瑠狼弐騒動⑤

 会議は淡々と進んでいく。

昨晩の暴走族との抗争による被害。

“亜人”との戦いによる被害。

当然、そのままにしていい問題などある筈もなく対策が練られていく。

そして何より中心となるべく話が“亜人”となった拳心の話だ。

特亜課は“亜人”を全滅させるべく結成された組織部隊。

目的も向いている方向もしっかりと定められている。

その為会議など本来必要ない。

対処・・の方法など最初から決まっているのだ。


「頼羽拳心は“亜人”として処理する」


 会議を進める事で全員の目的を同一化させる。

特に最重要参考人である英雄と麗蘭に向けた決定を伝える時間なのだ。

 そして決定した事はもう一つ。

それは英雄と麗蘭を前線から外すという事だ。

当然と言えば当然の決定。

何せ今回の騒動には二人の知り合いが多過ぎる。

これ程知人が多くなると本来なら捜査線から外すのが定石だ。

しかし特亜課の性質上人手は常に足りていない。

前線から外すというのがギリギリの処置なのだ。

追加として、英雄はまだ日も浅く、且つ麗蘭は中々の問題児隊員。

その為二人には半監視役も付くという。

英雄には空悟が付く。理由としては仲の良さと空悟のバグ“快速”だ。

後衛にいてもすぐに前衛に戻れる機動力がある為に選ばれた。

麗蘭には本来の補佐役である林堂が監視役も兼任するという。

少し大袈裟な程の特別扱い。

しかしそれ程に今拳心の立場は慎重なものなのだ。

決して逃がす訳にはいかない。

“亜人”は倒す。それが特亜課の絶対の使命なのだ。

 英雄はただ静かに何も言わず座って会議を終えた。









 “中位三席”の麗蘭の情報提供により暴走族チーム“瑠狼弐”の定例集会場が判明。

東京都芝浦埠頭の北東部。

そこで日本最大の暴走族にして現危険戦闘団体“瑠狼弐”の集会が開かれる。

場所が分かればやる事は決まる。

警視庁捜査一課、機動隊、S・A・T、特亜課による合同の一斉検挙掃討作戦が実行される事が決まった。

 作戦内における班分けは全部で六つ。

 第一班、班長、“上位四席”鳴海春。主に最前線での行動を行い、主な班員は緋色麦、野苺勇仁など。

 第二班、班長、“上位八席”美晴葉月。主に遠距離での行動を行い、数名のS・A・Tなどと動く。主な班員は霧山麗蘭、林堂巡など。

 第三班、班長、“捜査一課長”真黒達流。作戦の中距離に位置し、主に刑事部捜査一課の面々で“瑠狼弐”の逮捕に動く。

 第四班、班長、“中位七席”滝澤蓮。機動隊全体で辺り一帯の避難及び捜査線、立入禁止区域線を張り、作戦終了時点での事後処理などに動く。主な班員は渦巻英雄、藍舘空悟、緑ヶ谷丸香など。

 第五班、班長、“中位二席”氷上乃亜。海上保安庁と協力し埠頭から海方向に相手が逃げない為に海に包囲網を張る。主な班員は木野凛音など。

 第六班、班長、“上位五席”孔雀 翼クジャク ツバサ。高い機動力と戦闘能力、作戦実行能力を最大限活かす為班員は一人だけの特殊班として動く。

 以上が今回の“瑠狼弐一斉検挙掃討作戦”の主な立ち位置と役目である。










 数時間後に作戦を控え、各々が位置に着いて準備を始める。

力を蓄える者。温存する者。

心を落ち着かせる者。寧ろ気合いを入れる者。

時間ギリギリまで確実な成功の為に作戦を詰める者。

様々な方法と着地で準備は行われ、時間はスイッチを押されたタイマーの様に刻一刻と迫っていく。

 そんな中英雄は後衛の第四班として拠点で座っていた。

特に特筆してやる事などない。

この班の役目は作戦実行前の周辺の避難や包囲網を張る事だ。

そしてそれは既に完了している。

後は作戦が終わり次第いつもの機動隊としての事後処理をすればいいだけ。

恐らく身勝手に動きがちな英雄の行動を制限するという理由もあっての配置といったところか。

 英雄はただ何もせず座って虚空を眺めていた。


「らしくない……って程の付き合いの長さでもないけど、なぁんか違和感あんで」


 気づくと近くに立っていた空悟がいつも通りの笑顔で英雄に声を掛ける。

しかし英雄は視線だけを当てて何も答えない。

何も答えられなかったというのが正解だが。


「無視て。泣いてまうで俺? ただでさえここマルカちゃん以外女の子ほぼおらんのに」


敢えて普通の対応をしてくれているのか。

そもそもの性格故なのか。それは定かではないが空悟は何も変わる事無く話しかける。

その対応が信頼を生んだのか英雄はポロリと呟く。


「“亜人”は…………敵なんだよな?」


 それは考えたくなくとも考えてしまう英雄の本音。

三年前のあの日、家族を“亜人”に殺されて全てに絶望した。

そして少年院から帰り初めて“亜人”を“亜人”として対峙し、倒した。

その日に決めたのだ。“亜人”は敵。憎むべき相手だと。

鳴海にも「敵を敵と定める事を己の正義としろ」と言われた。

だから定め続けてきた。

“亜人”は敵。それなのに昔のライバルが“亜人”となって目の前に現れた。

どうすればいいのか分からない。何も分からないのだ。

拳心は確かに“亜人”と化した。だが理由は分からないがまだ自分の意識を保っている。

“亜人”になった者はみな“亜人”由来の本能に全てを支配されてしまう。

だが拳心は目と目を合わせ自らの怒りを自らの言葉でぶつけてきた。

英雄にはどうにも拳心を“亜人”として見る事ができないのだ。

拳心は事実として“亜人”。だが意識がありまだ“拳心”のままでいる。

そしてそれは、今まで戦った全ての“亜人”も同じだったのではないだろうか。


 「“亜人”は……“人”が感染して生まれる。つまりは元々は俺達と同じ“人”だ。だが危険だからっつー理由で俺達トクアカは“亜人”と名付けて処理する」


 英雄は迷いながら言葉にしていく。


「けど元は“人間”なんだ…! ケンシンも、俺が倒してきた“亜人”も…! みんな元はただの……普通の“人間”なんだよ!」


 英雄だって馬鹿じゃない。

分かっていた事だ。

だが器用にも気付かない様にしていた。

だってそうでもないと戦う事はできない。

“亜人”をこの手で屠る事はできない。

だから分かっている事実から目を背けて見て見ぬふりをしてきた。

だが初めてライバル……友人である拳心が“亜人”となりその事実を実感した。

“亜人”は“人間”。危険な存在だが、“人間”だと。

 英雄は遣る瀬無い気持ちで歯軋りを鳴らす。

 空悟は迷っていたとはいえ珍しく英雄の本音を聞いた。

悩んでいる言葉を聞いた。

 空悟は優しく笑って答える。


「俺にもその辺はよう分からん。俺はヒデオくんやムギちゃんみたいに憎しみやら復讐心やらは無いからな」


 空悟の言葉に英雄は顔を上げた。


「せやから。後はヒデオくんがどうしたいかやろ。もう後悔したないんやろ?」


 欲しい言葉というのは何故いつも不意に溶け込んでくるのだろうか。

それが友情、愛情というものなのだろうか。

 優しく微笑む空悟の言葉に英雄は真っ直ぐと視線を逸らさないまま己の心に聞く。


「今、俺はどうしたい?」


 英雄はゆっくりと拳を握った。














 「おいおい。また発作でも起こしたのか?」


 煽る様な嘲笑する様な口調で男はヘラヘラと歩みを進める。

その男の登場に荒れ果てた室内のその奥に座る拳心は怒りをそのままぶつける様に睨みつけた。


「何の用だ。“コウセイ”」


 踊る様に歩く男、“コウセイ”はどこか内の読めない笑みを浮かべて足を止める。


「随分なご挨拶じゃねぇか拳心くん。お前らが色々武器持ってんのはオレのお陰だろ?」


 まるで弱みでも突く様に“コウセイ”は辺りに仕舞われている武器を指差した。

その態度そのものが煽動の様であり、まるでこちらの全てが手の平の上の様な感覚に陥らされる。

その様はまるで教祖の如きものだ。

 ふと“コウセイ”が懐に手を入れてその場の空気が臨戦態勢を取る。

わざとらしく怖がった様に“コウセイ”は両手を上げ首を振ってみせた。

その右手には何かの液体が含まれる注射器が握られている。


「物騒な奴らだな。オレは今日もせこせこ“商売”に来ただけなんだぜ? 拳心くん」


 謎の液体。しかし拳心はその中身に覚えがあるのか更に怒る様に舌を鳴らした。


「それは使わねぇっつったよな“コウセイ”…!」


 その声色には確かな怒りが込められ、その瞳には強い意思が宿っていた。

しかし“コウセイ”は尚も揺らす様に注射器を指先で振る。


「幾ら強い武器を手に入れてもお前らじゃあトクアカの連中には敵わねぇぜ? 拳心くん以外即負けだ」

「俺が全員潰す。分かったら失せろ」


 分かりやすく煽るが拳心は睨んで返した。

一切変わる姿勢を見せない拳心に流石に“コウセイ”も両手を大きく上げてみせる。


「はいはい。じゃあまぁ帰りますよ。まぁ考えといてくれや」


 しつこい様に釘を差して“コウセイ”は歩いていった。

その視線はどこか拳心以外に向けた様に思えたがその意図は拳心には届かず、“コウセイ”は見えなくなった。

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