♰Chapter 10:任務命令

その日の夕食を終え、水瀬邸における自室でポスターを作成していた。

水瀬に任されたからにはやるしかない。

そんなわけで日常使い可能かつ中身を見られても構わないラップトップを自宅から持ち込んだ。


「部活動紹介ポスター……ほかの部活で見たようなクオリティでいいんだよな?」


学校生活自体、まともに送っていなかったオレにとっては高校での出来事が基準となる。

手探り状態ではあるが、できるだけのことを尽くそうと活動日や活動内容といった内容を入力していく。

ある程度概観が完成したところで、ふと見れば机上のイヤーカフ・『EAエア』が青く明滅していた。

これは同じアーティファクトを所有する魔法使いからの通信があったことを示す。

どうやら作業に集中している間に連絡を受信したらしい。


耳に装着し送信相手からのメッセージを取得する。


“結城だ。八神君に新しい任務がある。折り返しの連絡を待っているよ”


オレはメッセージを聞き終えると結城を意識して魔力を込める。

するとほんの数秒足らずで繋がる気配がする。


「八神だ」

“ああ、早速の折り返しをありがとう。タイミングが悪かったかい?“

「まあな。水瀬から任された部活動のポスターを作ってるんだ。部員がいないと即廃部だからな」

“ほう。以前耳にした学校生活でのことだね。してどのくらい完成したんだい?”

「文字入れしただけだ。あとはイラストかなんかの画像を挿れる予定」


結城が画像を欲しそうにしている雰囲気を察し、EAで画像を転送する。


“ふむ……フォントも色使いも配置も見やすい。だが……”


不自然にも適切な言葉を探すように途切れる声。

それから率直に告げられる。


”圧倒的に淡白と思うのはなぜだろうか……?”

「背景があれば変わるだろう」

“ちなみにだがどんな背景を予定しているのかな?”

「無地の黄色」


ボランティアといえばなぜか黄色等の明るいイメージがあるからな。

色彩効果でポジティブな印象に記憶されるはずだ。


結城はしばらく黙っていたが何を考えているのだろう。


“君の実務的すぎるほど無駄を削いだものもある意味では個性だが……私からアドバイスしよう。『猫の手部』というからには背景は猫の肉球でもイラストを挿れること。そしてもう一つ、活動しているところをイメージさせる画像も挿れるとなおいい”

「……それだと必要な情報よりいらない情報に目がいかないか?」


無駄とは物事と物事の隙間に巣食う魔物だ。

いればいるほど、あればあるほど、煩わしい。

これまでに関わってきた中にはどうしてたった一言で表せることをわざわざ小難しく伝えようとするのかと疑問に思う人間もいた。

この考えが絶対の解でないことは確かだが、同様にその解が間違っているとも思わない。

そんなオレに結城は異なる考えを打ち明ける。


“君の考え方も正解の一つだ。しかし無駄というのはこの地球上でただ一種、人間にだけ許された特権でもあるんだ。少なくとも食物連鎖の頂点に立つ人間は外敵がいないがゆえに無駄を楽しむことができる。これが鳥や魚や植物だったらどうだろう? 当然ながら日々をどうして生きていくか、そんな生存本能だけが残る生活であるはずだ。無駄なんてものがあれば真っ先に死滅してしまうからね。だから無駄を謳歌できることはとても素敵なことだよ”


無駄について力説する結城はとても生き生きしているようだ。

普段の落ち着き払った態度も今はどこか鳴りを潜めている。


「いつになく熱いですね」


その一言に自分の過熱具合を知ったのだろう。

バツが悪そうな雰囲気を感じる。


”すまない。『言葉』に関する話になるとつい好奇心が先行してしまうんだ。周囲が見えなくなるともいえるがね”

「これくらいならいつでも聞きますよ」

”そう言ってもらえると救われる気持ちだ”


ひとまずオレは彼のアドバイスを反映させた完成までのイメージをプロットする。


“ではそろそろ本題に移ろう。現在小規模な組織が〔幻影〕と裏取引を行うという情報を得ている。魔法テロ組織の代表格ともいえる〔約定〕とはこれまで何の関係も持っていなかった組織だ”

「裏取引、か。ついこの前動いたばかりなのに活発ですね」

“確かにその通りだ。相手の思惑はまだ不明だがきな臭い状況は依然として継続中である以上、気は抜けない”


水瀬からも〔約定〕の急成長を聞いているため、未知数の敵組織には最大限の警戒で当たるべきだとオレは考える。

それを結城も是として確認した形だ。


”今回は古代アーティファクトの一つ――〔天理の聖杯〕を模造した〔逆理の聖杯〕と呼ばれるアーティファクトが取引される予定だ。その権能は『条理を反転させること』ができるというもの。非常に強力といえる”


あまりに突拍子もないスケールの話を聞かされ、思わず聞き返す。


「待ってください。『条理の反転』というのは具体的にはどこまで可能なんですか?」

“実感としてつかめないのも無理はない。八神君にも数をこなすうちに魔法や魔術の非現実味――さらに言うなら異常性について直感的に分かってくるだろう。今回のケースでは『条理の反転』――すなわち本来起きうる事象が起きない、または本来起きえない事象が起きる可能性がある、ということだ。そうだね――”


結城は小難しい言葉を放っておいて一つのたとえ話を持ち出す。


“もし今、私が通信を切ったらどうなる?”

「当然、言葉が途切れるでしょう」


至極当たり前のことだ。


“つまり『通信を切る』を『原因』としたとき、『会話が途切れる』が『結果』といった形で生まれたわけだ。原因と結果には必ず因果関係がある。つまり理だ。ここまで言えば君にも分かりやすいだろう”

「これを反転するなら……『通信を切った』にも関わらず、『会話が続く』ということですね。ある意味で気色が悪い」

“ははは。まあその通りだ。現実には絶対的かつ密接不可分な関係を持つ『原因』と『結果』を人為的に歪めることができてしまう代物だ。模造品がどこまでの能力を有するかは未知数ではあるが、極論を言えば一般人が魔法使いとなり、魔法使いが一般人となる……といった理の書き換えも現状は不可能とは言い切れない”

「深刻な状況なことは理解しました。でもそんなものを一介の組織――それも小規模組織が持ちうるんでしょうか?」


アーティファクトはピンからキリまで、様々な魔術的権能を宿している。

当然ではあるが強いアーティファクトほど数は少ない。

いわゆる希少物なのだ。


“先程模造された、と言っただろう? 古くから現存しているアーティファクトなどほんのわずかだ。あるものは忘れ去られ、またあるものは膨大な年月とともに朽ち果ててしまう。だが運よく本物を――その一部の記録や残骸を見つける者もいる。それを近現代の魔法使いが手を加え、複製したものが模造品だ。偽物だからこそ誰であろうと何かの拍子に手にすることはできる”


結城は通信越しに憂鬱な溜息を吐いた。


“まったく厄介事は絶えないな。だが強力とはいえ模造品は使えて数える程度。先程は大袈裟なことを言ったりもしたが、反転させる理は直接人命に関わらないような小規模な権能だと予測している”

「だとしても野放しにはできないからこうして連絡したわけですか。そんな重要な任務を〔守護者〕でもないオレに任せるつもりで?」


〔幻影〕が人手不足だというのは時折耳に挟むことだ。

だがだからといって魔法戦闘に不慣れなオレに色々と割り振るのは早計だ。

それは重々承知と彼は申し訳なさそうに告げる。


“正直に言えば元々は水瀬君と二人で回収任務に当たってもらう予定だった”

「……だった?」


不自然な過去形を繰り返す。


“とある魔法使いが担当すると言って聞かなくてね”


ただその一言だけで誰か見当が付くのは彼女の性格が強烈だからか。


「東雲朱音」

“……当たりだよ。興味本位だがなぜ分かったか聞いても?”

「水瀬の任務を半ば横取り。その一点だけで彼女が任務に着くことを一番毛嫌いしている東雲が思い浮かんだからですよ」

“その様子だとすでに二人の確執……を聞かされていたようだね。水瀬君の暴走兆候は前回の任務を含めていまだに垣間見える。繊細かつ緻密なコントロールを必要とする『死』という概念を用いる魔法だからね。強力すぎるがゆえに暴発は〔叡智〕の守護者たる私も含めて多くが懸念していることだ”


結城の言葉の中に不自然に言い淀むところがあったが今は気にしない。

アーティファクト越しでも憂慮している気配がひしひしと伝わってくる。


“だから単に東雲君に抗議されたから水瀬君を外そうとするわけではない。それに……それはさておいて、だ。私は彼女の暴走に対するストッパーを見つけたとも考えている”


ここのところ考えていたことの一つにこんなものがある。

なぜオレが〔幻影〕の魔法使いとしてスカウトされたのか。

もちろんあの冬の日に魔法を見てしまったことも原因の一つだろう。

だがそれだけではないはずだ。

目撃されたから魔法使いにする――なんてことをしていたら無能な人間にまで異次元の力を与えてしまうことになる。

まして人間性すら把握しきれないような初対面――悪用される可能性も否定できない。


だからこそ冬の日から四月のあの日まで、水瀬が『目撃者』としてのオレについて『盟主』たる結城と相談していただろうことは容易に想像できる。

その中で彼は水瀬一人では抑制できない死の魔法への抑止力としようとしたのではないか。

相棒という形で信頼できる仲間を付けることで彼女の潜在意識へ刷り込もうとしたのではないか。


結城の含むような言い方にそう確信する。


「オレ、ですか」

“その通りだ。君は彼女の暴走兆候をただの身体接触のみで収めてみせた。いくら魔法についての知識が浅かったとしてもそれが『死』という存在であったことには本能的に気付いていたはずだ。言い方は悪いが誰もが己の可愛さのためにやろうとしないことを君はやってのけたのだ。結果、水瀬君を繋ぎとめることができた”

「そう何度も成功するとは思えない」

“ああ、分かっているとも。だが君の固有魔法〔暴食の罪鎖ギルティ・イーラ〕を行使すればどうだい? 今はまだ自意識で使えないようだが、それが恒常的に使えるようになれば? 彼女の異常な暴走を鎮静化することも可能ではないかい?”


オレの固有魔法は魔法を魔力に帰し、一部を自分に還元するというもの。

ならば魔法による暴走状態への完全な抑止力となりうるということか。


最初は水瀬の魔法暴走へ抑止力――実質的な人柱として。

それが偶然にも魔法暴走を鎮めうる固有魔法に覚醒しつつある、か。


――やはりこの男はオレが『暗殺者』であること――何人もの命を奪っていることを知っている。


〔幻影〕は一般人を守護する組織として存在するが、犯罪者にはとりわけ厳しい。

オレの過去をある程度知っているからこそ、水瀬の犠牲となっても構わないオレを組織に取り込んだわけだ。

だが今のオレは固有魔法に覚醒しつつあり、価値が高まりつつあると見るべきだ。


「なるほど。本当に面倒なことばかりですね」

“そう言わないでくれ。私もこれで中々心苦しいんだ”


そこで小型端末のアラームが鳴った。

一人の室内にはよく響く。


「すみません。この時間までにポスターを完成させるつもりでタイマーを掛けていたんですけど」

“ああ、いいとも。少し長話をしすぎてしまったみたいだね。手短に済ませるとしよう。今回の任務は東雲君とその私兵、そして〔宵闇〕の守護者代行として君を加えての共同作戦とする。目標は〔逆理の聖杯〕の奪取、決行は明後日第十四区のビルだ。追って詳しい情報は共有する”

「了解」


快く返事をしたところで切れるかと思ったが、最後にと言葉が足される。


“それとだ。もう一件、こちらも重要なことだ。魔法使いには定期的に健康診断――我々は『調律』と呼ぶが、これを受けてもらうようにしている。君には明日水瀬君と行ってほしい。詳細は彼女から聞くとともに『暴走』と『調律』の関係も聞いておくといい”


最後の方は一方的な連絡になっていたが会話が終わると通信が途絶えた。

アーティファクトを耳から外し、机上に置いたとき未完成のポスターが目に入る。


「……作業時間延長だな」


静かな夜にマウスをクリックする音が鳴り響くのだった。

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