厭世ということ

進行形

プロローグ

 20xx年、その時は突然としてやってきた。

5月4日、俺は今日も今日とて会社へと出社するために6時に目を覚ました、いつもと同じようにテレビをつけ決まったチャンネルのニュースを流し準備をしようとしていたのだが、いつものニュースが流れない……、チャンネルをくるくると回してもほかのどのチャンネルすら反応しない。

「故障か……?まぁ、今日会社から帰ったらちょっと調べるか……。」

ため息一つこぼしながらリモコンをソファに無造作に投げて、朝食、洗顔、その他準備を着々としていく。今日は朝の準備中に何度か意識が暗転するような、そして妙な倦怠感を抱いていた。彼は自身のことを几帳面で真面目な性格だと自己分析を行っていた。

風邪を疑ってみたが、熱はなければ風邪に似た症状といえば妙な倦怠感だけだろう。大事をとって休みたい気持ちはあったが、今日は大事な商談の日でもあった、薬品箱から栄養剤と風邪薬を水道水で食道に流し込み、少し駆け足で家を出る。

 久々に走り息は完全に上がってしまったがいつもと同じ電車になんとか乗ることができた、ただいつもと同じ電車のはずなのに乗っている人があまりにも少ない、それだけじゃない、駅にも通ってきた道にもほとんど人がいなかったことを思い出した。

早い動悸が収まらなかった、ただ意味合いだけは変わった、急な運動から得体のしれない不安な気持ちへと切り替わっていった。

突如めまいのようなものがして体勢を崩す。つり革をつかんでいた手がいつの間にか開きその場に横転してしまう。よろめきながらも近くに空いていた優先座席に這い上がる。周りを見渡した、朝っぱらから酔っぱらいのように横転するものがいれば見もののようにこちらを注視されているかと思ったが、一切こちらに視線を向けようとはしなかった。ただそれもどうでもいいように思ってもいた。とりあえず息を整えようと深呼吸をしようにもそれに反比例し動悸が激しくなっていき、どうしようもない不安に襲われ続けていた。

だめだ、こんなのじゃ、会社に電話しようとスマホを取り出す。

1件の通知が来ていた、普段なら気にも留めなかっただろうがその見出しに惹かれニュースアプリを開く、ながながと書かれたニュースを虚ろな瞳で見る、突然電車が止まり、スマホが宙を舞う。でももうそんなことすら気にならなかった。

少ししか理解できなかった、それでも要点は理解した。


『急性惰性症候群(exigent idleness syndrome)』新型の感染症のようだった。

感染者は不可抗力的な不安と惰性に悩まされる。

そして、死ぬことだけはできないらしい。

ストッパーのようなものが外れ優先座席に寝っ転がり虚ろな瞳を下に落とした。

煙のように心の内を覆いつくしていく黒い煙が理性を、明日を奪っていく。

そして、視界は完全な黒に染められた。


この3日後には感染者が99%を超えたがいまだこの病気が直接的な原因としての死者は確認されていない。

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