竹林の庵

 青々とした真竹生い茂る林をサワサワと心地よい風が通り抜けて行く。



 清弥は竹林の間を縫うように続く道を黙々と歩いて行く。


 相変わらず良く手入れされた竹林だと思う。此処が館の一角だと、思わず忘れてしまう程だ。

 とても女中一人で手入れしているとは思えない。


 清弥は黙々と歩きながらも、ぼんやりとそんなことを考える。



 おばば様、この地へ辿り着いた嵯峨遼河の娘である。


 清弥から数えて五代前の当主の子という訳だ。


 歳を考えると百に近いはずなのだが、未だ矍鑠かくしゃくとして、郷の中でも長老として重んじられている……事になっていた。


 とはいえ、若い頃に夫を亡くしてから、表に出て来る事もない。


 長らくこの竹林の中に建つ粗末な庵に仮寓し、側に置くのも両親を亡くした娘を一人、侍女として置くのみ。


 その素顔を見た者もここ数十年、嵯峨家の極々限られた者しかおらず、正直、郷の者もその存在は酒の席で話す与太話程度にしか過ぎないと思っている。


 だが、清弥は知っている。

 庵に住まう女の正体を。


 竹林を抜けた先に庵はあった。

 古くはあるがしっかりとした造りの庵だ。


 庵の前は少し開けた庭になっており、その庭先を掃き清める若い女……いや、幼い少女の姿。


 清弥に気付いた少女は、箒を動かす手を休めてこちらを振り向く。


 サラサラと絹糸の様に艶やかな黒髪が揺れ、涼やかな黒目がちの瞳がこちらをじっと見詰めて来る。


「ああ、ご苦労。

 おばば様に会いにきた。宜しいか」


「…………」


 清弥の問いかけにも少女は何も応えない。

 ただ、じっと此方を伺うように見るのみ。


 そのまましばらく、互いに見つめ合っていると、やがて唐突にバッと身体を弾ませ少女は身を翻し、あっという間に庵の暗い玄関口へと横を通り抜け奥へと消えていった。


「……?」


 清弥は訝しげにその後ろ姿を見詰めるが、少女はそれに構わず奥へと消えていく。

 一瞬だけ此方に、まるで『ついてこい』とでも言いたげな流し目を送って。


「ふむ……通してくれるのか」


 ならばと、清弥も迷わずその庵の中に足を踏み入れる。


 少女を追って庵の戸口を潜り、その先に延びる廊下へ出ると、その先で少女はぴたりと立ち止まりゆっくりと振り向く。


 その顔は相変わらず無表情だが、その目だけが爛々と輝き、まるで此方を見定めるかの様にこちらをじっと見詰めている。


 思わず息を飲む清弥だったが、何とか気を取り直して、その少女に語りかける。


「あの……奥へ入っても?」


「……」


 だが、少女は相変わらず何も応えない。ただじっと清弥を見据えるのみ。

(どうにもやりにくいな……)


 そんな思いを抱きつつ、仕方なく奥へと進んでいくとやがて襖で仕切られた部屋へと辿り着く。


 どうやらそこが庵主の居室なのだろう。清弥はそのまま促されるまま襖を開く。


「おばば様、清弥でございます。

 ご無礼致します」


「ふふ……よう来たね。

 おお、大きゅうなった」


 スッと襖を開けその場に平伏した清弥は、畳の目を眼前にしたまま、そう声を掛けられる。


 まるで鈴の鳴るような美しい声音だ。


「おばば様におかれましてはご健勝のお様子、何よりでございます。

 長らくご無沙汰を致しまして誠に申し訳ございませぬ」


 清弥は頭を上げぬまま、そう丁寧に言葉を述べていく。


「よいよい、お前も色々と忙しかったのだろう。

 ……それよりも早うこのおばばに顔を見せておくれ」


 そう言われた清弥が顔はゆっくりと顔を上げる。


 ――と、そこには古い衣に身を包みながらも神々しさすら感じさせる程の美しい少女・・が微笑を浮かべて座っていた。


(やはり……)


 その姿を見て清弥はやはりと確信する。


 いや、確信した所で彼女に相対して抱いた違和感はいかんともし難い。



 当然だ。


 本来そこに座するべきは齢百を超えた老婆であるべきなのだ。

 決して、十かそこらにしか見えぬ童女などでは無い。


 だが、その腰まで届く金色に煌めく金髪と涼しげな碧眼、……そして人間にしては長すぎる両耳は間違いなく……。


「……お変わりなく。おばば様」


「久しいのう……清弥」


 ああ、一体誰が信じると言うのだろうか。


 この、己の祖に近き人物、まるで童女のように振る舞う人物が、実は百を過ぎた老婆なのだと言う事を。


「清弥や……何か言いたげじゃの」


「いえ、滅相もございません」


 そんな清弥の考えを見透かすように、目の前の少女にしか見えない老婆はそう告げる。


 だが、実際はその通りだった。


 そんな物の怪の如き人物が、――髪と目の色、そしてその特徴的な両耳を除けば、己の幼馴染・亜梨沙と瓜二つである事など。


 ――まったく、一体誰が信じると言うのだろうか。

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