第47話 番外編②:王立茶葉研究所設立秘話 すれ違う二人

「そこに行けばこういった菓子だけではなく、生のオレンジも食すことができる。俺も直轄領の屋敷に行った時に食ったがなかなかうまいぞ」


「はい」


「……どうだディアナ? お、お前さえ良ければ遊びに連れていってやっても良いが……」


 王子はもじもじと赤くなり、軽くうつむきつつ眉間にシワを寄せてディアナの方を上目遣いで見ます。

 ディアナは王子の顔を見て、固かった表情を少しだけ弛めました。


「……ありがとうございます。たいへんこうえいですがむずかしいです」


「えっ」


「ワタクシはこのあと領地カンサイへもどりますので」


「えっ!……いつだ。いつ戻る?!」


「……ドロランダ?」


 ディアナは振り返りドロランダに尋ねます。自分が覚えている予定で間違いないでしょうが、確実にしておきたかったのです。ドロランダはにこりとして答えました。


「恐れながら申し上げます。お嬢様は二週間後に王都を発たれます。その後、暫くこちらに来られる予定はございません。王都と私どもの領地は距離がございますので、そう易々と行き来が出来かねます」


「そっ……」


 呆然としたあと、すぐさまキッ! とした表情になった王子はこう言い放ちます。


「では10日後! もう一度お前のために一席設ける。予定を開けておけ! セオドア! 俺の予定も開けろ!」


「……はい?」


 今度はディアナが呆然とする番でした。


「領地に戻る前に最高に楽しく贅沢な茶を振る舞おう。楽しみにしておけ!」


「……はい。ありがとうございます」


 王子から直々に言われれば断れる訳もなく、受け入れて頭を下げるディアナ。心の中で首をひねります。


(……なんでそないに私とお茶をしたいんやろ? 殿下の心がさっぱり読めんわ)


「よし。決まりだな。ディアナ、ちょっと中庭でも散歩しよう。この間庭師が珍しい北の地方の植物を植えたんだ」


「はい」


 ディアナが椅子から降りて歩きだそうとした瞬間、緊張で固くなっていた彼女は自らのドレスの裾を踏んでいたことに気づかず前につんのめりそうになりました。


「あっ」


 ドロランダでは間に合わず、たまたま近くにいたセオドアがディアナの腕を取り転ばないように引き上げて支えます。


「セオドアさま、ありがとうございます。もうしわけございません」


「いえ、私のほうこそ大変申し訳ありません。ディアナ様のお身体に触れるなど、大変失礼な行為を致しました」


「いいえ、たすけてくださらなければケガをしたかもしれませんもの」


 向き合って会話をする二人に聞かせるかのように「エヘン!!」と大きな咳払いがします。

 ディアナとセオドアがそちらを振り返ると不機嫌そうな顔のエドワード王子がいました。


「ディアナ、時間がない。早く来い!」


「はい、でんか!」


 セオドアがおや、とでも言うように眉を上げます。


(殿下の機嫌が悪いのは、単純なヤキモチだとして……今、ディアナ様の氷の様な仮面が融けてちょっと嬉しそうなのは何故だろう?……ヤキモチを利用して恋の駆け引きをするようなご令嬢ではなさそうだし……まさか殿下を怒らせたいとか、嫌われたいと思っているのか?)



 ◇◆◇



 庭園を軽く散歩した後、お茶会がお開きになりディアナ達と別れた王子とセオドアは、自室に戻り話をしていました。


「どうだ。セオ」


「はい。10日後の予定は調整できます」


「いや、そうではなくてだな!」


「……何でしょうか?」


「お前、わかってる癖にわざと言っていないか?」


「とんでもない。私ごときが殿下のお心の内を全て把握するなど、とてもとても無理なお話です」


「……今、俺は『慇懃無礼』という言葉の意味を知った気がする」


「気のせいでございますよ。ところで、何のお話でございましたか?」


「いや……だからな……ディアナの事だ」


 セオドアは先ほど考えた仮説(ディアナは王子を怒らせたい? と思ったこと)など微塵も表情に漏らさず、愛想良く答えます。


「ああ! 大変麗しいご令嬢でしたね。マナーも振る舞いも綺麗でしたし。ただ、殿下から事前に伺っていたのとは随分印象が異なりましたが……」


「ああ、確かにカンサイ弁も使わず、無表情気味だったな……セオに初めて会ったから緊張していたのかもしれん」


「緊張ですか?……しかしお茶とオレンジのお菓子の話をしていた時には目を輝かせておいででしたね」


「ああ。ディアナは本当に茶が好きなんだと思う。次回の茶会ではもっと趣向を凝らさねばな。この国で一番旨い茶を飲ませて、王都にずっと居たいと思わせられれば良いんだが」


 頬杖をついた王子は、少し後にニヤリとしました。


「うむ。良いことを思い付いた」



 ◆◇◆



 王宮を後にしたディアナは帰り道の馬車の中でようやく標準語の仮面を外しました。


「はぁ~、疲れたえらかったわー。めっちゃ緊張した……ドロランダぁ~」


「はい。お嬢様は大変ご立派でしたよ」


 綺麗に結った髪が乱れるのも惜しまず、ドロランダの膝を枕にして甘え、くつろぐディアナ。磁器人形の様な姿からすっかり年相応の無邪気さを纏った女の子に戻っています。


「あ! そうそう。『ワキャーマ』の地を治めてる遠縁の叔父様に急ぎで手紙を書かなあかん。お屋敷に戻ったら準備してね」


「はぁ……突然ですね。普段連絡を取ったりする仲では無いでしょう?」


「今日ので思いついたんよ! さっきのお茶とオレンジに王都の南で直轄領があるとこて言うてたの、ドロランダもどこかわかるでしょ?」


「僭越ながら……『シゾーカ』地方かと」


「そうそう! でね、『ワキャーマ』もオレンジが取れるし、海に面してて温暖やから似てるんと違うかなって。だからお茶が栽培できるかもしれんって考えたん!」


「そうですか……しかし、カンサイでお茶と言えば『古都・ミヤコ』産のお茶でしょう? わざわざ『ワキャーマ』で栽培しても『古都』には質では勝てないかと……」


 ディアナは唇をツンと尖らせます。


「もう! 安かろう悪かろうでええねん! 確かにお茶と言えば『古都』やけど、あそこは『古の帝の一族ロイヤルファミリー』が治めとる不可侵の地やろ? だから……」


 ディアナはドロランダの膝から身を起こし、彼女にこそこそと耳打ちをします。


「なるほど……それはお嬢様の仰ることにも一理あるかと」


「せやろ?」


 鼻高々のディアナを見て、密かに感心するドロランダ。


(お菓子とお茶を見ながら目をキラキラさせてそんな事を考えていたのね……お嬢様はどうやら、アキンドー家の商売人の血を濃く受け継いでいらっしゃるようだわ)


 しかしディアナの口調がふと、一段暗いトーンに変わります。


「なぁ、今日の殿下、最初ちょっとおかしかったんとちゃう?」


「どの辺りでしょうか?」


「うーん……いっつも怒った顔して暇さえあれば勉強してた殿下が、ニコニコしてこっちを見ながらのんびりお茶すんのよ。不気味やわ」


「ぶっ……不気味、ですか?」


 最初の「ぶっ」は吹き出したのを誤魔化したようなドロランダ。ディアナは気づかないのかそれには言及せず、言葉を続けます。


「最初はずーっと笑顔やからそれこそ毒でも入れられたかと思たけど、途中から顔を赤くして睨んだり、怒って『早く来い』て言うてたから機嫌が戻ったみたいでホッとしたわ」


「……」


「……ドロランダ? どしたん?」


 思わず額に手をやり考え込んだドロランダ。普段は滅多にそんな様子を見せない侍女の姿に、ディアナは不安になります。侍女は小さく息をフ~ッと吐き、ディアナの目を見てぽつりと言いました。


「……それはお嬢様の誤解ですね」


「誤解?」


「確かに今までのエドワード殿下は、普段は怒りを滲ませているご様子でしたし悪い事が起きると笑っておられましたけれど……先日のお嬢様の啖呵説得を切っ掛けに変わられたのかと思います」


「ん? 説得? そんなんしたかな?」


「殿下の感情が逆だとお怒りになられたでしょう?」


「んー、あぁ……確かに……ん? じゃあ今の殿下は笑いたい時にわろてて、怒りたい時に怒っとるて事?」


「ええ」


 ドロランダの頷きに、徐々に顔色を失うディアナ。


「そんな……じゃあ、私、殿下を怒らせてたん?! え? なんで? 完璧な標準語で失礼なことはしてない筈やのに……!?」


「お嬢様、落ち着いて下さい。大丈夫です。最後の方は単なるヤキモチですから」


「何が? 焼き餅てなにそれ? 大丈夫やないやろ……やっぱり王都の人間の考えることはさっぱりわからん!! あああぁどないしよ……」


 ディアナは頭を抱えました。

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