仕事の後の縁の下の力持ち②

 「整列ぅぅ!」


 怒号にも似た凄まじい気迫の声色が響き渡り綺麗に並べられた色鉛筆の様にズラリと隊員達は立ち並ぶ。

その様子はまるで軍隊の如きものだ。

しかし鶴の一声を持ってした男には畏怖や嫌悪の視線は向けられず畏敬や愛好の念が向けられる。

それ程に信頼と信用を持っているのがこの“警視庁警備部機動隊”の隊長という事なのだろう。

ふと隊長の横に立ち尽くすしかなかった英雄と麦に意識が向けられたのを感じた。

これ程の人から視線を向けられると最早気配というより存在そのものをぶつけられている様だ。

すると先程よりほんの少しだけ音量を落とした声で隊長は話し始める。


「この二人ァ最近特亜課に入った新人だァ! 年齢は高校生だが既に“亜人”との戦闘も経験していてバグも持ってる! 新人研修期間の一貫で数週間ここに預かる事になったァ! お前らァ! 宜しく頼むぞォ!」

「「はい!」」


 力強い声に負けない力強い返事で返す機動隊員達。

隊長は英雄と麦に向き直した。


「俺ァ“滝澤 蓮タキザワ レン”だ。この機動隊で隊長をやらせてもらってる。一応位列は“中位七席”らしいがそこはあんま気にすんじゃねぇ。まぁ短い間だが仲良くしようや」


 元々知っていた麗蘭や排他的な対応をしてきた氷上とは違う友好的な対応。初対面ながら良好な印象を持てる人だと英雄は思った。

挨拶には挨拶。英雄と麦も礼儀を持って返す。


「渦巻英雄です」

「緋色麦といいます。緑々谷さんと同じ十七歳です。まだまだ若輩ですが短い間宜しくお願いします」


 相も変わらず名前だけで自己紹介が済むと思っている英雄と違い麦は少し丁寧に付け加えた。

挨拶を聞き滝澤は一回頷いて背中越しに叫ぶ。


「よぉし! お前らァ! これから訓練だァ! 準備に入れェ!」

「「はい!」」


 実に軍隊的な雰囲気で隊長達はそそくさと準備を始めた。

そんな中一人だけ呼び止められて近寄ってくる。


「んじゃあマルカ。オメェが二人に訓練やらここの事を教えてやってくれ」

「はい!」


 流石に一対一では普通の声量で喋る事に麦は静かに胸を撫で下ろす。

そんな心配などいざ知らずその場を後にした滝澤に代わり緑々谷は英雄と麦に向かい合った。


「では改めて……わたしは緑々谷丸香っていいます。この警備部機動隊で“中位補佐役”をやってる者です。まぁその………」


 途中まで慣れた様なスラスラとした言い回しだったが途中で何かを言い淀む。

不思議そうに英雄と麦は顔を見合わせ合い緑々谷を覗き込む。

緑々谷は気恥ずかしそうに答えた。


「特亜課といってもやっぱり警察なんで同年代って少ないんです………だからよかったら仲良くしてくれたりしたら………嬉しい…です!」


 顔を真っ赤にして話す緑々谷。

麦はまるで姪でも愛でる様に緑々谷に目一杯のハグをした。

実は麦は学校では整った容姿と優秀過ぎる成績のせいか殆ど友人がいない。

そんな麦だからこそ仲良くなりたいと言ってくれる緑々谷に嬉しさが溢れそうになったのだ。

麦は肩を優しく掴んで緑々谷に向き合う。


「こちらこそ仲良くしてくれると嬉しいわ。遠慮なく麦って呼んでね。敬語もいらないよ」


 暖かく返事を返した麦に緑々谷も満面の笑みで答えた。


「はい! 宜しくです……じゃなくて、わたしの事も丸香って呼んでね! えと……ムギ…ちゃん」


 二人はまたも抱き合い緑々谷は嬉しそうに笑う。

微妙に出遅れた英雄はポリポリと頭を掻いた。


「あー……まぁじゃあマルカって呼ぶわ。お前もヒデオでいいぜ」

「お前って言うな」


 通算何度目か分からない掛け合いで英雄と麦は睨み合い、丸香は少し照れた様に笑った。






 訓練というのも案外シンプルなもので、基本的な筋トレから出動訓練などの機動隊としての訓練。そこに対“亜人”との特殊な戦闘訓練を加えたシンプルながら内容の濃い訓練を毎日行っているらしい。

機動隊は他と違い特亜課と密に連携を取る部署だ。

その為当たり前ながらバグを持たない通常の隊員の方が圧倒的に多い。

機動隊以外で特亜課と連携を取るのは刑事課の捜査一課。

特亜課が戦闘を終えた後の事後処理などはこの二つの部署が行っている。

海上保安庁では“海上保安庁特別警備隊”通称“特警隊”と呼ばれる部隊がその役を担っているという。


 「ここが食堂だよ」


 低い目線から指を差して食堂へ案内する。

低いといっても麦も同じ程の背の丈で恐らく150cmくらいだろうか。

英雄は178cmあるので視線に違和感がある。

少し腰を痛そうに英雄は二人と視線を合わせながら食堂を見渡した。

中々の広さに良質な設備。

国民の税金でとも思ったが恐らく特亜課設立前より幾分か良質な環境になっているのだろう。

元々警察、その中でも機動隊に属する以上命の危険は常に近しい位置にある。

だがあの“血の雨”の日から機動隊の危険は同じ人間だけではなくなった。

“亜人”という人外の生物を真正面から相手するのだ。

そして彼らには“不具合バグ”という異能の力はない。

銃での制圧も日本という国の性質上公に一般人の前でする訳にもいかない。

ただでさえ危険な彼らの仕事はより複雑に、更に危険なものになったのだ。


 「だからここの人達は凄くカッコイイよ。あ、他の部署の人達だって大変だと思うし別に機動隊だけがって訳じゃないんだけど……」


 嬉しそうに話し慌てる様に訂正する丸香に麦はクスリと笑う。


「大丈夫。わかってるよ」


 麦の優しさで少し照れ臭そうな表情で丸香はニヘヘと笑った。


 「……やっぱり私が直接ここを見てるからさ。憧れるんだ。ここの人達みんなに」


 真っ直ぐな憧憬。

実に純粋で美しい想いだ。

補佐をやっているという事はそれなりに長く特亜課に属している筈だ。

長くこの世界にいるという事はその分多くの別れも経験しているだろう。

何より特亜課で機動隊。一度や二度の事ではない筈だ。

だがそれでも彼女は憧れる。

輝く瞳で志す。

清濁併せ呑んだこの警察組織で混じり気のない想いに焦がれる丸香はまるで月華に帯を締めて足袋を履かせた様な少女だ。

そんな丸香に英雄は心から尊敬の念を覚える。あっぱれだと感服した。

 英雄は優しい瞳で小さく笑う。


「確かに。凄え人達なんだろうな」


 無意識な笑顔。一般人的に整った顔立ちをしている英雄の不意な笑顔に麦と丸香は鬼灯の様に紅く顔を染め上げる。

しかしボクシングのみに心血を注ぎ思春期を塀の中で過ごした英雄が二人の些細な変化に気づこう筈もない。

照れ隠しをする様に丸香はそそくさと行く先を定めた。


「じゃ、じゃあ午後の訓練に行こうか…! ね! ムギちゃん!」

「そ、そうね! 午後も頑張りましょう!」


 どこか忙しない様子の二人に英雄は首を傾げる。

しかし素早い足取りで進む二人に置いていかれない様に英雄は考えを放棄して食堂を後にした。






 数日訓練を重ねた明くる日。海川がのんびりとした足取りでひょっこりと来た。


「どうしたんです?」


 素早い足取りで海川に近づき丸香は首を傾げる。

するといつもより少し苛ついた様子で海川は口をイッと伸ばした。


「マルにゃんさぁ。ユージン・・・・に伝言頼める?」


 ユージン・・・・という聞き覚えのない言葉に少しだけ英雄と麦は意識を傾ける。


「えーと……ユウジンがまた何かしたんですか…?」

「次一度でも定期検診サボったら爪剥ぐって言っといて」


 随分と物騒な会話だ。

しかし「また」という事は再犯か、または常習犯か。

兎にも角にもそのユージン・・・・という奴は不真面目が祟り温厚な海川に爪を剥がれるという運命か。

英雄は心の中で顔も知らぬユージンに手を合わせた。

 不穏な笑顔のまま海川は踵を返す。

海川の背中を見送った丸香は呆れた様に息を吐いた。


「……また野苺か。相変わらず無茶ばっかやってるみてぇだなァ」


 いつの間にか丸香の横に並んでいた滝澤もまた呆れた様にため息をつく。


「はい……せめて検診くらいは受けて欲しいんですけどね……」


 少し気になる見知らぬ存在の話。しかしそれもキツイ訓練で聞く暇なく一日は終わった。

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