祝福の音

藤間伊織

始まり

時代が進むほどに、人間のストレスは増え続ける。


人とAIが共存する時代になってもそれは変わらなかった。


ある者はそれに押しつぶされて自ら死を選ぶ。ある者はそれに耐えきれず爆発し、他者を攻撃する。世界が平和になりつつある世界で、人々の心が癒されることはなかった。


そんな人々の心の世界を守るため、同じ時代に生まれた心優しい研究者たちが、言語と分野の垣根かきねを越えて協力し、後の世まで伝わる偉大な発明をした。人の心と脳に働きかける特殊な音。あらゆる人間が心地よいと思える音に、計算した波長を調和させるように混ぜて完成させた特別なものだった。


通称、Mシステム。

難しいことはなく、Musicから取った名前だ。チーム内で使われていたプロジェクト名が、一般に浸透させるには複雑過ぎたため作られた、いわば愛称。


それを聞きつけた各国政府はその最先端技術をただちに導入することにした。

日本も例外ではなく、国会で行われる討論は減税や社会保障、支援金についてから、Mシステムのための予算案に取って代わった。いつものようにテレビ局の中継が流れ、国民が各々の生活を送るうちにその討論も終わりを迎えた。


結果的に日本国内の定められた場所にスピーカーが設置され、定刻にMシステムが起動されることとなった。他にも設置費用、メンテナンス費用工面のための増税や電波法を始めとした法改正等々が行われたものの、大半の国民が結果として知ったのは、自分たちの住む町に奇妙なスピーカーが設置されたということだけだった。


世界でも似たようなことが行われ、世界中にMシステムの奏でる音が溢れた。

やがて、犯罪率の低下やMシステム推進派の声を受け、Mシステムは更に進化を遂げた。都市部の大型ディスプレイから田舎の町内放送、学校のチャイムや街を走る宣伝カーの出す音などにも「聞こえない音」として同じ波長が組み込まれ、もはや人々は自分の聞いている音にその特殊な音が混ぜられているのかを知ることは出来ず、また気にすることも無くなっていった。




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