第2話道案内したらなつかれた

「それで目的地はどこですか」

僕は難波零子という名の金髪セクシー美女にきいた。

「あっそうそう、ここにいきたいねん」

難波零子は僕の真横に立つ。スマートフォンの画面を見せてくる。

普通に画面だけ見せたらいいのにものすごく接近する。僕の腕と彼女の腕がぴったりとくっついている。息づかいや肌の温かさが僕の体の五感をこれでもかと刺激する。

それに金色の髪の毛からはいい匂いがする。どこかバラをイメージさせるフローラルな香りだ。

女子っていい匂いがするんだな。

あまりにいい匂いのせいで、頭がぼうっとしてくる。

おっと、道案内するんだった。


僕は難波零子のスマートフォンをのぞきこむ。なぜだか、難波零子は僕の額に自分の額をつける。

二人で小さなスマートフォンの画面を見るから、こうなるのだと僕は自分に説明した。

しかし、この距離感バグっていなかな。むちゃくちゃ近いんだけど。

まあ、美人にすりよられて悪い気はしないからいいんだけどね。


「あっなるほどね。そんなに遠くないね」

僕は地図を見ながら言う。だいたい歩いて五、六分ぐらいか。面接会場からは遠くなるけど、それぐらいならいいかな。


「ほんまにお兄さん、案内してくれるの」

難波零子は目を潤ませて、そう言った。どこか不安そうだ。やっぱり一人で行きなよとかそんな不親切なことはいわないよ。乗りかかったはねというやつだ。


「うん、いいよ」

僕は答える。

このまま放っていたら、この娘はまた道に迷ったあげく交通事故にあいかねない。


「でもお兄さんも大事な用事あるんちゃうの?」

心配気に難波零子は尋ねる。


確かに彼女の言う通り、僕は再就職の面接を受けにこの場にいる。横断歩道を渡った先のビルがその会社だ。

もし彼女を道案内していたら、面接に遅刻しかねない。

でもまあいいや。

僕の再就職なんかよりも難波零子という金髪セクシー美女の役にたちたい。


「ああっべつにいいよ。それにそんなに遠くないしね」

僕が言うと分かりやすく難波零子は笑顔になった。この娘の笑顔いいな。なぜだが、僕も楽しい気持ちになる。この娘の笑顔にできるなら、何でもするなんていう気持ちになる。


「よかった、ほんならお兄さんに案内してもらおうかな」

うふふっと難波零子は満面の笑みを浮かべる。

僕はもう一度、スマートフォンの画面を見る。やはりそう遠くない。

だいたいの位置を覚えた僕は歩きだす。


「ちょっ、ちょっと待ってえな」

慌てて難波零子が追いかけてくる。

ぐっと僕の左手をつかんだ。

はあっ何て柔らかくてすべすべした手なんだ。

「うち方向音痴なんやし。ほんでやなお兄さん、はぐれへんように手つないでいい?」

じっと僕の目を見て、難波零子は言う。

こんな眼で見つめられて、断ることができる男性がいるだろうか。もしかすると世の中にはいるかもしれないが、僕はできない。


僕はほぼ初対面の金髪セクシー美女と手をつないで歩くことになった。これは僕の人生の幸運がこれでつきるのではないかと思われるラッキーな事件であった。


「お兄さんの手、しっかりして力強いやん」

手をつなぎながら歩き、難波零子は言う。

そうかな、僕はごく普通の手だと思うけどね。

「そ、そうかな……」

僕は百パーセント照れながら、そう言った。

「お兄さんの手、うち好きやわ」

ぐっと握る手の力を彼女は強くする。さらに指を僕の指に絡めてくる。これは俗に言う恋人つなぎではないか。

僕はそれを断らずに素直に受け止めた。

難波零子の肌を直接感じ、僕の心臓は鼓動音が外に漏れるのではないかというほど高鳴った。


「そうや、お兄さん名前何て言うの?」

難波零子は聞く。

彼女の身長は僕よりやや高いぐらいなので、そのきれいすぎる顔は僕の顔の真横より少し高いところにある。

緑色の瞳で僕をじっと見る。

「僕は影山灰都っていうんだよ」

僕はそう名乗る。

「影山灰都君か、ええ名前やな。覚えたで」

にこりと難波零子は笑う。

本当になんて可愛い笑顔なんだ。

とそうこうしているうちに目的地に着いた。

もっと彼女と手をつないでいたかったけど仕方ない。

「ほら、この建物じゃないかな」

僕は言う。

「ほんまや、めっちゃ近いな。もうちょい灰都君と歩いていたかったんけどな。せや灰都君連絡先教えてよ」

難波零子はスマートフォンをタップしLINEのQRコードを見せる。

まさかこんな美女が自ら連絡先を教えてくれるなんて。人生最初で最後のラッキーイベントではあるまいか。

この幸運を逃してはいけない。

僕は震える手で彼女のLINEを登録した。

僕のスマートフォンに妹以外の女性の連絡先が加わるのは初めてであった。


「ほんならな、灰都君ありがとうやで。また連絡するわ。うちこれこら撮影やねん。またね、バイバイ!!」

難波零子は小走りでかけていった。


僕はそのまたねという言葉を心のなかで何度も咀嚼そしゃくし、何度も反芻はんすうした。


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