第15話 お兄ちゃんは私以外の人と話しちゃだめぇ

「すいませーん!」


 妹を元の世界に帰すという使命を得た以上、声については気にしていられない。


 まあ、もしかしたら言葉が通じない可能性もあるにはあるだろう。そのことを考えなかったわけではないが、果たして、見つけた女性めがけて全速力で走った俺に対し、女性も反応を返すようにゆっくりすぎる動きで振り向いてくれた。


 どうやら、何か言ってることは通じているらしい。


 だが、その顔は友好的というにはあまりにほど遠く、あり得ない存在でも見つけた時のような、驚いた様子で目を見開いていた。


 その一瞬後、女性の上半身は消し飛んだ。


「え」


 咄嗟に後方へバックステップ。ここ最近で身についてしまった戦闘本能による反射だった。考えるより先に体が動いていた。


 がしかし、自爆系の攻撃ではなかった。目の前の人影は、もうすでに人影と呼べるような形をしていないが、まだ形が残っている。爆発系の攻撃だったなら、上半身だけ消えるという奇妙な現象は起き得ない。


 こんなことしていると、お前は人間相手でも警戒していたのかと疑われそうだ。もちろん、俺の友だち、彼女いない話は世間の知るところ、つまりは、おかしな行動としてカウントされることはないだろうと思っているが、俺はそう、やはり警戒していた。


 当然だ。上半身が消し飛ばされた彼女を、俺は女性のような姿をした影と形容こそしたが、女の人とは言わなかった。その実、人でなく女性型の魔物だった。


 魔物である証拠としては、今魔物が絶命し、血肉を残さず消えようとしているところにある。


 これまでの経験上、魔物は力と姿にほぼ関係がない。代わりに、人に近い姿をしているかどうかということは、人の言葉を操る際、流暢かどうかに関わってきていた。


 肉体を真似ることで、発声に必要な器官も真似ていたのかもしれない。とにかく、そんな理由で話が聞けることを期待しての行動だったわけだ。


 以前、俺から話すより先に、日本語でコミュニケーションを取れたことがあったから、話してから通じない可能性を考慮したってことになる。


 姿形が今までで一番人に似ていたのは、これまでの魔物たちが、俺を倒せなかったことに対して、業を煮やしたとか、そういうことではないだろう。魔物は最期、俺のことを見ていなかった。あくまでそこにいただけだった。


 それはさておき、今の出来事を俺がやったわけではない以上、どうやら俺が会話をする前に、手を打たれてしまったみたいだ。


「天華」


「間に合ってよかった」


 俺の後ろからついてきていた俺の妹が、一見女の人と見間違えるほど精巧な作りの肉体をしていた魔物を、なんの抵抗もなく撃ち抜いた。魔法により体を貫いたのだ。


「ははは。あはははは」


 振り返るとそこには、女性のところをにらむようにしながら、無表情の天華が右手を前に突き出していた。声に出して笑ってはいるものの、顔にその表情が出ていない。


 そして、その背後には、ぱたぱたと音を立てる本が浮いていた。またしても見るその姿。どうやらオンオフは可能らしい。


 血肉も残さず魔物が全て蒸発すると、その本は役目を終えたように、光の粒子となって消失した。


 そういうシステムなんだ。


 俺があっけに取られていると、天華は一仕事終えたという感じで手を払い、いつものにっこり笑顔で俺のところまで駆けてきた。


「お兄ちゃん、危なかったね」


 俺の頭上スレスレを狙って魔法を放った天華は、さして気にした風もなくそう言った。


「誰のせいだよ」


「え? あの女のせいでしょ?」


「女って……。まあ、魔物だったけど……」


 もしかして、ドラゴンを見かけた時もさっきみたいに見境なく攻撃したから、襲われてたんじゃないだろうな。


 そのことはいいか。


「お前なあ。それにしたって決断早すぎだろ。もしかしたら、さっきの魔物から話を聞けてたかもしれないだろ?」


 その言葉に、彼女は肩をすくめるような仕草をした。そう言われても、みたいな感じだ。


 え、なに? あ、そういや天華は知らないのか。この世界の魔物事情とか。それならラッキーを取りこぼさないために説明しとくべきだった。


 と思っていると、返ってきたのは正反対の言葉だった。


「お兄ちゃんは気づいてなかったかもしれないけど、あれは人じゃないよ?」


 諭されてしまった。俺が魔物だと気づいてないみたいに言われてしまった。


「いや、それくらい知ってるよ。さっきの魔物、って言っただろ? それくらい、魔法が使えなくてもわかるって。後ろ姿でも見分けはつくさ。だからって、俺に何も言わずノータイムで倒さなくってもいいじゃんか」


「それはごめん。一言かけるべきだった」


「わかってくれればいいんだよ」


「でも、お兄ちゃんが私以外の女性と話しちゃダメだよ。今は女の子なんだから、男の人もダメ。でしょ?」


「そうだな。それは悪かった。……ん?」


「わかればよろしい」


 満足したように天華はそう言った。腕を組んで、てかてかしている。やけに嬉しそうだ。


 いやいやいや、なんでそんな反応なんだよ。女性も男性も話しちゃダメって、それ、俺に会話するなって言ってるだろ。


「待て天華」


「なーに?」


「別に俺が女の人と話しても良くないか? 心配の心配ってことか?」


「決まってるよ。今のお兄ちゃんは幼女なんだよ? だったら、危険から身を守らないと。変なお姉さんにさらわれたり、変なお兄さんに襲われたりした後じゃ、後悔しても遅いんだよ?」


「まあ、そうか?」


 さらわれないかって言われればわからないし、襲われないかって言われればそれもわからない。


 一理ありそうな気もする。


 けど、変なお姉さんって、天華も含まれそうじゃないか?


「じゃあ、天華が情報を集めてくれるのか?」


「えー。私、お兄ちゃん以外と会話したくない」


「わがままか」


「まあ、小さくてかわいい女の子だったら、考えなくもないけど……。とにかくお兄ちゃんは知らない人と話しちゃダメだからね?」


 知らない人って分類になってしまった。天華と以外話せないじゃないか。この世界、知らない人しかいないんだから。


 それに、そう都合よく俺みたいな見た目の子が出てくるかよ。


 以前は俺が何しても知ったこっちゃない感じだったのに、俺が妹みたいな見た目だから、母性がくすぐられるってことなのか?


「守れる分は守るよ」


「お願いね。さっきのは、いくら人外とはいえ、女性がお兄ちゃんと話しちゃダメってこと」


「へいへい。まあでも、一瞬過ぎてわからなかったと思うけど、あれくらい人に近いと、魔物でも流暢に話すってことは覚えておけよ?」


「はーい」


 しかし、どうして急に、人そっくりな姿の魔物が現れたんだ?


 一目見ただけじゃ人と間違えるほどの魔物。一体どこから……?


 考えてもわからないか。


 なら、今は近くにダンジョンあるし、人がいないことを祈りつつそっち行くか。

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