第10話 オヤジありがとう

 忙しい日々が続いた。何か僕に賞をくれるらしい。僕はそんなものは必要なかった。でも、小説家にとって賞はステップアップには必要なモノらしい。ユリさんに説教されたことを想い出し、僕は出版社の言う通りに動いた。美容院に行かされ、洋服を新調した。インタビューや撮影・・・小説家にとってそれが大切なものなのかと日々思いながらも考えないようにした。

 数々の出版社から声がかかった。僕は少し有名になったみたいだった。飲みにつれて行かれたり、食事会やパーティにつれて行かれたりした。そしてどこでも若い女の子がキャイキャイと寄って来た。その度に僕はユリさんを想い出した。どんなに若くて可愛いくても美人でも、胸が大きくても足が綺麗でも、いい香りがしても僕はときめかなかった。

 そして、“凛空には私じゃない、必ずいい人が現れるから”というユリさんの常套句が僕を苦しめた。



 あの日からもう何ヶ月も経った。でも僕はまだあの日から抜け出していない。

 騒がしい日々が過ぎ、オヤジの店で原稿を書いている。

 疲れてボーっとパソコンを眺めていると店を終えたオヤジが一升瓶に茶碗を2つ持ってやって来た。いつものオヤジがそこにいた。

 “少し飲むか”といってドカッと座ると、オヤジはグビグビと酒を飲んだ。

 しばらくすると僕に“何悩んでるんだ。お前、軽井沢から帰ってきてから変だぞ”と唐突に言った。僕はそんなことはない。疲れているだけだと言ったが、オヤジはじっと僕の顔を見て、“お前、好きな女でも出来たか?”と言った。オヤジにはかなわない。年上の女性を好きになった、でもフラれたと話した。するとオヤジは、“本当にフラれたのか? 大人は意外と肝心な時に嘘をつくものだ”と言い、二つ折りにした座布団を枕にゴロンと寝ころんだ。

 それ以降何も言わないので、少ししてから僕はオヤジに毛布をかけた。するとオヤジは向こうを向いたまま、“お前、その女のことで頭がいっぱいなんだろ。心もその立派な息子もその女が欲しいんだろ。今迄なにもかも我慢をしてきたお前が初めて欲しいと思えたものなんじゃないのか。だったら、余計な事は考えるな。年なんか関係ない。行って思いっきり抱きしめて押し倒せ”そう言うとイビキをかいて寝た。


 次の日、僕は荷物をまとめて家を出た。

 出る前にオヤジに挨拶に行くとオヤジは、“もう帰ってくるな”と言った。ああ、オヤジ・・・また顔出しに必ず来るから元気で・・・と僕は心の中で言いながら深々と頭を下げた。


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