03_アバター始動

 とりあえず、ゴーグル操作で服を着た。俺のアバターとはいえ、裸の男が隣にいるのは居心地が良くなかったからだ。さすが体形をスリムにしただけあって、ここ数年太って着られなくなっていた服もスルリと着こなした。何なら、ウエスト周りはそれでも余っていたくらいだ。


 落ち着いた所で、今一度説明書を読んでみる。


◆一度コピーを作成すると初期状態には戻せません。

こ、これは地味に厳しい。もし、このアバターが不要になった時どうする……? こんなものを捨てたりしたら大事件だ。処理の仕方は、後で考えよう……


◆内蔵バッテリーの駆動期間は約3年です。

動力源は何なんだろう……充電無しで3年も動き続けるという事? まあ、少なくとも3年間は付き合う事になりそうだ。


◆バッテリー交換不可。バッテリーが切れるとアバターは停止します。

……って言う事は、3年後には死んじゃうって事? なんかそれは辛いな。


◆1日3リットル以上の水を口腔から摂取させてください。(水分以外の摂取は厳禁です)

目の粘膜だったり、肌の自然なしっとり感など、全てを水で補っているらしい。お茶ならギリOKで、糖分、油分、アルコール及び、固形物は摂取厳禁なようだ。


◆汗腺以外からの排泄機能はありません。

不自然にならないよう、極暑環境などでは汗をかかせるようだ。あと、お茶などを口にいれた際には、不要物を最小粒度の粉体にして汗腺より排出するとある。なんか分からないけど凄い。


◆破損する恐れがあるので強い衝撃等を与えないでください。

まあ、これは当たり前と言えば当たり前。だけど、多少の切り傷等なら自動修復しますだって。ほう、これも凄い。


◆AIによる自動行動が可能です。

ゴーグルでの操作を積み重ねる事によって、より本人に近づいたコピーになるとの事。これは助かる。いつかは二人バラバラで仕事が出来たりするのだろうか。



 そう言えば昼過ぎに荷物が届いて、もう夜の7時を過ぎていた。とりあえずは試運転も兼ねて、コンビニにでも行かせてみるか。


 早速、気になっていたAIモードを起動させてみた。


 アバターはキョロキョロと周りを見回した後、俺に視線を向けた。その動きはごくごく自然で、本当の人間にしか見えなかった。


「こんにちは」


 アバターは笑みを浮かべて、そう言った。


「お、おう……本当に自動で動くんだな……じゃあ、まずは名前を付けるか。んーと……お前の名前はタクにしよう。俺が斉藤拓也で、お前が斉藤タク。今日から俺たちは従兄弟いとこという設定だ」


「俺の名前は斉藤タクね。……で、そっちが斉藤拓也。そして、俺たちは従兄弟同士……OK、これからも宜しく」


 説明書によると、ゴーグルでの操作中以外は、自動で行動してくれるらしい。人としての基本行動はインプットされているので、最初からAIモードはオンが推奨と書いてあった。


「じゃ、今からコンビニに行く。まだ自動運転は心配だから、俺がゴーグルで動かすよ」


 俺がそう言うと、タクはコクリと頷いた。


 早速、ゴーグル越しにタクを動かし家を出た。ビックリするくらい自分が行動するのと変わりが無い。3年という縛りがなければ、食事以外はタクとして生きていく方が楽かもしれない。そんな風にまで思った。


 コンビニまでは徒歩約3分。家賃の安いハイツだが、環境はそれなりに良い。歩いていて気付いたのだが、街のかすかな匂いや、頬の辺りに夜風を感じた。顔をスッポリ覆うゴーグルには、そのような機能もあるらしい。


 ちなみに、顔以外の手や足も感触を伝えてくる。ポケットに手を突っ込んでみたが、ちゃんと指先で鍵を掴んでいる事を認識できた。説明書には『幻肢に起きる現象の応用』などと書かれていたが、俺には何のことだか分からなかった。


 コンビニで何の問題も無く買い物を終え、帰り道ではタクを軽く走らせてみる。


 タクの「ハッハッハッ」という呼吸音は聞こえるが、俺自身は全く疲れない。おかしな話だが、タクを操作していて初めてバーチャル感を覚えた。走っても疲れないなんて、ありえない事だからだ。


 無事ハイツに戻り、我が家である201号室に鍵を差し込んだ。ドアを開けようとしたタイミングで、お隣202号室のドアが開いた。お隣の吉田さんだ。今からどこかへ出かけるらしい。


「こんばんは」


 お互いに軽く会釈してタクを自宅に戻した。


 一人暮らしをしている俺の部屋に、解錠して別の男が入っていくのを見た吉田さんは何を思っただろう。


 ちなみに吉田さんは、子持ちのシングルマザーだ。

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