼ぶな!あと、悪霊とも呼ぶな!私にはユミって名前があるんだよ!」

「悪霊にも名前があったんだ」

 意外とかわいらしい名前だったから思わず笑ってしまった。

「お前、マジでムカつくな。とりあえず、これからはユミって呼べよ」

「なんか、口調変わってない?言葉遣いも最後に生きてたのが三十年前にしては今っぽいし」

「それは多分、お前の影響だ。知識や言語は入ってる人間の影響を受けるから。その時間が長ければ長いほど影響は強くなる。なんか、お前の影響を受けてるって思ったらムカついて来たわ。さっさと消えろ」

 また乱暴な理屈でキレはじめる悪霊。

「ユミもお前って言うなよ。ボクにも名前がある」

「それもそうだな。とりあえず、冴は消えないみたいだな。私も消えるつもりはないから、共存することになりそうだな」

 面倒な共存だ。まさか、自分の身体の中で悪霊と一緒に暮らすことになるなんて、思ってもみなかった。

「消えて欲しいけど、そうするしかないか」

 ボクはちょっと投げ遣りになっていた。だって、どうすることもできないんだから。生き抜くためには、この状態で、少しでも生きやすくするしかない。つまり、この悪霊と一時的でも若いするべきだ。絶対にその内払ってやるけど。

「絶対にその内この身体はもらうけど、今は協力しよう。とりあえずは……」

 ボクの考えてることがそのまま伝わってしまうから面倒だ。ボクにはユミが考えていることが全然わからないのに。そのあたりは、未熟な魂と強い魂の違いなんだろう。

「とりあえず、何?」

「強そうな悪霊がいそうな場所に行こうか」

 クソみたいな提案に、ボクは思わず笑ってしまう。こいつ、結構バカなのかもしれない。そして、なぜかそのバカにちょっとだけ付き合ってみたくなった。

「そういうのに詳しい奴がいるんだ。行こうか」

「どうせ、あの女だろ?私は死霊を面白がる奴は嫌いなんだよな。あの女もそのタイプだろ?」

「でも、ボクが知る限り、一番心霊スポットに詳しいんだけどな」

「なら、情報屋として雇ってやらんでもないな」

雇うって何だよ。言葉のチョイスがいちいちダサい。なんかハードボイルド小説にかぶれた中学生みたいだ。

「前の身体の持ち主が好きだったんだ。ハードボイルド」

 訊いてもないことを話はじめる。この悪霊、結構おしゃべりで語りたがりなのかもしれない。

「とりあえず、リカの家に行こうか」


 久しぶりにリカの家に行った。ユミはリカにそっけない態度を取り続けていた。無視をするわけじゃないけど、デートの誘いもほとんど断っていた。連絡は辛うじて取っていたけど、体調が悪いと言ってすぐに話を終わらせる。

「私はこの女が苦手なんだよ」

 こんな感じだ。でも、今はボクが身体の支配権を握っているから逆らえない。

「急にどした?今日は体調いいの?」

 リカは意外とあっさりだ。彼女の家を訪れるのは二ヶ月ぶりなのに。別に感激の涙を流して抱きついて欲しかったわけじゃないけど、あっさりしていた。

「ちょっと話したいことがあってさ。部屋、行っていい?」

 リカは急に深刻な顔になる。そりゃそうだ。最近、そっけなかった彼氏が話したいことがあるなんて言い出したんだから。ボクだって別れ話を想像する。

「いや、そんな深刻な話じゃないんだ」

 本当は深刻な話もあるんだけど、今は話す勇気がない。

「いいよ」

 彼女は少し安心した顔をした。大好きな人の笑顔。抱きしめたくなる。

「気持ち悪いからやめてよね?」

 ユミが不機嫌な声で言った。プライバシーも何もあったもんじゃない。


 ユミがとにかくうるさいので、ボクは早めに本題に入った。

「心霊スポットに関する情報が欲しいんだけど。できれば、ガチでヤバいとこに行ってみたくてさ」

 リカは驚いた顔をした。でも、すぐにオタクの顔つきになる。

「なんか最近様子がおかしいと思ったら、君もオカルトに目覚めたんだね!そういうことなら早く言ってよ!」

 リカに相談したことを、ボクはちょっと後悔した。二時間ほど心霊スポットの話を聞かされたあと、大量のオカルト本とDVDを渡された。

「とりあえず、DVDの方が現地の雰囲気わかりやすいからおすすめ!「星野潔のてめえら逝くな!」と「GOD FOUND」「エグすぎ!」あたりが有名スポット抑えてるからおすすめかな」

「ありがとう」

「特に「エグすぎ!」はディレクターの江藤が金属バットで悪霊と戦うのがマジで最高でさ!あと、「GOD FOUND」は笑いとホラーが見事に融合してて最高!「てめえら逝くな!」はマジでバチ当たりでさ!」

「ありがとう。ごめん、まだ体調が万全じゃなくて……」

 リカははっとした顔をする。

「ごめん。君に久々に会えたのがすごく嬉しくて、はしゃぎすぎちゃった」

 泣きそうな顔をする彼女がたまらなく愛おしくなる。

「さっさと帰るよ」

 ユミの不機嫌な声で現実に引き戻される。とりあえず、家に帰って心霊スポットの研究だ。ついでに除霊出来そうな霊能者を見つけられるかもしれない。

「絶対祓われねえから」

「絶対祓うから」

 悪霊と口喧嘩しながら家路についた。

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