第2話 冬と言えば鍋

 ゴミ捨て場にゴミ袋が2つ捨ててあるのが目に止まった。

 あぁ、明日ゴミの日だったな〜ってことを思い出した。前のゴミの日はゴミをまとめて袋を縛った所までは良かったけど、バイトに行くとき持っていくのを忘れてまだ家にあるのだった。


 明日は休みだし忘れないうちに出さないと。

 と、ゴミ捨て場を通り過ぎようとした時だった。


 ゴミ捨て場の塀の前に黒い塊が盛り上がっているのに気づいた。なんだろう。ゴミ……? 気になった私はケータイのライトでそれを照らした。


「うわっ……ネズミ死んでんじゃん。きもっ……」


 想像してたネズミより丸っこい。仰向けで、口から血を吐き、野垂れ死んでいる。

 初めてみたネズミがまさかの死んでるって、縁起悪いな……。というか、命って、案外こうもあっさり死ぬんだなって感じの方が強い。


 ……。黙祷をしたのちに、私はその場を離れた。

 錆びれた階段を上がり、部屋に入る。


「……ただいま」


 誰もいない家にただいまと言ってマフラーとコートを掛ける。

 買い物袋からササキのご飯を1パック取り出してレンジにぶち込む。ご飯を温めている間に私は手を洗い、部屋着に着替えた。髪を1つに結び、お待ちかねのミルフィーユ鍋を取り出して火をかけた。


 家に入る前、なにかしようとしていた気もするけれど、鍋が美味しそうにぐつぐつ言っているからなんでもいいや。鍋が美味しい季節、それが冬。


「いただきます」


 両手を合わせていただきますをし箸を持つ。

 アルミ鍋に綺麗に敷き詰められた豚肉と白菜。

 照明に照らされ豚肉と白菜の隙間から輝きを放つ出汁の利いた黄金のスープ。さらに出汁の良い香りが食欲をそそられ、お腹の虫もグゥゥゥと泣いてしまう。

 最初に豚肉と白菜を掴み、口の前まで運ぶ。


「ふーっ。ふーっ」


 火傷しないように、フーフーをして口の中に入れ咀嚼する。


「ん~!」


 やわらかい白菜に豚肉と出汁のおいしさが染みて、噛めば噛むほど口いっぱいに広がる濃厚なうま味。


「おいひい……」


 あまりの美味しさに口に物がある状態でも心の声が漏れてしまう。

 やわらかいけれど、シャキッとした食感が白菜に残っていて食べ応えもある。なんて素晴らしいんだ!

 ごくん。と口の中の物を飲み込む。


「……あぁ」


 飲み込んだ後も口の中に残りつづける幸福感。

 頬に手を添えてその余韻に浸ってしまう。

 たまらん……。

 1口、もう1口と箸が進む。


「ふふふっ」


 自然と笑顔になる。

 体が温まって来た。部屋着の袖をめくる。

 つづいてはお米もご一緒に。

 豚肉と白菜をパックご飯の上に乗せ、箸ですくう。

 そして……。


「ふーっ。ふーっ。はむっ」


 シャキッ。トロォ。もちっ。

 噛む度に、それぞれの食感が同時に押し寄せる。

 シャキシャキの白菜。やわらかくて身がトロりと溶けるような豚肉。弾力のあるもっちりとしたお米。さらに噛む度にお米にトロりとした豚肉が絡み付く。

 そこに白菜のシャキッとした食感がアクセントになり、食べる箸を止めるということを覚えさせない。


「んふ~!」


 美味しくない訳が、なかろうて。

 おいしくないわけが……なかろうて……。

 のみこんだあとのよいんもまた、いい。


「……ぁああ……さいっこう」


 ほおがゆるみすぎておちてしまいそうだ。

 おおっと、いけないいけない。あまりの美味しさに脳が漢字を忘れてしまっていた。

 食べているのにお腹が空くなんて言葉があるが、まさにそれだ。どんどん箸が進む。

 パックのご飯を半分ほど残し、鍋の具材を平らげた。


「美味しかったあ……」


 それでは、締めに行こう。

 冷蔵庫から生卵と、ポン酢を取り出した。

 鍋のスープにポン酢を適量入れる。そこに残してたご飯半分を投入する。

 溶いた卵を鍋に入れ、コンロで少し加熱する。

 ぐつぐつと言ってきて卵に火が通ったら加熱を止める。


「あ~、いい匂い」


 鼻を突き抜ける香りが収まることを知らない食欲をさらに駆り立てる。じゅるり。と、よだれが口からこぼれそうなくらい。これは、絶対美味しいやつ!

 ここでさっき買っておいた青ネギを散らせば……。


 お米が出汁をたんまり吸った卵粥、完成。

 私は箸をスプーンに持ち替えお粥を掬う。

 お米の上に乗っかった卵がお米と絡み合っている。

 お米ひと粒ひと粒が、まるで宝石のようにキラキラと綺麗に輝いている。


「ふーっ。ふーっ。ほむ」


 1口。


「んっふふ~!」


 美味しすぎて足がジタバタしてしまいそうになる。

 ポン酢を加えたことで出汁のうま味とコクが増して上品な味わいになってる。

 後を引くうま味だ。


「はふっ」


 また1口と。スプーンを持つ手が、食べることを休むのを忘れる。

 飲み込んですぐ、次の1口を口に運ぶ。それをひたすら繰り返す。

 頑張って働いた1日を締めくくるのに、とても相応しいものだ。


「幸せ……」


 🔳 🔳 🔳


「ごちそうさまでした」


 おそまつさまでした。

 手を合わせ、食事を終える。よかったな。1人鍋。またやろう。

 私はご飯のパックとアルミ鍋をゴミ袋に捨てる。

 と、ここで先ほど忘れていたことを思い出した。


「あっ、ゴミ捨てなきゃ」


 家に入る数秒前まではゴミを捨てないとなあと思っていたのに、1歩家に入ったらそのことを忘れていた。まあ、数秒前のことをド忘れするなんてよくあることだし、仕方ない。

 もう着替えちゃったし、めんどくさいから明日早く起きて捨てればいいかな。

 その時、ゴミ捨て場でネズミが死んでいたことも思い出した。まあ、あれは大家さんが何とかするだろうから、私が何かする必要はないだろう。

 私はシャワーを浴びて眠りについた。

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