第11話 公爵令嬢の夢の中・前編

 ◇◆◇◆◇◆



 王子の部屋のドアの外で入室が許されるのを待っていた少女は、人形かと見まごうばかりでした。

 その顔は愛らしさを持ちながら作り物のように硬い無表情で、豪華な衣装を纏った小さな身体は声をかけられるまで微動だにしなかったからです。


「どうぞ。殿下のお許しが出ました」


 侍従がドアを開け、招き入れます。少女はしずしずと進み、ドアの正面である部屋の奥に目を向けます。奥には大きな窓があり、その手前にやはり大きな書き物机が設えてありました。

 窓を背にして書き物机の前に座っているエドワード王子の漆黒の髪は、差し込む陽光を弾き虹色にキラキラと輝いています。


(わぁ……まるでアレみたい……)


「ヘリオスの妹だったか。名乗っていいぞ」


 王子は少女に目もくれず、机の上でペンを動かしながら言います。

 少女がスカートを摘まみ淑女の礼をすると、彼女の銀の糸のような髪がさらりと小さな音を立てました。彼女はその薔薇色の唇から、一所懸命に言葉を紡ぎます。


「でんか、ごきげんうるわしゅう。アキンドー公爵家のディアナでございます。ふだんからワタクシの兄となかよくしていただき、ありがとうございます。ワタクシともぜひ、おみしりおきを」


「うむ」


 ふうっと息を吐くディアナ。その途端、先程までの氷のような硬い表情が融け、子供らしい顔つきに戻りました。練習してきたセリフをトチらず言えエドワード王子の前で粗相をしなかった事に満足して振り返り、後ろについていた侍女のドロランダにこっそりドヤ顔をして見せます。


「……なんだ? もう下がっていいぞ」


「えっ」


「ああ、父上と公爵に『子供同士一緒に話をするか遊ぶかしてこい』と言われたんだろう? だが僕は見ての通り忙しいんだ。二人には僕からちゃんと言っておくから、王宮の中でも見物して時間を潰してくれたまえ」


 そう言いながら、ディアナの方は見ずにひたすら机の上の本を読み、メモを取る王子。ディアナは傍らに控えていた王子の侍従に質問します。


「でんかはおしごとなのですか?」


「仕事と言えばそうですね。この後王宮の教師が来る予定なので、事前に質問する内容をまとめておきたいと自主的に勉強されているのです」


「おべんきょう……?」


 ディアナはエドワード王子の机に近づきます。


「……なんだ。侍従そいつに案内して貰え。お前は西の国から来たんだろう? 王宮見物など滅多にできないぞ」


「けんぶつします。おべんきょうを」


「は?!」


「おべんきょうすると、お金をいっぱいかせげるのだそうです。だからワタクシもおべんきょうがしたいです」


 王子の表情は先程まで厳しく自分を律した硬いものでしたが、びっくりした拍子に年相応のあどけなさを覗かせました。王宮の侍従や侍女達も表面上は落ち着いているものの内心は驚いています。

 数瞬の間があった後、王子が顔を歪め口を開きました。


「はぁ……金か。公爵家の娘がこんなに金に汚いとはな。ではこれでもやるから行け。純金製だ」


 汚いものでも見るようにディアナをチラリと見たエドワード王子は、机の上の小さな文鎮を端の方に押しやります。この国の第一王子が公爵家の娘に自分のものを下賜すると知って、流石の侍従達も今度は慌てだしましたが、ディアナの反応に更に驚かされる事になるのです。


「いりません」


「はあ? 何故だ!?」


「えっと……えっと……(標準語で)なんと言えば……」


 睨み付ける王子に、もじもじするディアナ。


「いいから早く言え!」


「!!……っ、そんなもん、貰ういわれが無いからやろ! 王子様の癖にそんな事もわからんなんてアホちゃうか!?」


 先程までの可愛らしい標準語外面から一転、カンサイ弁で啖呵を切ったディアナに、ドロランダ以外のその場の全員が腰が抜けるほど仰天しました。

 そのドロランダは「あちゃー」という感じで額に手を当てています。

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