第6話 死にたいと思ったでしょ

 大学がこんなに苦しい場所だと思わなかった。最初は自由に授業を選べて、楽しく仲間と遊んだり勉強会をしたり、映像作品を作ってもいいかもと思った。


 僕は派手な見た目をしているせいか、真面目な学生は寄り付かなかった。大学デビュー失敗だ。周りにいるのは男を毎晩変えて致す女子学生か呂律が怪しい目の焦点が合わない男子学生などクズのような人間ばかりだ。


 クラブに誘われ、金を取られ、講義どころか映像作品さえ作ることが出来ない。周りと話しても「今がサイコー」としか話さない自称友達クズ。挙句の果てに教室で電話して、クズ丸まま先生に目をつけられている。


 一限の講義を受ける為に僕はクズより早く登校した。アイツらは昼からしか来ない。先生は噂を聞いているだろう。嫌な顔をされた。

 もうここで生きたくない。そう思ったのはゴールデンウイークまでで、みんな顔を見なくなった。

 安心出来ていた、ある日待ち伏せされて、クラブに連れて行かれて、変な薬を飲まされた。吐きだしたが、変な浮遊感があった。その瞬間、気持ちよさではなく、リアルに死にたいと思った。


 クラブの外に出て、頭が痛かった。ふらふらになりながら、車道を目指した。このまま死んだ方がいい。どうせ捕まるし、いいこと無い。歩道橋から下を向いた。

 柵の上に乗った。全部、終わりにして無くなってしまいたい。自殺しよう。ダメだ。もう無理だ。



 後は。



「死にたいと思っているでしょ」

 声に懐かしさがあった。そんなはずがない、薬で頭がおかしくなっている。幻覚だ。薬ってダメだな。姉は三年前に交通事故で死んだ。


「姉ちゃん。死ぬ前にこんなの無いよな」


「辞めてしまいたいなら、こんな悲しい方法じゃなくてどこも行かない方がマシだよ。まぁ、死にたい気持ちは分かる。だから幻覚のアンタの姉と楽しい事しようよ。まずは水飲んで」

 幻覚から差し出された水は冷たかった。暑い日にちょうど良かった。


「じゃ、行こう」


「こんな深夜にやっている店なんか無いよ」


「それはだね、お姉ちゃんパワーでなんにでも出来るのさ。わんわんカフェに行こうよ」

 路地をいくつか抜けてドッグカフェと看板が出て来る店があった。


「わんわんとたまむれよう」

 電気がついていた。中に入ると犬がたくさんいた。


「私、ゴールデンレトリバーわんわんがいいな。弟君はどのわんわんがいい?」


「ハスキーで」

 触ったハスキーは温かかった。幻覚すごいな、温かいのも再現できるんだ。


「ご飯もあげることで出来ます」

 ハスキーが鳴いた。遠吠えだ。


「ここ住宅地」


「大丈夫だよ。わんわんお腹空いていたのかな。じゃ、ゴールデンレトリバーわんわんにはジャーキーをあげよう。弟君もジャーキー」

 ちょっとずつあげることは出来ずにハスキーがガツガツ食べた。


「どうかね、弟君」


「最近で一番楽だよ。そんで眠い」


「寝ちゃいなさい。起きたらお母さんに言うのよ。辞めたい転校したいって」

 目を覚まして起き上がろうとしたら、止められた。あちこち骨折したらしい。自殺は失敗に終わったようだった。


「母さん。俺、大学辞めたい、ダメなら転校したい」

 退院して家に帰ったらすぐにあの辺のドッグカフェを探し出した。


 あの辺りにあった犬カフェは三年前に閉業していた。門構えがよく似ていた。


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