♰Chapter 3:『夜の幻想事件』における事後処理2

「……ふむ、予想通り」

「〔盟主〕、嘘はすぐばれますよ」


静かに見守っていた水瀬の突っ込みに結城はバツが悪そうな様子を見せる。

言葉に間があったことからもこれほどの精密投擲は想定していなかったのだろう。


結城は一度軽く咳払いをすると言葉を続ける。


「精度が高いぶんにはいいだろう。それよりも使ってみた感想はどうだい?」

「確かに身体の一部のように動かせました。いい贈り物です」


オレが意識すると深々と突き立っていたにも関わらず、短刀が手元に戻ってくる。

それ以降は普通の短刀のように飛ぶこともなくなる。

充電式と言っていた以上、魔力をある程度供給しておかなければアーティファクトとしての権能が保たれないのだろう。


「早速使いこなしているね。それに喜んでもらえたなら用意した甲斐があったというものだ。今回の件に関する顛末はこのくらいだが……何か君達から私に聞きたいことはあるかい?」


これまでオレと結城の会話の聞き役に徹していた水瀬が口を開く。


「伊波くん――いえ伊波が前々から〔幻影〕に潜伏していたスパイだったことは〔盟主〕も知っていると思います。他に内部に反社会勢力の駒が紛れている可能性についてはどう思いますか?」


水瀬は最初名前を呼んだ時こそ表情が曇ったが、すぐに平常を取り戻す。

事務的に再発防止はどうなっているのかと結城に尋ねている。


「その点に関してはすでに〔幻影〕内部における調査を進めているところだ。だが現時点で次の裏切者が見つかったという報告は上がっていない」

「そうですか」


どこかほっとしたような表情の水瀬。


水瀬と一つ屋根の下で生活するうちに気付くことがある。

それは彼女が身近にいる人間を大切にするということ。

彼女の本質が優しさにあるのだとしたら、もう二度と仲間を斬りたくなどないはずだ。

だから安堵の気持ちが漏れたのかもしれない。


「今回は私も含め〔幻影〕の誰もが彼が最初から裏切者であったことに気付けなかった。これでも構成員の来歴は用心深すぎるほどに多重チェックしているのだがね。これは憶測にすぎないが、〔約定〕側には〔〕に起源を持つ魔法使いがいる可能性もある。とはいえ特に水瀬君には辛い結果になってしまったね」

「いえ……確かに何年も一緒にいた彼が〔約定〕と内通していたことには正直驚きました。ですがこの手で討ったことに後悔はありません。私はこれからも〔幻影〕の守護者として、『宵闇』の責務を果たすつもりです」

「ああ、八神君と併せて水瀬君にも期待しているよ」


強い覚悟を見せる水瀬に応えるように結城も力強く頷いた。

張り詰めた空気も一様に茶を飲み、薫風が駆け抜ければわずかに緩んだ。


「そうそう最後に……八神君、君は氷鉋との戦闘で固有魔法を発現したそうだね。もしよければ私に教えてくれないかい?」

「基本的に隠しておくものなのでは?」


この疑問には水瀬が応える。


「八神くん、大丈夫よ。確かに魔法使いとしての能力を引き出す『導き手』と任務で共同する魔法使い以外には基本的に隠しておくことが暗黙の了解よ。でも〔盟主〕は情報を統括して各魔法使いに任務を割り振らないといけないから、例外なの」

「なるほどな」


もし戦闘系の固有魔法であれば単独でも積極的に任務を回し、支援系の固有魔法であれば戦闘系の魔法使いを必ず同行させるといったことか。

要するに前衛と後衛の役割分担だ。


水瀬は合理性を説いたうえで「もちろん強制ではないけどね」と付け加える。

気は進まないがここでの不和は愚かだろう。

それに彼女の言うことも理屈が通っている。


だが魔法使いをして切り札と言わしめる固有魔法をそう易々と明かすのは危険だ。

せめて最低限の情報しか開示しないことで乗り切りたいところ。


「オレの固有魔法は〚暴食の罪鎖ギルティ・グーラ〛です。拘束と魔力吸収、そして魔力還元が主な使い道かと」


――拘束。

『繋ぐ』『閉ざす』といった鎖の意味に由来して、対象の身動きを封じること。


――魔力吸収。

鎖の表面を通して、対象の魔力を吸い上げること。


――魔力還元。

鎖の表面を通して、流出した魔力の一部を行使者たる魔法使いに付与すること。


いずれもまるで以前から知っていたかのように自然と固有魔法の名称や及ぼす影響を理解できたのだ。


オレの簡易な単語の羅列を聞いた結城は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せる。


「抽象化すれば『敵の弱体化』と『自身の強化』の二面性を持ち合わせるか……これは驚いたな。私はこれでも魔法や魔術に関連した文献はかなり漁ってきたと思うが……だからこそざっくりと説明を聞いただけでその固有魔法がどのくらいかは予想がつく」

「というと?」

「君のそれは使い方次第で魔法を無効化する――いわば魔法使いの天敵とも解釈できる。つまりは水瀬君の〚生命の破綻ソウル・ティア〛と同等以上のポテンシャルを秘めているかもしれない、ということだ」


オレ自身もかなり有用性の高い魔法だと思っていたので、結城の見解とは近い。

ただそれにしても死を司る水瀬の魔法と同等に強いとは過大評価だとは思うが。


「オレはまだ自分の意思で自由に固有魔法を使えるわけじゃないですが」

「それは心配しなくていい。水瀬君も私も最初から自在に扱えたわけじゃないからね。これから先の伸びしろに期待しよう――さて、そろそろいい頃合いだ。有意義な時間を過ごせて楽しかったよ」


お互いに話すべきことを話し終えると水瀬の後に続いてオレも退席する。

だがそれは背に向けて放たれる結城の言葉に妨げられた。


「そうそう。君が力を使い果たして気を失ったとき、水瀬君が膝枕をしてあげていたそうだよ。男のロマンここにありと言ったところかね。若いことはいいことだ」

「……失礼します」


最低限の礼節を保って部屋を出た。

水瀬は少し離れた位置でオレを待っていたらしい。


「八神くん、何か言われたの?」

「『次もよろしく頼む』みたいなことを言われただけだ」

「ふふ、早速頼りにされているのね。私ももちろん貴方のことを頼りにしているわ」

「ああ」


自分のことのように嬉しそうにする水瀬を横目に彼女への多少のバツの悪さ。

そして今頃再びのお茶会を開いているであろう結城に聞こえないほどの声で呟く。


「……人が悪い」


話の序盤で意味深に視線が動いたのは膝枕の件で面白がっていたのだろう。


事後処理を担う魔法使いか、あるいはお抱えの諜報部隊かにオレと水瀬の様子を見守らせていたのかもしれない。

これからは醜態を晒さないようにさらに気を引き締めようと固く決意した。

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