Hello, World!

青い椿

第1話

 華やかな装飾を纏った駱駝たちが砂上を進む。頭上に月の輝く雲ひとつない星空である。数頭が連れ立つ中、一際大きな駱駝に乗った青年が見上げる先には、一段と輝く南十字があった。


 この広大な砂漠では地図など意味を成さない。地図に頼って旅をするものは決まって遭難する。それも不規則に発生する大規模な地殻変動によるものだ。旅慣れた行商人であっても迷うことはままあることだった。だから旅人は星を見て進む。星たちはいつでも一行を見守ってくれていた。


「先に光が見えてきました。朝には着きそうです」


 先頭で荷を背負った駱駝の手綱を引く青年が振り向かずに告げる。その視線の先には月夜に煌々と輝く不夜城が姿を見せ始めていた。


「そうか。ライアは大丈夫か?」


 殿を進む青年が訪ねた先はその前を往く女性―ライアで、軽く振り向いては大丈夫よと艶めかしい微笑みで応えた。先頭の青年はその様子を一瞥するも、特段気にする様子もなく前を見据えて黙々と歩を進めていく。


「昨日オアシスで休めたのが良かったわね」


「前の町からかなりの距離を来たからね」


 一行が前の町を発ったのが五日ほど前だった。小さなオアシスを渡りながら南を目指し、ようやく見えてきた町である。


――不夜城アドラム。


 先に見える町の通称だが、名前のとおりその灯りは夜の帳が下りてもなお消えることがない。首都を除けば国内でも有数の富にあふれた都市であり、多くの旅人や行商が昼夜問わず出入りする。一行が進む先にも大規模だろうキャラバンが灯すランプの光がここまで届いている。


 アドラムに向かって進むにつれて周囲に人が増えてくる。同じく南に向かう集団もあれば、夜の間に町を発ち、一行とすれ違っていく者も多くあった。旅芸人の一団や行商のキャラバンに交じって、中には大した荷物も持たず、服の上に薄い布を羽織った程度で俯きながら砂漠を往く女もいる。


 あのような装備で、女一人で砂漠を越えられないことくらい分かっているだろうに、と駱駝に揺られながら女を一瞥する。どうやら幼子を抱えていたようだ。自分の足で歩くこともままならない子供を連れての砂漠越えは、無謀の一言に尽きる。先を急ぐ女とてそのようなことは承知しているのだろうが、そうせざるを得ない事情が彼女を生き急がせている。


「これは想像以上に……」


 青年は横を通り抜ける女とその子を横目に見送り、苦しそうに眉を顰めた。


「……叶うなら、彼女らが平穏の地に辿り着けますよう」


「シャーラ君は優しすぎるわ」


 今の私たちに全員を救うことなんて出来ないわ、とライアはシャーラと呼んだ青年を憐れむような表情を見せる。


「……わかっている、わかっているよ」


 悲し気に俯くシャーラに気遣うように先頭を往く青年が振り返っている。


「大丈夫だよ、レナード。自分の立場はちゃんと弁えているつもりだから」


「貴方はご自身の理想を見据えていてくだされば良いのです」


 先頭の青年――レナードが毅然とした声音でシャーラに声をかける。


 シャーラはその言葉に少しばかり安心したようにありがとう、と眉を下げた。彼の額に深く刻まれていた皺はもうなかった。


 少しずつ白んできた空に星々の輝きが失われていく。彼らの道はレナードの持つ長柄にしだれる小さなランプが指し示していた。

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