第2話 告白二日前

「さて、今回はどこに行こうか」

「……」


 告白予告から五日が経った。

日々覚束おぼつかない心持ちで過ごすミエルは今日、アンジュに呼び出され街にいる。

いわく、自分への誕生日兼クリスマスプレゼントはミエルと決まっているのでさておき、彼女へ贈るものは買いに行きたいというのだ。

確かに毎年、プレゼントを買いに出掛けるのは恒例だったけれど、告白まであと二日。

二日後、彼が自分に告白する気なのだと思うと、どんな顔をしていいのかも、どんな気持ちでいればいいのかも分からないのに、二人でお出掛けなんて、正直心臓に悪い。

なのに、アンジュはどうしてこうも平静でいるのだろう。


「ミエル、今年は何がいい? ネックレス? それとも新しいピアスとか?」

「……毎年言ってるけれど、高いものじゃなくていいのよ」

 うきうきとした様子でルダンゴットの裾をなびかせ、粉雪の舞う道を行くアンジュに、ミエルはいつも通りを装いながら呟いた。

別に値段にこだわっているわけではないけれど、彼の贈り物はいつだってアクセサリーや高価なぬいぐるみなど、それなりに値の張るものばかり。

おかげで枕元はぬいぐるみだらけだし、アクセサリーも、幾つもらったか分からない。

だから今年こそは普通のもので…と思いながら進言すると、アンジュは蜜色の髪を靡かせるミエルを見つめ、堂々と笑った。

「そうはいかないさ。好きな子に贈るんだから、それなりにちゃんとしたものがいい」

「……!」

「フフ。とりあえず、リヴァードの宝飾店に行こうか。ミエル、あの店の作品好きだものね」



 まっすぐな眼差しで、真剣に、それを告げたアンジュは、顔を赤くして俯く彼女を連れ、大通りを北に向かって進んで行った。

その間も、ミエルはずっと俯きがちで、視線を向ける度、耳まで赤く染めている。

我ながら気障な台詞で彼女を動揺させたことは分かっていたけれど、ミエルの反応に、アンジュは内心ほっとしていた。


 なぜならこの幼馴染みは、ホント涙が出るほど鈍いのだ。

去年も「お兄様の婚約者が決まらないせいで、私にはちっとも縁談が回ってこないわ。どうしよう、もう十七歳なのに。このままじゃ行き遅れる!」と嘆いていたので、

「大丈夫だよ。きみはうちに来ればいい。ミエルの好きなお茶とか用意しておくよ」

 と、口説くつもりで言ってみた。

すると彼女は真剣な顔で、

「え、それってつまり……独り身同士、老後は寄り集まってお茶でも飲もう的な……? あんた嫡男なんだから結婚しなきゃダメに決まっているでしょ! 私だって一生独身は嫌よ」

 なんて怒られ、舞踏会で二曲目に誘ったときは不審な顔をされた。

この国の舞踏会では、全体の一曲目を主催者を含めた夫婦たちが順に踊り出し、二曲目に移ると若い恋人たちや、そうなりたいと望んでいる相手を誘って踊る風習がある。

だからそこ二曲目に誘ったのに、ミエルときたら、

「別にいいけど……普通二曲目って好きな子を誘うものよ? 幼馴染みは後回しでよくない? 結婚できなくなるわよ?」

 と、真面目に心配された。


 そう……。

つまりミエルは、アンジュのことを恋愛対象として見ていないばかりか、自分が恋愛対象として見られていることにすら、微塵も気付いていないのだ。

もちろん、そんなところさえかわいいと思っている時点で負けなのは分かっているけれど、今年こそはと意気込み、実行した告白予告。

予想以上の反応が嬉しくて、つい、イジワルしたくなる。


「……!」

 そんなことを思い、ふと笑みを深くしたアンジュは、おもむろに隣を歩く彼女の手を握りしめた。

雪道で冷えたミエルの手は冷たく、指を絡めると、その細さが伝わって来る。

舞踏会以外で手を繋ぐのは、おそらく子供のころ以来だろう。

昔は彼女の手を握る度、どきどきしていたのはアンジュの方だったけれど、今日はミエルをどきどきさせて、もっと意識してもらいたい。

告白の成功率を上げるためにも、今日のお出掛けは大事なイベントなのだ。

「……あ、アンジュ……」

 すると、心内で策を巡らすアンジュの一方、突然握られた手に、ミエルは蚊の鳴くような声で彼の名前を呟いた。

うるんだ瞳でこちらを見上げる彼女の頬は真っ赤に染まり、今回は間違いなく意識してくれていると分かる。

十数年待ち望んだ反応に、アンジュはとても上機嫌だ。

「どうかした?」

「いや、ど、どうって…なに、この手……」

「気分。もしかして、どきどきしてる?」

「……」


 分かり切った顔でわざとらしく笑う彼に、ミエルは一瞬目を見張ると困ったように俯いた。

手を繋いで街を歩くなんて、恋人同士のすることだ。

おかげで、ついさっきまで感じていた寒さは吹き飛んでしまったけれど、このままお店に行くのは心が持たない。

「あ、あのさ、アンジュ」

「ん?」

 伝わる熱にどきどきしたまま懸命に顔を上げたミエルは、何とか手を離してもらえるような話題を模索しようと試みた。

だけどこういうときに限って頭は真っ白で、話題は何も出てこない。

早くしないとお店に着いてしまうのに。

「その……、アンジュって今まで縁談とかしてこなかったの? だって…ほら、こ、告白って言っても、い、家の意向とか…あるじゃない?」

 幾度か口をぱくつかせ、困り果てたミエルは、気付くとそう問いかけていた。

貴族の子弟である自分たちの交友関係は、そのまま家に直結するだろう。

それが恋人ともなれば、結婚だって視野に入るし、当主の許可だって必要になる。

彼はそう言うのを分かった上で、告白すると言っているのだろうか。


「まぁ、そうだね」

 適当な話題のつもりが真面目な話になってしまったと思いながら、問いかけると、アンジュは一瞬宙を仰いだ後で、歯切れ悪く呟いた。

だが、今さら隠すことでもないと判断した彼は、すぐに真面目な顔で話し出す。

「正直に言えば、縁談話は幾つかあったさ。でも親の決めた相手と生涯を共にするなんて、俺は耐えられない。そうしたら父上が、ならば自分で見つけて来いと言う」

「……!」

「だから、俺はきみに告白するんだ」

 頬に触れ、ここが道端であることを忘れたように彼女を正面から見つめたアンジュは、改めてそれを宣言した。

粉雪が舞う中、ペールアクアの瞳でじっとこちらを見つめる彼の表情は、とても綺麗で。

つい抵抗することも忘れて見入っていると、アンジュは優しい笑顔を浮かべて言った。

「もちろん、きみが俺のことを幼馴染み以上に見られないって言うなら、無理強いするつもりはないよ。でも、この頬の熱が本心なら、嬉しいかな」




 始終彼に翻弄されたままお出掛けは終わり、自宅へと帰って来たミエルは、侍女に用意してもらったアッサムのミルクティーを飲みながら、窓の外を見つめていた。

次にアンジュと逢うのは、明後日の昼に開かれる彼の誕生日のお茶会。

翌日のクリスマスを考慮してか、彼の誕生日パーティはいつも昼にお茶会として開かれる。

そこで、彼はミエルに告白をする気だ。

だからミエルも、それまでに答えを決めなくてはいけないのに。


(私は…私は彼をどう想っているんだろう……)


 毎日考えても出てこない答えを、ミエルは今日も考える。

鼻孔をくすぐるミルクティーの香りは心地よく、お出掛け中に感じていたどきどきは、幾分と落ち着いてきている。


 ミエルにとってアンジュは、大事な幼馴染みだ。

それは揺るがない事実だし、家の事業を考えれば、付き合いが深まることに不利益はない。

だけど彼が欲しいのは利益じゃなくて、心。

一生を共にする相手に心を望んでいるからこそ、縁談ではなく告白を選んだ。

だからこそミエルは、アンジュを幼馴染みとしてではなく、一人の男性として愛せるのか、考えなくてはいけない。

そのための一週間…そのための、告白予告。

それは十分承知しているはずなのだが……。


(うーん、分かんないよ……。私の好きは、彼の好きとはきっと違うもの。だけど何か…答えを…出す方法……あっ)

 はちみつ色の瞳を細め、頭を捻る。

答えを導く方法があれば、きっと自分でも答えを出せるだろう。

そう思い悩む彼女の脳裏に、しばらくしてある方法が浮かんだ。


(そうだ。一昨年恋愛結婚した従姉のリム姉が言っていた。分からないときは……)



 ――…アンジュの告白まで、あと二日。

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