第六話 アジャ商会


あたしリーアは数日後の夕方、街に出てみる事にした。

体は十分馴染んでる。

あたしシャニは何となく子供っぽい振る舞いをしてるけど、大人の体でいるとそれなりに大人の感覚で動ける。体から受ける感覚ひとつで、感じ方や考え方、振る舞いが変わってくるのは、不思議っちゃ不思議。

人の居ない路地裏に転移し、表通りに出る。前にタークで通った商店街だ。人通りは随分少なくなっている。普通に物を売る店は夜になったら閉めるからだろう。

あまり目立ちたくないので、そこそこ大きく、室内でテーブル席がある店を選んで入る。


げ。一斉に視線を浴びた。

前合わせ着物風の衣装が大半のこの地方で、貫頭衣にケープといった出で立ちはやはり目立つんだろう。物珍しそうな視線の中を、一番奥のカウンター目指して進む。

「お客さん、どこの人だい?見かけない格好だね」

カウンター越しに、小太りのおじさんが声をかけてきた。

「ああ、ちょっと遠いとこよ。だから、これここで使えるか見てくれない?」

あたしリーアはアクシャナの金貨を見せてカウンターに置く。

小太りおじさんは目の前で、金貨を何度もひっくり返しながら調べる。

「ん、まあ使えるね。じゃ、好きな所に座って、注文決まったら呼んで」

そう言って、あたしリーアに金貨を返した。


「ちょっと待った」あたしリーアの後ろから割って入った人がいる。

「お嬢さん、その金貨、ちょっと見せてくれるかな?」

ちょっと渋い感じの壮年の男。みなりは良さそう。

「はい?良いですよ」とあたしリーアは金貨を渡す。

同じように金貨を調べてあたしリーアに返し、

「どうです?良かったら私たちと同席しませんか?」

そうあたしリーアを誘った。え?ナンパ?でも手を指し示す先は何人かの男女の座るテーブル。そういうわけじゃ無いのか。断る理由も無いので誘いに乗る。この世界の色々な情報を聞けるかもしれないし。


連れて行かれた席では女性二人に男性三人が食事をしていた。いずれもこざっぱりした良い身なり。

テーブルにはチャパティもどきや肉、野菜、魚など、それぞれが大皿に盛って置いてある。それを各々で取り分けるらしい。大きな鉢にはスープが並々と満たされていて、木の杓子で自分の椀に入れる。壺のようなものにはお酒が入っていた。この一行は裕福らしい。


あたしリーアが席に着くと、若い女性が小皿に料理を取り分けてあたしリーアの目の前に置いた。ごつい感じの男性が壺から酒をコップに注いでくれる。

「まずは乾杯と行きましょう」

あたしリーアを誘った男性が音頭を取る。

「おー」皆が唱和して一斉に酒をあおる。

あたしリーアは勢いに流されて一緒に酒をあおった。

「ええっと、これは?」意外な成り行きにあたしリーアはまごついてしまう。


「奢りですよ。異国の方に色々お話を伺いたくてね。私はマッシュ・アジャ。アジャ商会を営んでおります」あたしリーアを誘った男が自己紹介をする。

「ラカン・サンダク。警護隊長をやっております」と、ごつい感じの男。

「あたしはルウ・シンスワミ。商会付きの魔道士よ」これは年配の女性。

「パン・スギヤです。警護隊員です」髭面の壮年の男性。

「ボクはアイン・サンデニ。会長付の秘書、といった所かな」黒髪の少年。

「私はムイ・トートズイ。小間使いです」かっちりと黒髪を編み上げた少女。


うわ、あたしリーアの番だ。えーっと、前に考えていた設定でいこうかな。

「あたしはリーアって呼んで下さい。今のところ、旅の魔法使い、かな」

「おお、魔法使いとな?その若さで?」ルウ・シンスワミおばさんが反応する。

「まだ未熟者ですけど」ここは元日本人。思いっきり謙遜しておく。


「待て待て、話は私からだよ」マッシュおじさんが割って入る。

それから急に真面目な顔になってあたしと向き合った。

「先ほどの金貨だが、どこで手に入れたか話して貰えますかな?」

えー、アクシャナの報酬とは言えないな。当たり障りの無い所で、

「我が家に伝わる物だと聞いてますが……」

「ふむ。あの金貨の値打ちを聞いてないんですか?」

「ええ?はあ……」

「間違いなく、暗黒時代前の古貨で非常に稀少な物ですよ。一説によると八百年前に鋳造された物だとか。今なら一個、金貨百枚で取引されてますね」

「はああっ?」あたしリーアは驚きの余り、間抜けな声を出してしまった。

金貨百枚も驚きだけど、八百年……アクシャナってそんな昔の人だったんだ。

「当時の金貨は暗黒時代の間に鋳つぶされて、ほとんど残っていないんです。その後鋳造された金貨は全て混ぜ物入りでね。あれは純度も非常に高くて貨幣としての価値も高いんです」

あ、さてはさっきの小太りおじさん、知っててとぼけてたな。あの金貨を只の金貨一枚として受け取り、金貨百枚で売り飛ばすつもりだったんだ。


「で、ここからは商談になります。あの金貨を譲って頂けませんかな?私も商人なので、そのまま金貨百枚というわけにはいきません。七十枚でどうでしょうか?」

あたしリーアはちょっと考えた。アクシャナの金貨はそのままでは使えそうに無い。なら。

「分かりました。お譲りします」

あたしリーアがそう答えると、話を聞いていた少年がぶはっ!と吹き出した。

「おいおい、リーアさん、少しは駆け引きするもんだよ。あこぎな商人相手にそれじゃ、ぼったくられまくるよ」

「あこぎな商人呼ばわりは心外だな、アイン」マッシュおじさんが渋い顔をする。

あー、そうなの?あたしリーアには価格交渉みたいなのは良く分からない。

「でも、良いです。あたしにはすぐ使えるお金が入り用ですから」

「他にもこの金貨、お持ちかな?」

「三枚持ってます」

「全部譲って頂けますか?」

「はい」

それで商談成立。

ムイ・トートズイが金貨を取りに店を出る。


それからはあたしリーアについての話になった。あたしリーアはアクシャナの国を元に、適当に脚色して答えた。もうその国の名前も伝わっていない。魔王対戦もおとぎ話になっているようだ。

それからこの世界の事情について、あたしリーアが色々聞き出す流れになった。


話を総合すると、魔王対戦の後、生き残った魔道士が全体を支配しようとしたらしい。でも、それに反発する人たちとの争いが始まり、大陸の至る所で戦争が始まった。

それが暗黒時代と呼ばれる四百年間。ルウ・シンスワミの話では、暗黒時代の間に多くの魔法が失伝したという。そして文明は後退した。人口は激減し、戦争を起こす力すらなくなったという。

この辺りの記録はほとんど残っていなくて、色々食い違う口伝がちらほらあるだけのようだ。


転機は暗黒時代の終わり頃。魔素を蓄積する魔鉱石と術式を刻印できる魔晶石が発見された。これにより徐々に文明が復活し、新しい国々が興ってきた。

ここ、ハバータ大陸には現在、ツツ連合王国、ライカリア帝国、クノート共和国が三強で、その他無数の小国があるとの事。

三強と言われる国も元々はごく小さな国で、四百年のうちに周りを徐々に併合して大きくなったらしい。

でも、暗黒時代以前の水準に戻ったかどうかは分からないらしい。かつて交流があったとされる他の大陸の様子も知れない。


「で、クノート共和国には奴隷制度が残っていてな、人攫いが良い商売になるらしい。だからリーアさんも気を付けた方が良い。女の一人旅は危ないよ」

マッシュおじさんから退っ引きならない話を聞いた。

まあ、あたしリーアには空間魔法があるから、攫われてもいつでも逃げられるけど。

「ありがとうございます。気をつけます」

一応、お礼を言っておく。


「とか言って、商隊に誘う前置きかな?」

アイン少年が茶々を入れる。

「いや、口説く気じゃないかえ?」

ルウ・シンスワミおばさんがニヤニヤする。

「お前ら儂を何だと思っとるんだよ」

マッシュおじさんがわざと膨れる。


何だ?この気安い掛け合いは。

でも、アジャ商会はハバータ大陸中に販路を持つ大商会で、本来なら会長たるマッシュおじさんがわざわざ商隊に混ざるなんて、あり得ないという。

「わっはっは、良い番頭も育ったし、部屋にくすぶってたんじゃ商売の感も鈍るからな」

「ただフラフラしたいだけなんでしょうが」

ルウ・シンスワミおばさんがまた揶揄する。

「会長、遊びたい盛り」アイン少年がそれに乗る。

「子供に言われたくねえぞ」マッシュおじさん、少年の首に腕を巻き付ける。

じゃれまくってる。


そのうち、ムイ・トートズイが戻り、三枚の古貨と引き換えに、あたしリーアは二百十枚の金貨を受け取った。アイン・サンデニに言わせるとあたしリーアはぼったくられたらしい。でもマッシュおじさんはいい人だと思うよ。騙し取ろうとはしなかったもの。

アジャ商会は年二回取引のためマンレオタ領に来るそうなので、その時はまた会いましょうということでお別れ。

これでとりあえずは食べ物の調達には事欠かなくなった。


あと、欲しいのは疑似空間に浮かべる家。まあ、欲しいのは部屋なんだけど。

それから何日かかけて手頃な小屋をみつけた。深い森の奥にある丸木小屋で、放棄されて年月が経っているらしく、あちこち痛んでる。

でも無重力の中で使うんだし、周りに壁と床、天井があれば良い。転送の性格から言って出入り口すら必要無い。灯火も魔力切れなだけで、魔鉱石を入れ替えるとちゃんと灯った。


それから三日かけてお掃除と出来る所は補修。前世の大工クロのスキル発揮ってとこか。

これを疑似空間に転送する。

家具やなんかはぷかぷか浮かぶし、体の位置によっては床が上、天井が下になってしまう。

まあ、家具は要らないので別の疑似空間に転送した。室内移動用にロープを買ってきて何本か張り巡らす。日常よく使うものは袋に入れてロープに結びつける。

これで何も無い空間と違って、ある程度落ち着ける空間になった。


それから街に出て何着か衣服を買い求める。アクシャナの衣装のままでは悪目立ちするので、ありふれた衣服にした。

朝夕は街の食堂で食べ、できるだけ多くの人と話をするようにして情報収集に務める。衣服を替えた効果か、奇異の目で見られる事はなくなった。


幼女のあたしシャニは相変わらずカーサ母様とタークでお出かけする。

一方、ホムンクルスのあたしリーアは領外の空間把握範囲を広めるように動いた。

空間把握領域のギリギリ端で転移し、そこで四キロの領域を新しく把握する。それを毎日繰り返す。出来るだけ転移できる領域を増やすためだ。そのうち、大陸中どこでもドアが出来るようにするんだ!

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