第12話 屋敷

 保温の魔導具の中に入ってた紅茶を飲みながら、無表情でも目を輝かせながらパンケーキを楽しんでいるエマに話しかけた。


「そういえば、エマってこの街の事調べてたよね」

「……? ほう。ほのまひのことはにもしらはいから」

「ごめん。飲み込んでからでいいよ」


 口に入れていたパンケーキをこくんと呑み込み、エマがしれっとした顔で話しだす。


「そう。この街の事何も知らないから」

「この街の領主の事は調べた?」

「えーっと……サリアザード侯爵は国境が隣接してる帝国の内戦とか戦争とかの余波を防いだり、その上で領地を栄えさせた凄い家。代替わりしてもずっと優秀で、一族自体が王族にとても信頼されてる。見たいなことは書いてたはず。今代当主の名前は……"なんとか・サリアザード"」

「"ガイルド・サリアザード"侯爵様ね。それだけ知ってるなら十分だよ」

「十分? 何かに必要なの? ……はむっ」

「そういう訳じゃ無いよ。この国に住んでる以上貴族の事も知っておかないといけないし、一応聞いてみただけ」


 エマは首を傾げながら再度パンケーキをぱくりと食べた。

 口の端に着いたくずを取ってあげながらその質問をはぐらかすように答える。


「んっ……ありがと」

「どういたしまして。……さて、そろそろつくかな」

「わかった」


 馬車が減速して一度止まり、そこからまたゆっくりと動きだすのを確認して、エマに壁に掛けていたコートを渡しながら立ち上がる。


「初めて乗る馬車はどうだった?」

「不思議な気分。『車』より揺れなかった」

「……『車』? それはエマの国の乗り物?」

「うん。昔にちょっと乗った事しかない。こんな風に中だけ広くなったりしてないけど」


 そんな話をしていると、僕が馬車の扉を開けるより先に外からセイズさんが馬車の扉を開けてくれた。


「到着いたしました。まずはお部屋に」

「分かりました。エマ、行くよ」

「うん」


 僕が先に降り、馬車の中のエマに手を伸ばしてサポートする。


 街の中で馬車に乗りここに到着するまで、そこそこ時間が掛かった。

 別に長すぎるという訳では無いが、短いと表現するには違和感がある。


 具体的には、各方角にある門からこの街の中心であるサリアザード侯爵の屋敷に、馬車で向かった際にかかる程度の時間だ。


「……ねぇ、ゼノ。……ここどこ?」


 馬車から降りたエマが、ジトっとした目でこちらを見て来る。その問いに、にっこりと微笑みながら答えた。


「サリアザード侯爵の本家だよ。綺麗だよね」


 馬車を降りた僕とエマの目の前には、緑銀と白に彩られた大きなお屋敷があった。


 街側を見ると綺麗な白い壁に囲まれていて、いま閉じている門を通ってこの場所に入ってきた事が分かる。


 門の中はお屋敷以外にも広く空間がとられていて、門からお屋敷の入り口まではレンガ造りの道と生垣や噴水などで飾られているが、遠くには門の内側なのに雪の積もった林のような場所がある。


 一目でわかる、財力と権力を兼ね備えた者の住居だった。


「……わざと黙ってたの?」

「うん。ちょっとわざとらしかったかな?」

「凄いのは分かるけど、そこまで興味ないから。……でもゼノ、意地悪しようとした」

「ごめんごめん」


 周りを少し観察した後、エマが上目遣いで腕をグッと引っ張ってくる。ちょっとは怒っているらしい。


「……偉い人の家って、領主の人の事?」

「そうだよ。ちょっと面識があってね。僕の友人がここに住んでるんだ」


 友人の件については、元々サリアザードと関わりのあったそいつが、ある問題の解決のため僕をサリアザードに紹介したという形で縁が出来た。


 エマを拾う前までは僕もその事情の解決に協力していたが、ちょうど僕の力がいらなくなった辺りでエマを拾ったのである意味丁度良かった。


 セイズさんに先導して貰いながら屋敷まで進み、大きな扉の前までたどり着いた。


「……おや?」

「ゼノ? どうしたの?」

「なんか妙な気配が……」


 僕が声を発する前に、セイズさんが屋敷の扉を開けた。


「っ……ゼノ。いっつもこんな感じなの……?」


 扉から中央にある大きな階段まで広がる赤い絨毯と、その両脇に並び立つ使用人達。

 彼ら彼女らは無言のまま頭を下げ、完璧な礼を持って僕達を受け入れた。


 ちょっと引いた声で尋ねてくるエマに、僕自身も少し動揺を隠せないまま苦笑して答える。


「……いや、うん。僕も初めてされたよ、結構凄い光景だね」

「不気味……」

「完璧過ぎて機械みたいだよね。……ふむ、ちょっと悪戯したくなるな」


 嫌がらせでそう口にすると、見た目だけではあまり感じ取れないが、並んでいる顔見知りの数名から微かな動揺が感じられた。


「あ……今、あの男の人の魔力が動いた」

「おや、そんな事も分かるのかい?」

「うん、雰囲気がちょっとザラってした……魔力操作ができないって訳じゃないけど、魔力を体の内に留めるのがちょっと苦手?」

「凄いね、確かにその通りだよ。……でも、人の特徴はあんまり口に出さない方が良いかもしれない」

「? 分かった」


 エマがここ数か月で発揮した才能、森では魔獣相手に発揮していた異常に鋭い感覚に驚きながら、エマの常識の少なさに合わせて危機感を持つ。


 世間に対する認識を広めるという点では少し異質な場所だが、魔術師と関わるという点ではかなり上質な環境だ。


「ゼノ様、お部屋はお二人一緒で構いませんか?」

「ありがとうございます。それで大丈夫ですよ、いつもの部屋に荷物を置いていただければ——」


 僕の鞄を受け取ってくれるセイズさんの言葉に答えていると、空間全体にぐっと圧力のようなものがかかった。


「……ゼノ、 が降りてくる」


 エマがまだ緊張の残っていた声をやけに尖ったはっきりとした声音に変え、階段の上から軽い水のように流れてくる魔力に警戒を示す。


 エマの見た目だと警戒している小動物のようだが、そこから発せられる圧は決して弱々しいものではなく、自分の獲物を狙おうとした相手に威嚇する魔獣のごとき圧だった。


 同年代の中では突出したエマの魔力量。


 彼女は同年代の魔術師を知らないが、明らかに異常な才能だ。


 しかし、限度はあれど確実に成長と共に伸びていく魔力量では彼女に敵わない。


 エマが僕と自分の周囲に広めようとしていた魔力が、階段の上から流れ降りて来る魔力に押し負けて玄関前の広場が一つの魔力に満たされる。


「ハハッ! 元気がいいなぁ、お前の隠し子は」


 銀にも見える鮮やかな翠色の髪を持った普通より小柄な女性が、上機嫌に高らかな声を上げながら階段の上に現れた。

 その女性に向かって、呆れを隠さず告げる。


「……隠し子なんかじゃ無いって、手紙で伝えただろう」

「そうだったか? そうだった気がするな。……確か——恋人でも隠し子でも無い、とかだったかな」


 どこか煽るような口調、それを僕では無くエマの方に向けて言った。


 ……言っている事は当然の事だが、そういう系統の話をエマにするのはあまりよろしくない。急いでエマと階段の上から見下ろしてくるその女性の間に割り込んで口を挟む。


「待てリュアティス、そんなのあたりまえで——」

「ゼノ、私あの人嫌い」

「……」

「言うじゃ無いか。やはり元気が良い」


 背後から聞こえて来る冷たい声。


 正面から聞こえて来る明るい声。


「はぁ……」


 仲良くなって貰うつもりだった二人の関わりを半ば諦めながら、そこそこ本気でため息をついた。



◆ ◆ ◆



 今日二話更新。


 ちょっと書き溜め。思い出した時にでも読みに来てくれたら幸いです。

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