第5話 消えない赤ペン

 いつも通りを過ごそう、そう思っているのに……俺の生活は狂わされ始めた。

 俺の近辺の虚空でどんどんと増え続ける赤文字によって。


 消せないと言う事だけでも腹立たしいのに、最悪な事にこの赤文字は他の人間の目に入るのだ。

 そのおかげで、友達は離れて行くわ、誰も寄りつかなくなるわ、クスクスと笑われる事になるわ、一つ一つ空に並んだいちゃもんを読み上げられるわで、俺は最悪な状況に陥っている。


 まるで見えない誰かが俺の側に立ち、採点者の様に勝手に振る舞っているせいで、俺の情緒は怒りと恨みに引っ張られ続けているのだ。相手の思う壺だと理性で抑えようにも抑えられなくて、赤はどんどんと刻まれる。


「どうなってんだよ、マジで。これは何だよ……」

 俺はぐちゃぐちゃと前髪を掻きむしりながら、椅子の背もたれにもたれかかった。

『自分の力で答えを見つけようとしないと駄目』

 ……チッ、クソが。何様だよ、どんだけ上から目線で物を言ってるんだっつーの。

 

 俺は増えた文を忌々しく睨む。

 その時だった。

「ほら、見て。あれだよ、赤ペン君。マジでおかしいよね」


 クスクスと小馬鹿にした笑みを零しながら囁きあう声が耳に入ってくる。

 俺はその声の方をバッと向くと、多分同学年の女子大生二人組が俺を面白そうに見ていた。

 彼女達は「わっ、バレたよ」と慌てて目線を逸らすが、堂々とその場に佇み、言葉を交し合う。

「ねぇ、見たぁ? あの目つき。気持ち悪すぎじゃない?」

「分かるぅ。なんかギラギラしてて、女に餓えてる感じぃ? マジでキモいわぁ」

 クスクスとした嘲笑と勝手な言葉が次々と刺さってきた。

 

 何だよ、あのクソ女共は……。

 俺が忌々しく思いながら、彼女達からパッと目を逸らして立ち上がった。

 すると何も悪い事をしていないのに、目の前に赤い文章が刻まれ始める。

『目が気持ち悪いから駄目」

 今さっき女達から聞いた言葉だ。どういう事だ?なんで、勝手にそれが付け足されるんだよ……。


 俺が現れた文字に愕然とし、いや、呆気に取られていると……彼女達から「今増えたよ!」と歓声の様なはしゃぎ声があがった。


「ねぇ、待って! ? ウチ等の言葉でも反映されるって事じゃない? !」

 ……他人の言葉でも反映される? だと? そんな、まさか。

 一人の女があげた推測に眉根を寄せていると、もう一人の女が「試してみようよ!」と楽しげな声をあげた。


「黒ティー出すのか、出さないのかハッキリしろよ! マジでダッサ! 格好良くねぇから!」

『シャツをしまっていないから駄目』

 文字が、増えた……。あんな女の、ただの悪口が俺にに刻まれた……!

 俺はグッと奥歯を噛みしめ、「やっぱ増えるよ、アレ!」と歓声をあげる女達から逃げる様にダッと駆け出した。

 けれど見えない赤ペンと、空に刻まれた文字達はどこまでも付いてきて、逃げる事は出来なかった。

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